第三十四話 させないっ!!

 

 ラグユラシル大森林にはシグが降らせた雨は降り続けている。
 そのおかげで敵が放った炎は完全に消え、燃え跡だけが残っている。
 炎の手にかけられた葉や細い枝は燃え失せしまったが、その分、視野が広がっていた。
 サキとモトは悲しくも有難いという状況の中、兄と魔族が戦う場へと向かっているのだが。
 
「二人とも! 待って! アタシが落ちちゃいそうだからっ!!」

 モトの尾羽おばねにしがみついていたスズネが場もわきまえずに命の危機をなげいた。
 最初こそ背にしがみついていたのだが、ズルズルとズレていったのだ。
 雨でモトの羽はれ、スズネも三十体以上のサラマンダーを倒した後の疲れでうまくしがみつけなくなっていた。

『ご、ごめんなさい! 速度を落とします!』
「でも、すぐに遅くなられてもっ! あぁあぁぁー!!」

 モトが速度を落とすと、スズネは慣性かんせいの法則に従い、身体が一気にモトの頭の方へと放り出された。
 尾羽も濡れていたせいで滑り、完全にちゅうを舞うスズネ。

「ちょいちょい!! 流石のアタシでも沼に落ちたら死ぬ! ヌシに食べられる〜っ!!」

 空中で泳ぐかのように奇怪きっかいな動きをするが、身体は木々もない方へと、沼の中へと向かっていく。

『お待ちをっ! ……ふぅ〜、大丈夫ですか?』
「ちょっと死ぬかと思ったけど、大丈夫〜。ありがと、サキ」

 サキが空中のスズネを背で受け止めて、事なきを得た。
 サキはゆっくりと減速して、滞空した。
 モトも申し訳なさそうにスズネのもとへ近づいてきた。
 
『すみません、そうなるとは思わず……』
「大丈夫大丈夫。二人が慌てるのも仕方ないし」

 そう話していると熱風が三人に吹き荒んだ。
 スズネは熱風から顔を逸らし、吹き終えてから吹いてきた方へと目を向けた。

「だいぶ近いみたいだね。二人とも、気をつけてって、ちょっとぉー!」

 サキとモトが急に早く飛び始め、またしても振り落とされそうになったスズネ。

『スズネさん! お兄様がっ!』
「なになに!?」
『お兄様の魔力が一気に弱くなったのを感じました』
「それって、かなりやばいじゃん!」

 スズネ自身は魔力を感じられる程、魔力感知が鋭い訳ではない。
 ただ、魔力が弱まるという事が命に関わることを知っている。
 それが一気に弱まるという事はチュウヒの身がかなり危ない事が伺えた。
 
『なので、急ぎます! スズネさんも攻撃できるようにしてください!』
「任せといて! もう準備はできてるからね」

 二人の剣幕けんまく鼓舞こぶされるように弱まってきていた肉体強化魔法を掛け直す。
 サキの首元程でまたがったままに身体をサキにくっつける。
 そうする事で空気抵抗を減らして、手でしがみつかなくて済むからだ。
 手にはトンファーの持ち手。
 奇襲を狙うからには敵に強大な一撃を与えなくちゃならない。
 そのつもりで、スズネは魔力を練りあげていく。

『見つけました』

 魔族が深傷ふかでを負ったチュウヒを木の上で追い詰めていた。
 足にも翼にも炎が当たってしまったのか、羽も羽毛も焼かれ、火傷を負っているように見えた。
 チュウヒは身動きが取れずにニヤケ顔の魔族と対峙たいじするしかないようだ。
 魔族が片腕を上げ、鋭い爪のある手を天に向けると火球が浮かび上がった。
 それが膨れ上がるように大きくなっている。
 
「アタシが奇襲! サキはアイツの救助! モトは足場役!」
『わかりました!』
『お兄様を助けたら、すぐに里へ引き返します!』
「おけ! サキが戻ってきた時に仕留めるって事で! モト! 二人でアイツとやり合おう!」

 モトはスズネの顔を見て頷いた。
 
『……やりましょう! 先に回り込みます!』

 やるしかない。
 モトとスズネが鳥人族の里に入る前にサラマンダーと戦った時に似ていた。
 怖さよりもやってやるという気持ちが二人の中で大きく膨らんでいた。
 
『スズネさん!』
「サキも頼んだっ!」

 サキが背を魔族側へと向けると、スズネはサキの背を蹴った。
 蹴られた反動のために羽ばたいたが、同時に一気に加速した。
 深傷を負った兄のもとへと迷いなく飛ぶ。
 スズネは飛び行く自身の顔の前で腕をハの字に構えた。
 両トンファーの持ち手に練っていた魔力を送り、片刃剣のように鋭い魔力の刃を作り出していた。
 
『焼き死ねっ!』

 今まさに膨れ上がった火球をチュウヒへと投げつけようとする時である。
 
「させないっ!!」

 スズネの奇襲は雷が如き速さで魔族にせまった。
 魔力の刃を魔族目掛けて右左と交互に振るう。
 バツ印に刃の軌道が浮かび上がり、その中には黒い液体のようなものが混じっていた。
 
『ぐっ! いつの間に!』

 魔族はスズネの奇襲に寸でのところで気づくも、避け切れなかった。
 バツ印の刃によって、魔族の振り上げていた右腕と両足を切断されている。
 右腕は肘から先が、両足は膝から下が、沼へと黒い液体と共に落ちていった。
 膨らんでいた火球も消え失せている。

「当たったけど、浅かった!」

 トンファーの持ち手から魔力を抜きながらに空中で体勢を整える。
 翼が切り落とせればよかったのにとくやしさがつのったが、大きな傷は与えられたのは確認できた。

『スズネさんっ!』
「ありがと! サキは!?」
『お兄様を掴んで、里の方へ飛んで行きました!』
「よしよし……じゃあ、サキが戻るまで二人でなんとかするよ!」
『はい!』

 二人のそのやり取りを聞いてか、聞かずかの魔族は。

『よくもヤッテくれたな……先にオマエらを焼き殺シテやらぁアァァァアぁーーーー!!!!』

 右腕、両足から黒い液体が出ている事を構う事なく怒り叫んだ。
 そして、全身を怒りの炎で包み込み、切り落とされた部位を焼き切り止血をしたのだった。

 ・――・――・

 チュウヒはスズネの魔力の刃が魔族を切り裂くのを目の当たりにしていた。
 チュウヒ自身も魔族へと奇襲をかけていたが、受け止められ、大森林に追い込むのが精一杯であった。

『お兄様!』
「サキっ!」

 それに加えて、十五年前にはモトと二人で避難所で身を寄せ合っていたサキがチュウヒを助けにきた。
 姿を見ていなくともモトもあの場にいたのだろう事はわかった。
 だからこそ、チュウヒは里へと運ばれているのだろう。

『お兄様、大丈夫ですか?』
「あぁ」

 一人勇んで魔族と戦った様がこれだった。
 一人では飛べないほどに傷を負って、愚妹ぐまいののしったサキに運ばれている。
 モトにだってそうだ。
 スズネと共に戦おうとしている。
 食い止めるために魔族と対峙しているのだ。
 共に戦ってくれているスズネ。
 この雨を降らしているシグ。
 チュウヒがあなどった四人がここまで頼もしい。
 それに比べて……。

「すまなかった」

 チュウヒが呟いた言葉にサキは耳を疑ったが、鉤爪に暖かい雨粒が付いたことで目を見張った。

「弱い兄を許してくれ」
『お兄様は弱くなんてありません』

 次に目を見張ったのはチュウヒの番だった。
 まさか、そんな言葉をかけられるとは思っていなかったのだ。

『私たちはスズネさん達が居てくださったからこうして里のために、お兄様のために戦えているのです。お一人で魔族と合間見えたお兄様が弱い訳がないじゃないですか』
「だが……」
『お兄様は鳥人族のほこりです。誰もそれを否定したりしませんよ。少ししかられはするでしょうが』

 その後、会話は続かなかった。
 お互いに話すのが嫌になった訳でもなく、里を目指した。

「サキさん!」
『ど、どうして、ここに』
「ロフクさんが救護班を向かわせようとしてたから一緒に来たの。案の定、来て正解だったわね」
「チュウヒ様!」
『お兄様を頼みます』
「サキさん、スズネ達の所へ行くわよ!」
『はい! 乗ってください!』
「場所はわかるかしら?」
『あ……えっと〜』
「あっちよ」
『なんで、わかったんですか?』
「ちょうど見えただけよ、急ぎましょ!」
『は、はい!』
「チュウヒさんの運が良かったのね」

 チュウヒは遠くなる意識の中でそんなやり取りを聞いていた。
(よく、俺を里の方へ運べたな……)
 サキの方向音痴が里の方へと向けたのは幸運の何物でもなかった。

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