第三話 新月の夜に

 

 月の光はなく、暗闇くらやみが包み込んでいた。
 今宵こよい新月しんげつ
 外はもちろん大部屋の中も暗闇に包まれている。
 二つの寝息寝息が規則正しく静かに聞こえてきていた。
 だが、その二つだけである。
 大部屋にいた他の客たちは息を殺して、暗闇に目を慣らしていた。

「もういいんじゃねぇか」
「そうだな、座って寝てるが。どうせ、起きやしねぇ」

 ひそひそと小声で言うと、弓月ゆみづき椿つばき以外の客。
 二人が立ち上がると、それを見て、順々に立ち上がり。
 狸寝入たぬきねいりをしていた八人の男どもが二人を見ていた。
 たたみかれた床を忍足でゆっくりと近づいていく。
 
(ちょろいもんだ。荷物もだが……体も楽しませてもらおうかな、へへへ)

 ニタリと気持ちの悪い顔は暗闇で見えないのがありがたい。
 二人に一番近かった男が荷物に手を触れた瞬間である。

 ごとり。

 音は畳に吸われたが、確かに何か落ちた音が後ろから聞こえてきた。

「……おい、何をやってる。起きちまうだろう……がっ!」

 振り返り、音を立てた仲間へ注意を促した。
 だが、その注意の必要はない。

 どしゃっ。

 首の無くなった体が意思なく倒れ込む。
 倒れた体の近くにその仲間である首も転がっていた。
 これまた暗闇の中で良かったといえよう。
 目が慣れているとはいえ、転がっている死体の生々しさは伝わってこない。
 だが、それが死体であるとわかるほどに血の匂いがただよい始めた。

「ひっ!……誰がこんな、がっ!」

 ごとり、どしゃっ。

 声を上げた仲間がまた一人、首を斬られ、大部屋に死体が転ぶ。
 そこからは悲鳴やうめき声。
 慌てふためいて大部屋から逃げようとする声が上がった。
 どれもこれも、ごとり、どしゃりと音を立てては静まり返った。
 周りに人影はなく、ただ血の匂いが漂っていた。

「何が起きて……」
われが殺したんじゃ」

 ごとり。

 耳元でささやかれた言葉を理解する前に、視界の半分が畳になり赤く染まっていった。

 どしゃり。

 遅れて何か倒れた音が聞こえた頃には、意識は消え去っていた。

・――・――・

「はぁっ! はぁはぁはぁ……くっ、首はっ!」

 首が繋がっているのを触って確認しようとしたが、腕が縛られているせいで触ることができなかった。
 よくよく見ると、鉄の輪っかが自分の身体を縛ってある。
 他の仲間と一箇所にまとめて縛られていた。
 背中合わせになっている仲間もいるせいで顔は見えないが、両隣の仲間は青ざめてうつむいていた。

「おいっ! これはどういうことだ!?」

 隣の仲間に大声を張り上げると、言葉なく首を振った。
 その後に顎で前を向くように指図を受けた。
 前を向くと、そこには火が灯されている。
 仲間の様子が見てとれたのはこの火のおかげだったのに気づいた。
 だが、すぐにその火のありように目を疑う。
 その火は手の上で灯されており、蝋燭の火なんて比べるには恐ろしい程に煌々こうこうと燃え盛っていたのだ。

「これで全員、気が付いたか?」
 
 そして、その火を手に灯している張本人は獣耳と尻尾のある妖怪のたぐいであった。

「よくもまぁ、こんな下衆げすな事をするやからが増えたもんじゃ。事もあろうに我らを狙うとはな。救いようがない奴らじゃ」
「なんだっ、テメェは! お前なんかこの宿に泊まってなかっただろうが!」
「かっかっかっ! いやいや、我らは泊まっておったぞ。あそこの大部屋の角におったじゃろうが」
「そんなわけあるか! あそこには人間の親子、母と娘って感じの二人組がいたはずだ!」
「そうか、お前らにはそう見えていたのか。それが聞けただけでお主らは用無しじゃな。すぐに楽にしてやるとするか」
「テメェこそ、訳わかんねぇ事を言うのは終わりだ!」

 男がしばられた足で畳をダンっとると、大部屋の襖が開いた。
 そして、そこからすかさず矢が飛んできた。
(何者か知らないが、これで終わりだ!)
 男は獣の妖怪に当たったように見えた。
 頭部に直撃、死んだに違いないと。

「よし! どぉだ! これで死んで……」

「こんなもので我が死ぬと思ったのか?」

 当たったように見えた矢は右手で掴み取っていただけで当たりなどしていなかったのだ。

「本当に弱くなったものだな、本州の者どもは。平穏へいおんボケ? いや、争い合っていた人間と妖怪が共に住まう仲になったからこその弊害へいがいと言えるか」

 けものの妖怪は、右手で持った矢を炎の妖術で燃やし尽くした。
 矢尻ももれなく灰と化した。
 そして、左手の炎も消して、再び暗闇が訪れたと思うや否や、男の背後から呻き声が聞こえた。
 振り返っても仲間の頭くらいしか見えはしなかった。

「まったく、番頭ばんとうまでお主らの仲間だったか……まぁ、それもそうか。我ら以外が野盗やとうなら引き入れるのも仲間に違いない」

 また前を向くと、気を失った番頭の首根っこを掴んだ妖怪が火を灯して立っていた。

「ひっ! テ、テメェは一体なんなんだ!?」
「我か?」

 笑いをつぶしながら、男に近づいていき耳元で呟いた。

「本州の者どもが忘れた妖怪じゃ」

 暗闇に溶け込むような黒い狼耳に尻尾、赤く光る眼。
 左肩には青い人魂を浮かべた弓月。
 近づいたついでに番頭をしていた野盗を愛刀の「形無かたなし」で全員仲良く縛りつけた。
 形無は武器以外にも形を変えられるので便利である。
 
「お主達には我から直々に罰を与えてやろう」

 野盗どもを見下みくだしながら右手の人差し指を立てて、炎の輪を作る。
 力地達にほどこした妖術。
 それを今度は不届ふとどきものの野盗どもにもするようだ。
 野盗どもに背を向けて、また距離を取った。

「何するつもりだ」

「今回はどうしてやろうか……この宿屋で一生こき使わされるのも良いし、ここの本当の当主に末代まで仕えるというのも良いじゃろう」

「おい! 聞いてんのか!」

「そうじゃ、この場で首を斬るのもいいのぅ。次は幻術など甘っちょろい妖術でなく、八つの首と八つの胴体に切り分けてやるのも、な!」

 振り返り様に左手の手刀を振った。
 手刀によって生まれた空気の流れは一瞬にして、風の刃と化し、八人の野盗たちの頭をかすめた。
 風の刃は襖を切り、両側の柱さえも切断し、霧散していった。
 一瞬の出来事に見えなかったのだろう。
 何が起きたか、わかっていない野盗たちは呆然としていたが、はらりはらりと降ってくる髪の毛を見て震え上がった。
 さっきの一瞬で自分たちの首は跳ね飛ばされていたということに気づいたのだ。
 やっと弓月と対峙していた男も他の野盗たちと同じように顔を青ざめ、歯もガチガチとこごえるようにふるえさせた。

「お主らを殺すなど、匂いを感じるよりも容易い。じゃが、我とて血も死体も見たくなくての。それに連れにも出来ればそう言ったものを少なからずは見せたくないんじゃ」

 そこでじゃ、と火の輪っかを右手人差し指でくるくると弄びながらに続けた。

「お主らには、ここの本当の主人、あるいはその仲間、血族に死ぬまで仕えること。それを破れば、この火の輪っかがお主らの首を生きながらにして焼き切る」

 一呼吸おいて、「良いな?」と鋭い赤い眼光が野盗たちを見据え、七人の野党は頷いた。
 (もう悪さをするのはりだ)と揃いも揃って項垂れてもいた。
 一夜のうちに野盗どもは弓月によって蹴散らされ、宿屋で一生を捧げることになった。
 物音がしたにも関わらず、寝息を立てている椿の知らぬうちに。

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