モヤから出てきた二人はまた季喬の前に正座。
蒼は手をついて頭を下げた。
「季喬様。先程までの無礼、申し訳御座いませんでした。失礼な態度をしてしまった手前、お願いをするのもまた不躾でありますが。どうか妖術のご指南ご鞭撻、宜しくお願い致します」
「この度は不快な思いをさせて申し訳ありません、季喬様。蒼自身反省しておりますので、何卒」
弓月も軽く頭を下げた。
「二人して頭を下げるのはやめとき。妾もそこまで怒ってはおらん。少し面白くなかっただけやから、安心し〜」
その言葉を聞いて、蒼と弓月は頭を上げるも続けた。
「まぁ、蒼の不尊な態度には少し苛立ちを覚えたが、そこは妾の懐の大きさに感謝しとき」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
話している最中に白狐二人に垂れ幕と簾は上げさせ、季喬の姿が顕になった。
「こうして、蒼を女子にすると弓月とそっくりやな〜。双子として旅しても大丈夫なくらいや」
「俺は女の姿で旅するつもりはないですよ」
「あんさんは畏まらんでいいわ。普通に話してくれた方が気持ち悪くて済むし」
「そ、そうか」
「良かったな。季喬様がお優しい方で」
「うるさい」
口角を上げて言ってくる弓月に蒼はうざったそうに呟いた。
「さてと、魂を抜く妖術の伝授やな。本来なら教えたとしても使う事はできん。妾しか操れぬ妖術、抜魂術。他の者が使ったとしても相手の魂を抜き出せず、相手を引き寄せるくらいにしか使えん術に成り下がる」
「……それなら、俺は使えないんじゃあ?」
「いや、今の蒼の身体は五尾が使っておる体じゃ。妾は一人であって一人に在らず。一尾から九尾までの妖狐と妾の十人。妾の身体を共有して、神に近い存在となれておる」
「今の蒼には季喬様の妖力が通っている。だから、抜魂術が使えると」
「左様。蒼は弓月と身体を共有しとった。気を遣ってなんか、無意識なんか。身体にある妖力よりも蒼自身の魂から出る妖力を用いて妖術を使っとるやろ。そのせいで、身体にある妾の妖力を十分に使えてない。抜魂術も上手く使えんって訳や」
「なるほど、そういうことでありましたか。聞いたか、今は我が離れておるから身体の妖力を存分に使える。良い機会じゃ、身体の妖力を使う修業だと思って習得に励め」
「わ、わかった。季喬、ありがとう。すぐに使えるように修業してくる」
すっくと立ち上がるとまだ閉じていないモヤの中へと消えていった。
「弓月の事を大事に思っとるようやな〜。少し顔が赤かったで?」
「先日、少し無理をしてしまいまして。それを案じての事でしょう。試練の最中もそうしていたのですから、バレていないと思っている所を見るにまだまだ半人前です」
「ええやないの。そのおかげでうちの忍たちも死なんで済んだわ。身体の妖力使ってたら、伊竹はもちろん緋代もタダでは済まんかったやろうしな」
「そう言って貰えるなら、何よりです。さて、私も戻らせて頂きます」
弓月もすっくと立ち上がるとモヤへと歩いていく。
「黒い霧の事やけど……勘づいとるんとちゃうんか」
「……まだ決めつけるには早いかと」
季喬へ振り返らずに言い去った。
表情こそ窺い知れなかったが、尻尾は垂れ下がっていた。
「また潰れんことを祈っとくわ」
季喬はため息をついた。
•――•――•
「あとは炊き上がってから混ぜるだけですよ」
「美味しいの出来るかな!?」
「炊き上がってからのお楽しみです」
「ただいま戻りました。良い匂いがしていると思えば、この家からでしたか」
椿と萃蓮が釜の前で話していると、天明が帰ってきた。
「おかえり、父上!」
「ただいま、萃蓮」
「あのねあのね! 椿に草の事いっぱい教えてもらったんだよ!」
「それは嬉しいですね」
「それでその草で、お昼ご飯を作ってるの!」
「それはそれは、僕としても助かります。椿さん、ありがとうございます」
「い、いえいえ! 私は作ってみたくなっただけで……台所とお米を勝手に使ってしまってすみません」
「構いませんよ。僕も助かってますからお気になさらず。して、何を作っておられるので?」
「萃蓮ちゃんが居ないと作れないものを作ってます」
「萃蓮が居ないと作れないもの?」
「そうだよ! 出来てからのお楽しみだよ!」
萃蓮が尻尾を振りながら、胸を張る姿に椿と天明は微笑ましくなっていた。
「そういえば、弓月様はどちらに?」
「季喬様の所で修業してくると言ってました。蒼さんの事も気がかりみたいで、遅くとも政の日の前には戻ると」
「左様で。帰ってこられた時にでもお話しするとします」
「もしかして、父上は暇になったの?」
「ええ、やる事はやってきたので。今日は家に居ますよ」
「やったー! なら、久々にあれしよ! 式神との勝負!」
「良いでしょう、父の式神の強さを思い知らせてあげましょう」
「弓月に鍛えられた蔦捌きに驚くといいよ! 椿も見ててよ!」
「私は火加減を見ないといけませんから」
「そっか〜……じゃあ、出来たらすぐに来てね!」
「そちらに御膳などがありますので使ってください。声をかけてもらえれば手伝いますから」
「わかりました、ありがとうございます」
萃蓮が庭へと向かう背中を天明はゆっくりと追いかけていった。
それを軽く手を振りながら見送ると、釜戸に焚べられた火を見始めた。
「なんだか少し羨ましい気持ちになりますね」
折れたままになっている角を触ろうとしたが、姿が変わった事を忘れしまっていた。
「あ、今は狐さんでした」
角の代わりに狐耳を触り、ついでに尻尾を触りながら炊き上がるのを待つ椿であった。
それから数十分炊き上がったお粥にあらかじめ下準備しておいたものを入れて混ぜ合わせて完成。
囲炉裏の部屋がある事を萃蓮から聞いていたので、そこへ鍋を持っていく。
「お、出来たのですな」
「菊左衛門さん、火の面倒ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいお安い御用で。萃蓮様を見ることの方が私には一苦労ですからな」
「病み上がりですから、これを食べて身体を整えてください」
「喉を治してもらうばかりでなく、心遣いまでしてもらってかたじけない」
「いえいえ、私達もお昼ご飯を同じものですから気にすることありませんよ」
囲炉裏にかけてからまた台所へ次は、御膳とお茶碗を四人分まとめて持って行こうとした所で。
「うわぁっ!」
慣れていない他人の家で足元を疎かにしたせいで、段差に足を引っ掛けた。
椿は転び、持っていたお膳もお茶碗も宙を舞う。
床に落ちていく様を見て、ダメだと目を瞑った時である。
「配膳するときは声をかけてください」
天明の声がして、椿は恐る恐る片目ずつ目を開けた。
御膳もお茶碗も落ちはしているだが、それは床ではなく、柔らかな白い綿のようなものの上であった。
おかげでお膳やお茶碗、廊下と畳も傷まずに済んでいる。
「す、すみません。一人でできると思って」
「構いませんよ。椿様はお優しい方だと存じておりますから。これは僕が持って行きます。萃蓮を呼んできてください」
「わかりました。あ、あの今朝の漬物はまだ残っていますか?」
「ありますよ。それも僕が出しますね」
「ありがとうございます、お願いします」
天明は囲炉裏の部屋へ式神と一緒にお膳とお茶碗を運び、椿は萃蓮に遅れながら座布団に座った。
「もう食べられる!?」
「うん、よそいますね」
「へへへ〜、僕が生やした草たちは美味しいかな〜?」
「食べてみてのお楽しみ、はいこれ」
「わーい!」
「萃蓮、これもお食べなさい」
「朝の残り物の漬物だ〜」
「まだまだあるからいっぱい食べるんですよ」
「きくえもんもちゃんと食べてね?」
「ええ、食べますとも」
「これ、天明さんの分です」
「これはどうも。おぉ、七草粥でしたか。確かにこの時期になるともう食べられませんからね。これは萃蓮の大手柄ですね」
「へへ〜、でしょ! じゃ、いただきまーす!」
一口、七草粥を食べた萃蓮は目を輝かせて、二口三口と口へと運ばせた。
「美味しいよ、椿!」
「良かった」
「おぉ〜! これはなんとも」
「ええ、良い塩梅で優しい味ですね」
「これなら、拙僧の体調もたちまち良くなりますぞ!」
「褒めてもらえて嬉しいですが、程々にしてくださいね。体に優しいものであっても食べ過ぎては体に毒です」
「そうですな……程々にしておきましょう」
「おかわり!」
「たくさん作ってるので、お二人も食べてくださいね」
晩春に差し掛かる時期に春の七草粥を食べた四人はお腹をいっぱいにしたのでした。
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