第三十話 遊びの決着

 

「僕としたことが、昼食の事を忘れていたとは。あの子もぐずっていないと良いですが……」

 と天明てんめいが風呂敷で巻かれたものを小脇に抱えて、我が家に近づいていた。
 家からひゅんひゅんと空気を切る音とぼふりと何かが消える音が聞こえた。
 竹で編まれた家を囲む塀より高い所に火の玉とそれを消す蔦が見えた。
 一瞬何が起きているのかわからず、眺めてしまっていた。

「ちょっとちょっと!! な、何事っ!?」

 気を取り直すや否や、慌てて我が家の敷地へと入っていった。
 庭に続く道を草をかき分けながら少し進むと、そこには縁側に仲良く座る二人を見つけた。

「ゆ、弓月ゆみづき様! これは一体!?」
「どこをほっつき歩いていたっ! 萃蓮すいれんに何も言わずに出かけるなど親失格ではないかっ!!」
「す、すみません。なぜ、僕が親だってことが……と言うか、これは何ですか!?」
 
 まさかの叱咤しったの声に狼狽うろたえた天明。
 けれど、すぐに火の玉とつたの攻防を指差して、なおも騒いだ。

「退屈そうにしておった萃蓮が遊んでくれと言ってきたから仕方なく遊んでおるだけじゃ」
「いや、遊び方! 火の粉が家やら塀やらに飛んでおりますよ!?」
「案ずるな、草しか燃やさんように操っておる」
「し、しかし……」

 このような遊びは、と口にしようとした天明の目は珍しいものを見たように見開いた。
 日頃は天明、父親が帰ってきては遊んでと走り寄ってくる萃蓮がここまで何も言わない事に。
 火の玉を消すのに夢中になり、些細かもしれないが、庭の草を生やしては天明を困らせていた萃蓮の姿がなかった。
 楽しそうに笑った顔に、尻尾もぶんぶんと弓月が鬱陶うっとうしそうにしているのをお構いなしに振っている。
 その姿に天明は驚いてしまった。
 
「そんなことより飯はまだか? われも萃蓮も、あと菊左衛門きくざえもんもじゃろうな。腹が減っておるぞ」
「そ、そういえば、菊左衛門は?」
「わからん、疲れて部屋に行ったと聞いたがの」

 弓月も話しながらに萃蓮の相手をしている。
 行った通りに火の粉は散っても、家の壁や廊下に塀へと当たろうとも焼け跡ひとつもない。
 しっかりと操られているのだから大したものである。
 弓月ともなれば、これくらい朝飯前ならぬ昼飯前なのかもしれない。

「わかりました。すぐに準備致します。そのために外に出ておりましたので」

 小脇に抱えていたものを見せた。
 風呂敷が少し濡れているのが目に見えた。

「何やらあふれておらぬか?」
「……ほ、本当ですね! すぐに準備致します! もうしばらく、萃蓮の相手をお願い致します」

 天明は少し慌てて道を引き返して玄関から家の中へ入っていった。

「まったく慌ただしいの」
「弓月、もうちょっとで全部消しちゃうよ〜?」

 話しながらにも火の玉を出していたのだが、集中していた萃蓮の方が武が上がってしまったようである。
 蔦の動きが良くなってきていた。
 最初こそ当たり切らずに二度手間をしていたが、今は火の玉を捉え、しっかりと一撃で消している。
 火の玉が増えるよりも消す方が速くなっているのが見てわかる。
 
「このまま、勝っちゃうもんね〜」
「そうはさせぬぞ〜」

 前のめりで尻尾を振る萃蓮。
 それに負けじとニヤリと笑い、軽く尻尾を振る弓月。
 他所から見れば、親子のように見える二人の遊びは尚も続く。

「ん? なんか消えなっい! って、僕の蔦が燃えちゃってる!!」
「かっかっか! 油断大敵ゆだんたいてきじゃ」
 
 蝋燭の火のように小さく弱かった火の玉の中に二回り程大きな火の玉を一個だけ増えていた。
 火の玉の大きさを見定めずに消そうとしてしまった。
 消すどころか自ら燃えに行ってしまったのだ。

「弓月のずるっ子!」
「火力を上げないとは言っとらんからの。ほれほれ、このままでは蔦ごと草が燃えるぞ〜」
「ゔ〜! そんなことさせない!」

 火のついた蔦の周りに新しい蔦が四本生え伸びた。
 四本の蔦は火を消そうと蔦を叩き、火を消した。
 火の消えた蔦を中心に四本の蔦が捻り合わさり、一本の太い蔦になった。

「いっけぇ〜!」

 太い蔦は大きめの火の玉を捉え、燃えることなく、叩き消した。

「おー、やるではないか」
「へへ〜んだ!」
「では、どんどん大きな火の玉を増やしてやろう」

 大きな火の玉を一個消して、威張っていた萃蓮に追い討ちをかける。
 また火の玉を増やし、その中に大きな火の玉も出す。
 太い蔦の届かない位置に一つ、近くに一つ。

「また、ずるっ子してる!!」
「ずるではない、勝つための策略じゃ」
「む〜! じゃあ、こっちも増やすからね!」

 届かない大きな火の玉をまた太い蔦を作り出し、叩き消した。

「ほれほれ、次も大きな火の玉を出すぞ〜?」
「良いもん! 全部消すから!」

 またも弓月は出すたびに大きな火の玉を一個ずつ増やし、しかも、太い蔦の届かない位置に出した。
 萃蓮は出てくる大きな火の玉ばかりを消して、小さな火の玉の注意が逸れていった。
 そうして繰り返していくと……。

「ふふん! 大きな火の玉、恐るるに足らず〜!」
「難しい言葉を知っておるの」
「父上に教えてもらってるからね〜」
「なら、我からは物事を広く見る事を教えてやろう。そこなんて今にも火が着きそうだぞ?」
「そんな訳……って、あぁ!! 小さい火の玉の事忘れてた!」

 急いで細い蔦が火の玉を消そうと動くが、時すでに遅し。
 小さい火の玉は蔦よりも下あったうっそうと生えた草に当たってしまい、そこから燃え広がっていく。

「ああぁぁぁ!!!」
「ふふ、勝負ありじゃな」

 弓月の胡座から飛び出して、四つん這いで俯く萃蓮。
 叫んだ際に立っていた尻尾はしなしなと萎れた。
 かっかっか、と笑う弓月。
 相対して、尻尾を振って喜んでいる。

「もう一回!! もう一回、しよ!! ねぇ、ゆみづきぃ〜」
「わかった、わかったから身体を揺するでないわ!」
「ご飯の準備ができましたよ〜! あ、こら、萃蓮! 弓月様になんて事をしているんですか?」
「だって、負けちゃったんだもん! ね、弓月、ご飯前にもう一回しようよ〜」
「待て待て、流石に昼ごはんを先に済ますぞ。お主もお腹を空かしておるじゃろ?」
「別にお腹空いてないもん!」
「いいや、空いとるはずじゃ。ご飯を食べぬ者とは遊ばん」
「ゔ〜……食べる」
「食べ終えたら飽きるまで付きあってやるからの」
「うん!!」

 弓月に向けた笑顔は晴れやかで嬉しそうであった。

「程々にしてくださいね」
「お前はもっと萃蓮を構ってやれ」
「そうだそうだ〜」
「はは、立つ背がありませんね……さ、ご飯を食べましょう」

 弓月と萃蓮にしばらくじっとりと見られながら、ご飯を食べる天明であった。
 ちなみにお昼ご飯はざる蕎麦。
 天明の付けつゆが少ないのは、こぼしてしまっていたせいである。
 椿はと言えば、まだ起きることがなかったので寝かせておいていたのであった。

 昼ごはんを食べ終えた後にまた弓月と萃蓮は遊びに戻り、天明はご飯を片付けた後、出かけていった。

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