第三十六話 藤祭まで

 

天明てんめいが寝てしまった以上、藤祭ふじまつりについて聞けんな」
「寝る前に聞けばよかったんじゃあ?」
「たわけ、あんなにも眠気を我慢して三人を守っておったんじゃ。今日くらいは眠らせてやらねば、明日に支障が出る。今は少しでも長く寝かしてやろう」

 もう寝息を立てている天明を二人して見た。
 弓月ゆみづきあおが帰ってきたおかげで心底安心したのだろう。
 それはもう穏やかな寝顔である。
 流石に我慢の限界だったのだろうと頷けるほどであった。

「でも、それなら藤祭の事がわかんないままだ」
「うむ……ひとまず、椿つばきたちが帰るのを待つとしよう。それからでも遅くはないじゃろ。待っている間、目を瞑って身体を休めるとしよう。我らも修業の甲斐かいあって疲れてもおるしな」
「わかった」

 そうして、二人は座ったままに目を瞑った。
 数分、数十分……一刻も経たぬうちにあおが口を開いた。

「互いに話しができる状態なのは、初めてなんじゃないか?」
「何を言う。いつも話は出来ているじゃろうに」
「こうやって、お互いに身体があって話すってのはさ」
「そう言うことか。初めてではないぞ」
「そうなのか?」
「わざわざ山吹やまぶきの身体を借りてまで、話をしたことが一度だけあった」
「もしかして、あれは夢じゃなくて話してたのか……」
「なんじゃ、心当たりがあったか。お前が修業から抜け出して、やりたい放題やっていたのを知っておるぞ」
「やっぱり……あれは弓月がみんなに言ってくれてたからだったか」
「当たり前じゃ。でなければ、里の皆からおとがめをもらっておったじゃろう」
「確かに」
「お前に修業程度でくじけて欲しくはなかった。我自身のためであったが、お前以上に旅を共にできる者が居らんかったからな。だから、一日自由にしてやったんじゃ」
「俺以上なら姉ちゃんが居ただろ? そもそも、俺が生まれなかったら姉ちゃんだったはずだ」
「山吹の妖術には少し扱いにくい所があるからの。使い方を謝れば、我も山吹自身も危うい状況になる。それは出来れば避けたかったんじゃ」
「俺が一回も勝てなかった姉ちゃんの妖術にそんな節なかったけどな……」
「見せておらんだけじゃよ。修業を頑張っておったが、お前が生まれたのを一番に喜んでいたのはあやつじゃ。最初から危ない旅だとわかって居ながらに歩んでいくのは過酷じゃ。それに我の使命あっての旅。夜摩よまを打倒することも怪しかった」
「そんなにか」
「ああ、それだけ山吹の妖術には危うさがある。それに、我自身も山吹の身体に馴染めなかったのもあった。蒼が生まれてきてくれてよかったと我も思っておる」
「使命を果たせると思ったからか?」
「それもあるが……子が生まれた事と山吹に見えている危険に合わせずに済むと思ったからじゃ」
「そうか」

 蒼も弓月も一度だけ交互に尻尾を揺らした。

「ただいま、戻りました〜」
「ただいま〜」
「戻りましたぞ」

 ガラリと戸を開けて入ってきたのは、待っていた三人。
 椿の背には今日のご飯に使うであろう食材が籠にどっさりと入っている。
 萃蓮すいれんの頭の上と菊左衛門きくざえもんの小脇には空っぽの籠があった。

「お〜、揃いも揃ってご苦労じゃったな」
「あ! 弓月だ〜! おかえり〜!」

 萃蓮は籠を適当に置いてから弓月へ抱きついた。
 
「弓月さん、帰ってきてたんですね! よかった、これで天明さんも……っとお隣の狐さんは?」
「この妖気と口ぶりは椿か。季喬に姿を変えられてるとは聞いたけど、角もないんだな」
「えっと……蒼さんですか? え、なんか女の人になってますが?」
「ああ、ちょっと身体を借りてるからな。仕方なくだ」
「……なんか私より大きくて複雑です」
「? 何がだ?」
「萃蓮は萃蓮! よろしくね!」
「蒼だ、よろしく」
「私は菊左衛門と申します。また本来の姿が見とうございます」
「よろしく頼む。今回の件が終わったら見ることになると思う」
「蒼の本来の姿って何? ほんとは何か違うの?」
「蒼さんは元は男なのになんでそんなに大きく……いや、これは季喬様の好みの姿? ん〜?」
「これ、お前たち。天明が寝とるんじゃから騒がしくするな」

 弓月の一声に口を閉じたが、萃蓮だけは構わず天明に抱きつきにいった。

「父上! なんで寝てるの? 話してた弓月と蒼が帰ってきたのに〜!」

 萃蓮の声とふさぶられる事で天明が少し唸って、寝返りをうった。
 
「こら、翠蓮やめよ! お前達が居ない間に話は聞いている。今日くらいはそっと寝かしておいてやれ」
「はぁ〜い……」

 萃蓮は少ししょげて離れ、椿の近くに座った。

「ともかく、家が潰されたのに皆無事で何よりじゃ」
「天明さんが崩れてくる瓦礫がれきから守ってくれたんですよ」
「ああ、聞いておる。天明の機転が良くて助かった。この家も狭いながらに準備したのも大きい。それから、我らが不在の間、寝ずに番をとっていたんじゃ。明日に備えて今日くらいは寝かしてやろう」
「父上、褒めてもらってるのに寝てるなんてもったいないな〜」
「寝る事が褒美って事ですぞ」
「ふーん、変なの」

 萃蓮の何気ない言葉に少し和んだ空気が漂った。

「そういえば、弓月さん達は明日の事を聴いてますか?」
「いや、聴いとらん」
「やっぱりですか。天明さんがもしも僕がお伝えしていなければお二人に代わりに話してくださいと言われてたんです。お話しして良いですか?」
「それを聴いておきたかったんじゃ、話してくれ」

 椿から藤祭の流れを聴いた後、お昼ご飯を食べ、各々おのおの適当に過ごし、夕ご飯を食べると風呂には入らずに床についた。
 夜の番には蒼と弓月が交代で就いた。
 天明は次の朝が来るまで寝続けたのであった。

・ーー・ーー・

 藤祭までは時折天明が家を空ける事はありながらも蒼と弓月と椿の三人は家を空けることはなかった。
 その代わりに家で藤祭の作法について練習をしていたのであった。
 そうこうしている内に残り二日は経ち、政の当日となった。

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