第三十六話 ラッキー……

 

 降りしきる雨の中。
 雨に濡れながら雨とは違って空へと向かっていく人影があった。
 
「うひゃーーー!!! まさか、こんなに飛ぶなんて〜!」
 
 スズネは自分の強化した脚力とモトの追い風を受けて、ラグユラシル大森林の全体が見える程の高度に達していた。
 里はもちろんのこと、大森林がどれだけ焼けたのかもわかるほどである。

「ざっと見て、半分以上は焼けちゃってる。魔族倒すのも大変だけど、鳥人族たちの生活も大変そう」

 大森林の六割が燃えてしまっていた。
 鳥人族たちの活動範囲がどれほどかはわからないが、大森林に成った食べ物が支えであるのだから生活に支障をきたすだろう広さではある。
 浮力があるまではぼんやりと眺めていたスズネだが、ついに引力やら重力やらが上回ってきた。

「おー? おーーー!!! 流石に落ちるのは怖いかも〜!!!」

 大声で感想を述べた所で誰にも聞こえはしないだろうに怖さを打ち消すために叫んでいた。
 落ちる速度は容赦ようしゃなく上がっていく。

「でも、これなら流石に倒せそう」

 落ちることに慣れてきたようで、ニヤリと笑う。
 空へと上がる間に強化魔法が切れた。
 なので、再度掛け直すのだが、今回は一味違う。
 トンファーへと送り込む魔力はもう必要ない。
 だから、自身の身体の強化に魔力のほとんどを注ぎ込む。
 落下している間に強化魔法を何重にもかける。
 持続時間は変わらないが、重ね掛けする事で強化された身体はさらに強化されていく。
 魔力と落下していく時間が許す限り、強化。
 落下している事で速度も上がる。

「両手の火傷の分、一発でケリをつけてやるんだから」

 落下し続けること、強化し続けること、数十分。
 やっと魔族の姿が見えてきた。

「アイツ、なにもしなくてもいてくれたんだ。ラッキー……」

 と思うスズネが数秒前にいました。
 近づくにつれて、相手の魔力がスズネでもわかるほどに強大であることがわかったのだ。
 魔族が落ちてくるスズネを見つけると左手にお得意の火の玉を生み出し始めた。

「あっちもやる気満々だよね〜。ま、それはこっちもだけど」

 肉体強化の重ね掛けをやめて、右足に魔力を溜めていく。
 膨らんでいく火の玉なんてものにはお構いなしに。

「焼キ溶かシテやる」

 魔族の当初の目的である「鳥人族を滅ぼす事」からしてみれば、上空に飛んで行ったスズネのことなど放っておけばよかった。
 右腕と両足を切り落とされたことを腹立たしく思ったのは事実ではあったが、それ以上にスズネの事がどうにも気に入らなかったのだ。
 どういう訳か、魔族自身にもわかってはいないがどうでもよかった。
 スズネを殺せれば、何でもいいと達観しきっていたのだ。
 たた、落下してくるスズネの目。
 左目を見て、気に入らない理由が明確になった。

「そんな半端者ノ中に居やガルのか! コノ裏切り者め!」
「え?」
「このオレがソノ入れ物と一緒に燃ヤシ殺してヤルよ!」

 魔族がスズネに向かって、いきなり喚き散らかされたとしても。

「何のことか、まるっきりわかんないんだけど!」
「うっせーんダヨっ! 入れ物は黙っテロ!」
「はぁ?」

 当然、スズネには何のことか、わかる余地もないが。

「無茶苦茶ムカつく……」

 スズネ自身ではない奴に向かって言っていることは見て取れた。
 怒気に呼応するように魔力が溢れ出してきた。

「「叩き落とす!」」

 スズネの一気に魔力が膨れ上がったことで魔族は冷や汗を流した。
 自分よりも格上の強者が敵意を、殺意を向けている。
 火の玉を支える手はもちろん、全身が震えるほどのプレッシャーを感じている。

「ぐっ! くらえ!」

 魔族自身の全魔力を込めた渾身のファイアーボールを放とうとした瞬間。
 一陣いちじんの風が魔族の背後を吹き抜けていった。
 吹き抜ける刹那せつなに聞こえてきた呪文に聞き覚えがある。

『ウォメント』

 魔族は振り向いて確かめようとしたが、そこにはもう誰もいない。
 右手の渾身のファイアーボールも形を保てなくなったようで、ろうそくの火のように頼りないものになっていた。

「馬鹿ナ、こんなコトがあってたマルか」
 
 ファイアーボールがあったはずの右手を眺めながらなげいていた。
 聞こえてきた呪文はかつて、魔族魔獣まぞくまじゅうを抑え込んでいた王族古来の秘術。
 それが使えるものなどこの世にはもうすでにいないはず。

「に、逃げなければっ! 逃げて、報告をしないと」
『逃がしませんよっ!』

 逃げようとする魔族の周りを竜巻が行く手をはばみ、触れれば刃を突き立てられたような痛みが走った。
 モトが作戦通りに魔族の身動きを止めたのだ。

『スズネさん、今です!』
「「ナイス、モト!」」

 魔族がしどろもどろしている間にスズネは魔族の近くまで落ちてきていた。
 体を丸めて、回転しながら落ちてくるスズネに魔族はすべはもうない。

「「スズネスペシャル! 脳天のうてんかかと落とし!!!」」

 程よいタイミングで魔力がこもった右足を伸ばし、魔族の脳天へとスズネのかかとが振り落とされた。
 魔族は悲鳴さえも発することができずに口から黒い液体をき出していた。

「「墜ちろ、この羽虫があぁぁーー!!!!」」

 スズネは魔族の体を右足一本で沼へと叩き落した。
 会心の一撃をくらった魔族は何の抵抗もなく、沼へと落ちていく。
 そして、見計らったかのようにヌシが沼から飛び出してきた。
 動かない魔族の周りには生暖かい空気が漂い、赤黒い肉の壁と底の見えない穴があった。
 その穴へと吸い込まれるように落ちていく。

(やばい、アタシも食われる)
 
 振り抜いた右足もだが、スズネの全身から力抜けたように脱力していた。
 魔力のほとんどを魔族への一撃に費やしていた。
 しかも、足場などない上空ではスズネにどうしようもできない。

『スズネさんっ!!』

 作戦を伝えられていたモトもヌシのとてつもない迫力に圧倒され、身動きが取れないでいた。
 幸い、モトは口の中には入っていないが、ヌシの口の中へと入っていく勇気が出せなかったのだ。

(もうだめかも……)

 スズネがそう思い、目を瞑ると風が吹いた。
 落ちていく感覚はなくなり、どこか暖かさを感じられる。

「スズネ、大丈夫?」
(リンねぇ?)

 スズネが薄っすらと目を開けると。
 
「何とか間に合ったわね。まったく、無茶しすぎよ」

 オレンジ色のバンダナを巻いたシグが小言を言ってきていた。
 
「「なんだ、オカマか」」

 リンネでないことを残念に思う反面、安心している自分がいることに笑ってしまったスズネは意識を失うように眠りについた。

「助けに来たのに何て言い草かしらね」
『スズネさんは無事ですか?』
「ええ、サキさんもありがとうね」
『姉さまっ! 早く離れて! ヌシの様子がっ!』

 魔族を飲み込んだヌシは沼に戻っていく最中、体が妙に所々膨らみ始めていた。

「あれって、まさか」
 
 シグがヌシを見た時に魔力の流れを感じ取っていた。
 そのヌシが沼に入り切る前に爆発四散した。

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