第三十四話 家事 と 襲撃

 

 昼食が終えた後、天明てんめいが居るということで萃蓮すいれんは天明にベッタリだった。
 菊左衛門きくざえもんも調子を取り戻したようで、ここぞとばかりに庭を整え始めた。
 椿つばきは天明の家の中を掃除したり、洗濯をしたりと家事にいそしんでいた。

「天明さん、忙しそうにしてるのにあまり汚れてませんし、洗濯物も溜まってない」

 勤しむと言ってもそこまで入念にしているわけではなかった。
 軽い掃き掃除と洗濯道具の確認程度。
 洗濯物は溜まっているようには見受けられなかった。
 菊左衛門がこの家に来て、間もない。
 天明と萃蓮の二人で生活していたとするなら家の汚れや洗濯物が溜まっていてもおかしくはない。
 だが、それが見受けられないとなれば……

「やはり、奥様がいらっしゃるのですかね!」

 萃蓮は天明の事を父上と呼んでいる。
 となれば、必然的に母上と呼ぶ存在もいる。
 一緒に暮らしてはいない所を見ると訳ありなのは間違いない。
 だから、天明に聞くのははばかられる。
 聞いたとして、亡くなられていたなら……

「はぁっ、萃蓮ちゃんの前でそんな事は聞けません!」
「どうかしましたか、椿様?」
「はわわっ!」

 ひとりごちっていると、噂をすれば影。
 天明が椿の後ろに立っていたのである。
 慌てる椿に天明はきょとんとした気の抜けた顔を見せていた。

「あの、家事をしようと思ったのですが……お家が綺麗に掃除されているし、洗濯物も見受けられなくて、誰がしているんだろうと……」
「ああ、なるほど。不思議に思うでしょうが、これを見ればわかると思いますよ」

 天明が何も書かれていない人形代を取り出して、振り向き様に部屋へと放った。
 すると、人形代ひとかたしろが煙を上げて、天明よりも少し背の高い真っ白で丸みを帯びた人となった。

「僕が出かける前に用事を念じておけば、それが終わればまた紙に戻るって事なんです」
「という事は、こっちは掃除、そっちは洗濯……みたいにですか」
「そうですね」
「すごく便利ですね!」
「ええ、僕も大助かりです」
「すごく綺麗にされてるので、てっきり、奥様がこっそりやられているのかと思いました」
「ふふ、確かにしていてもおかしくないですね。ある意味ではしてもらっているのかもしれません」
「えっと、この子たちにって事ですよね?」
「父上〜! 遊ぼうよ!! あ、式神出してどうしたの? あ、次は式神と何かするの!?」
「次は鬼ごっこでもしましょうか? 僕と式神で鬼をしますから逃げてください」
「わぁ〜、多勢に無勢だ〜!」

 駆け寄ってきたかと思えば、すぐに天明から離れて庭へと逃げていった。
 それを式神達がのっそりのっそりと追いかけ始めた。

「もちろん、この子たちにですよ」

 にっこりと椿に笑顔を向けて、天明も萃蓮を追いかけ始めた。
 それを椿は眺めていたのだった。

「奥様は誰なんですかね?」

 聴きそびれた疑問を呟いて、晩御飯の支度をし始めた。
 晩御飯は萃蓮が生やした若筍わかたけ椎茸しいたけを使った炊き込みご飯。
 生えた若筍と椎茸は旬物に近い物だったようで、混ぜ合わせる事でさらに美味しくなったようである。
 かまで炊き、ひつに入れた炊き込みご飯はすぐに平らげられ、米粒一つも残りはしなかった。

「「「ご馳走様でした」」」
「はい、お粗末さまです」
「いやぁ、椿様は料理がお上手ですな!」
「そんな、大したものは作ってませんから」
「いや、大したものですよ。僕はもちろん式神も料理はさっぱりでご飯を炊いて漬物ばかりですから」
「椿のご飯、おいしいからすき!」
「そんな褒められると照れちゃいます」

 日も暮れて、後片付けを終えると順番にお風呂を済ませて床へついた。

「萃蓮、ちゃんと布団の中に入ってください」
「はぁ〜い……」

 午前中は椿と、午後からは天明と式神が遊んだおかげか。
 お風呂を済ませた萃蓮はもうまぶたが閉まろうとしていた。
 椿や菊左衛門は各々の部屋へと向かったのを見送ってから天明は萃蓮を連れて自身の寝室へ。
 あらかじめ、式神に布団を敷かせていたので敷く手間はない。
 いつもならば、萃蓮を寝かしつけるのに苦労するのだが、今日も布団に入るなりすぐに寝息を立て始めた。
 昨日は弓月が相手をしてくれていたおかげで早く寝ついてくれていたのだ。

「僕もゆっくり眠れるからありがたい。翠蓮、ゆっくり眠るんだぞ〜」

 頭を撫でてやると、少しぐずった。
 でも、その手が天明なのがわかっているように寝顔は柔らかなものである。
 一緒の布団に入り、天明も目を瞑った。

・――・――・

 夜空に上弦の月が照らされながら、静まり返った平穏京。
 月の光を浴びてもなおも黒い霧は、ある一軒家の上を漂っていた。

『こんだけ夜も更けれバ、こちらさんも寝てんダロ』

 風に漂うように、それでいて自由に飛ぶように。
 天明の家へと降りていく。
 戸締りがしっかりとされているが、黒い霧には関係はない。
 風が通る場所があれば、そこをすり抜けてなんなく忍び込んだ。

『さ〜テ、獲物はどこダ〜?』

 物色する事なく、部屋を見て回る。
 白い狐が寝ている部屋、人間が寝ている部屋、そして、人間とさっきよりも小さく白い狐が一緒に寝ている部屋へと辿り着いた。

『こいつカ〜……イイ趣味してんじゃねえカ〜。幼子おさなごと寝るタァヨ? その夢心地のままに楽にさせてやるゼッ!!』

 黒い霧の一部が刃の鋭い鎌に変化させ、人間の首元を薙いだ。

・――・――・

『天明、起きろ』
『さっき寝たばかりですから、もう少し……』
『さもなくば、死ぬぞ』

 睡眠から意識を起こすと、禍々まがまがしい妖気を感じとった。
 そして、自分の首元へと向かってくる殺気も。

(確かにこれは死にますね……)

 目を見開いて、即座に身体を起こした。
 避けた刃物は布団と畳を切り裂いた。
 黒い霧もまさかの身捌きに驚いている。
 天明はすぐさま掛け布団を退け、萃蓮を抱き上げる。
 敵から離れながらに人形代を放った。
 敵に向けて投げたが、当たることはなく襖に張り付いた。

『オイオイ、オマエは本当に人間か? 今のはどう考えても避けられないダロ? それにナンダ? この飛ばしてきた紙クズは?』
「僕の事を知らないで屠りにくるとは、甘く見られたものですね」
『オレが聴いてんダカラ、答えろヨッ!!』

 鎌を引き寄せ、天明へと飛び寄った。
 天明は萃蓮を抱えたままに黒い霧を見据えて、何も動かない。

『さっきのはマグレか! 今度こそ首掻っ切ってヤラァ!』

 鎌は身動きを取らない天明の首元へと薙いできた。
 
「狙いを教えてくれてありがとうございます」

 そう呟いた直後に白い煙が立ち、黒い霧の鎌は途中で止まった。

『クソッ、なんだ!?』
「本当に何も知らずにいらっしゃったのが運の尽きです。僕がはらってしんぜましょう」

 白い煙が晴れ、動かせなくなっていた鎌は天明の式神に掴まれていた。
 日中、椿や萃蓮に見せた式神の姿ではない。
 九つの尻尾を持つ獣の姿である金色の大きな九尾。
 天明の後ろに鎮座していた一本の尻尾が鎌に絡みつき、二本の尻尾が天明が抱えていた翠蓮を優しく抱えている。
 その光景を見て、黒い霧はすぐさま鎌を霧に戻し、天明に背を向けた。

『誰がオマエなんかに祓われるカヨ!!』
「待ちなさい!」

 天明が言い放つと、六つの尻尾が黒い霧へと伸び、突き立てた。
 だが、どれもその姿を捉える事はできずに襖に突き刺さった。

『そんな攻撃当たるカヨ!! 押し潰されてナ!!』

 黒い霧は四つの棍棒こんぼうを飛ばし、天明のいる部屋の柱をへし折った。
 すると、四つの柱にが天明へと倒れ、支えられていた瓦もそこへと落ちていった。
 その様を見たが、それよりも先に逃げ出した。
 あの程度では死にはしないと考えられたからだ。
 
『あのヤロウ! こんな得体の知れネェ奴をほふれと簡単に言いヤガッテ! 逃げるしかネェダロうが……いや、他にも手があるナァ〜』

 外へと逃げようとした黒い霧は家の中へ引き返し、他の部屋を見て回ったが、布団はもぬけの殻だった。
 眠っていたはずの白い狐と人間が居ない。

『流石に騒ぎ過ぎたか? いや、にしては早すぎるな……まぁイイ! しくじったが、逃げさせてもらウゼ!』

 黒い霧は戸の隙間から抜け出た。
 空に逃げ出し、見下ろすと先に逃げてていた白い狐と人間が見えた。
 その後から家から出てくる人間と幼子の白い狐も。

『やっぱ、釈然としネェ! ここはダメ押しで家も潰してやっかナァー!!』

 上空から再び棍棒を投げ飛ばした。
 そして、存分に暴れさせて、家が崩れるのを見た。
 その様を見て黒い霧は甲高く笑いながら夜に溶けていった。

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