第三十八話 藤祭の道中

 

 先の襲撃から何事もなく、歩を進める行列は津流御祖神社つるみおやじんじゃに向かい歩を進めていた。
 襲撃があった事もあり、侍達は警戒を強めている。
 貴族達も少し気を引き締めている者もいれば、オドオドと落ち着きのない者もいた。

(ここまで動きはなし……どこで仕掛けてくるつもりでしょう)

 天明てんめいもまた警戒していた。
 行列の辺りではなく、その視線は行列に参加している一人の貴族に向けられていた。
 菊左衛門きくざえもんに手をかけたくだんの貴族である。
 
「今日の藤祭ふじまつりは怪しいと思っておったのでおじゃる」
「前にそのような事をおっしゃってましたな」
「毎年恒例でやっておるんじゃ、今年こそ何かを仕組んでおるに違いないでおじゃる」

 などと近くの貴族たちと少しばかり大きめの声で言っている。
 今回の首謀者であろう者が襲撃された側にいるのだ。
 あたかも自分は敵ではない、敵は他にいる。
 天明こそ怪しい、何かを狙っているに違いないと。
 あからさまには言わずとも言葉の端にはその意図が見え隠れしていた。

(後の布石ふせきのたまっているだけ。何の根拠もない話な与太話よたばなしでしかない。奴ばかり見ていては変に勘ぐられる、合間合間に様子を伺う事にしましょう)

 天明はそんな話は聞こえていないふりをして、歩を進める。
 一応に引いている牛の妖怪から怪しい妖気がないか、確かめた。
 特に操られているといった妖気の類は感じない。

(ただ、僕も何の準備もなくこの場に臨んでいません。次に仕掛けてくるとするならば、あそこでしょう)

 行列は川沿いを進んでいた。
 平穏京へいおんきょうから津流御祖神社へ向かうには橋を渡る必要がある。
 藤祭で使われることから藤橋ふじばしとよばれる木造の橋。
 大きな川ではないが、御所車ごしょしゃを落とす訳にはいかない道中で危ないと言えば、ここである。
 天明がここで何か仕掛けてくるであろうと考えていた場所でもあった。

(鬼が出るか、蛇が出るか)

 行列が橋を渡り始め、次々と越えていく。
 そして、最後尾である天明や御所車が渡り始めた頃である。

「また出たぞ!!」
「守りを固めろ、また泥人形かもしれん!」

 行列の最前列の侍が声を上げた。
 侍たちは前に出て、貴族たちが後ろに下がってきた。
 
(やはり来ましたか! できれば、御所車を橋を越えさせたいですが……いや、手が空くまで橋越えは後に)

「おい! 後ろから来たぞ!」
「御所車を守れ!」

 御所車の両側を守っていた侍たちは御所車の後ろに回り、泥人形から守り始めた。

はさみ撃ち……この隙にでも獲物を奪うつもりか?)

 件の貴族を見ても、他の貴族たちと怖がるばかりで変わった動きを見せはしない。
 天明が少しその様子を見ていたが、やむなく視線を外し、札を取り出した。
 その瞬間、貴族の口角が上がったとは知らずに。

「最前列は僕の式神が泥人形と戦います! 侍の方はその援護を! 後ろの敵は僕が向かいますから泥に触れないようにしてください!」

 人差し指と中指に挟んだ札が黄色く光り、どこからともなく、天明の式神が最前列の泥人形に立ちはだかった。
 式神は何か武器を持っているわけでもないが、次々と泥人形の額へ人形代ひとかたしろを貼り付けていく。
 貼られた泥人形は崩れ、動かなくなっていった。
 時折、泥人形の振るう刀に斬られるが斬られたとしても刀に人形代が張り付き、刀を握っている手から崩れていった。
 侍が刀を交わらせている所に式神が向かい、祓いもしている。

「これならこちらは大丈夫そうだ」
「天明様の策がいておるぞ!」

 そんな声を耳にしながら、天明は御所車の横を駆け抜けた。
 御所車の後ろに出てきた泥人形へ人形代を投げ、祓っていくこと数分。
 泥人形は全て片が付いた。

「我々の出番は無さそうですな」
「いえいえ、皆さんが声を出してくださるから僕も動けるというものです」

 出る幕がないと侍が言ったが、天明は愛想良く言葉を返した。
 一段落ついた時である。

「おい! 橋が揺れてるぞ!!」

 橋を渡ろうとした侍が叫び、天明たちも声の方を向いた。
 向いた時には、橋の上の御所車がぐらぐらと揺れていた。

「しまった、こっちが本命か!」
「崩れる前に逃げるモウ!」

 そう御所車を引いていた牛の妖怪が踏ん張ったところで、一気に橋が崩れてしまった。
 天明は式神を出そうとしたが、下に落ちていく御所車の方が早かった。

「御所車が落ちたぞ!!」
 
 御所車は天明達の視界から消え、川に落ち壊れる音が……

「ん? 落ちたのか?」
「何も音がしないが?」
「っ! おぉ! これはこれは!」

 天明が河のふちまで寄ると、川に落ちる寸前で御所車が浮いているのを見つけた。
 牛の妖怪も浮いている。
 侍たちも天明の反応が気になり近づくと、ゆっくりと浮き上がってくるのを眺めた。

「こりゃ、たまげた……」
「浮いてるぜ、どうなってんだ」
「これまた大手柄ですな。僕たちはあちらの橋から回っていきましょう」

 天明も驚きながらも安堵し、普段使いしている細い橋を渡った。
 渡り終えて、行列に戻る頃には御所車も地面に着いていた。
 牛の妖怪は何が起きたのか分からずにいるのか、座っていた。

「皆様、無事ですか?」

 少し荒っぽく御所車のすだれを退けて中を見た。
 あおは箱を持ったまま何食わぬ顔、椿つばきはそんな蒼にしがみついていた。
 弓月ゆみづきは顔を少ししかめている。

「我らは手出ししなくて良いのではなかったか?」
「申し訳ありません。敵が御所車ごと狙ってくるとは思わず」
「全く、これでは相手に手の内がバレてしまうであろう」
「面目ありません」
「御所車の守りはこの先も気にし過ぎずに、周りの者を守るようにせい」
「はい。ですが、避けられる事は全力でやらせて頂きます」
「うむ、それで良い。我らは無事じゃからさっさと持ち場に戻れ」

 弓月はそう言うと目を瞑り、蒼は天明に頷いた。
 椿は蒼にしがみついている事に気づいて、慌てて手を離して赤くなっていた。
 天明はまた三人を見てから頷いた。
 
「わかりました。着きましたら、鈴での合図がありますからそれまでごゆるりと」

 そう言って簾を下ろした。

「お騒がせ致しました。巫女様方、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまも無事ですので行列を組み直し、予定通りに向かいます」

 天明の掛け声で侍も貴族もそれぞれの持ち場に戻り、進み始めた。
 一人だけは歯噛みをして、振り切るように前を向き歩き出した。

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