第九話 スズネお姉ちゃん……なんか良いかも

 スズネはハイネの店から出て、依頼書に書いてあった依頼主の住所へと向かった。
 まずは、その周辺から迷子の猫を探す事にしたのだ。

「依頼書が張り出されたのは一昨日だから。もうここら辺には居なさそうだけど探してみるかなぁ」

 家が密集している住宅地。
 道も人がすれ違うことができるくらいの小道ばかり。
 道端には花壇が設けられていて、季節の花達が咲いている。
 各所に小さいなりにも広場があり、そこには木が植えられている。
 その各広場は、その周辺に住んでいる人達が立ち話をしていたり、本を読んだりするいこいの場となっている。
 そこに子供の姿もある。
 遊び回っている子供たちの近くには、親たちが立ち話をして見守っている。
 スズネは辺りを見回しながら歩いていた。
 時折、道端の背の高い草花をかき分けたり、広場の木を登ったり、思い思いに猫を探した。

「うーん、やっぱりこの辺には居ないか〜。ちょっと離れたとこを探さないと……」

 スズネの予想通り、猫はこの近くには居なかった。
 広場の中央にある木、その割と頑丈な木の枝に両足をかけて、逆さにぶら下がって呟いた。
 普通に探して見つからないなら、視点を変えてみる?とスズネは考えたようで逆さにぶら下がってみたのが現状である。
 見つからないとはいえ、そうしたところで見つかる訳もなく、スカートを押さえながらする事でもない。

「あの〜、そこで何してるんですか?」
「迷子の猫ちゃん探し!」

 不意に話しかけられたスズネは逆さにぶら下がったまま、その人を見下ろした。
 声をかけてきたのは女の子で、スズネの即答に驚いてしまったようで足をもつれさせ、尻餅しりもちをついてしまった。

「あ! ……驚かせてごめんね〜。大丈夫?」

 スズネは器用に木から降りて、その女の子へと駆け寄って手を差し出した。
 女の子は恥ずかしそうにスズネの手を借りて、立ち上がった。

「驚いて転んじゃった」
「お尻、大丈夫そ?」
「うん! 大丈夫! ……あ、あの、猫を探してるの?」
「そう! 迷子の猫さんが居るって依頼されたから探してるとこ!」
「も、もしかして! 白くて、茶色と黒色がある猫さん?」
「そうそう! この猫さん」

 スズネはポーチから依頼書を取り出して、女の子に見せた。
 依頼書に描かれていた猫は女の子が言う通り。
 白い紙に黒と茶色の絵の具をまばらに落としたような柄の猫である。
 その絵を見ると、女の子は嬉しそうに飛び跳ねた。

「やっぱり! わたしの部屋から見てたら、お姉ちゃんが家の周りとかをウロウロしてるのが見えて、何か探してるみたいだったから声をかけたの!」
「ん? もしかして、依頼主の子供さん?」
「そうなの! この子はウチで飼ってる猫さんで最近帰ってこなくなっちゃったから心配で……。だから、お母さんに頼んで探してもらおうって」
「なるほどね〜。なら、やっぱりこの辺には居ないか〜」
「たぶん……で、でもね! わたし、あそこにいるんじゃないかって思ってる所があるの!」
「え、どこどこ?」
「こっち!」

 駆け出した女の子を追いかけること、数分。
 王都を囲んでいる城壁に着いた。

「ここに前まで穴があって、ミャケがここを通っていくのを見かけた事があるの。でも、この前、直されちゃってそれで帰れなくなったんじゃないかなって……」

 女の子が視線を注ぐ城壁には、小さいながらに修繕した跡があった。
 その跡を見る限り、嘘を言っているようには思えない。

「そうなんだ……だとすると、城壁の外にいるかもしれない訳だ」
「うん! お母さんにもそう言って、見に行こうって言ったんだけど、危ないからダメだって言われちゃって……」
「そっかそっか。そう言うことならお姉さんにまっかせなさい! ミャケちゃんはアタシが見つけて来てあげる!」
「ほんと!?」
「うん! これでもお姉さんは強いから、外に出ても問題ないし、すぐに見つけてくるよ!」
「やったぁ! でも、この穴の先は多分、森の辺りだと思うから気をつけてね」
「わかった。教えてくれてありがとうね……えっと、名前は?」
「クレハだよ!」
「クレハちゃんね。アタシはスズネって言うの、よろしくね。見つかったら、連れて戻ってくるから、お家で待っててね」
「うん、わかった〜! スズネお姉ちゃん、気をつけてね〜!」
「ありがと〜! スズネお姉ちゃん……なんか良いかも」

 クレハを残して、スズネは王都の門へと向かう。
 まさか、自分がお姉ちゃんと呼ばれる日が来るとはスズネ自身も思っていなかったが、悪い気はしなかった。
 血はつながっていなくても、頼りにされているのが嬉しいのだ。

「リン姉もこんな感じだったのかなぁ、へへ」

 そんな事を考えているながら走っていると門へと着いた。
 スズネの他にも王都から出る人たちがいるため、列ができていた。
 その列を上機嫌に待っているとスズネの番になった。

「次〜。どんな要件で門外へ?」
「依頼で、迷子の猫を探すために出ます!」
「迷子の猫を探すため……依頼書は?」
「これです」

 依頼書を出すと鎧を着た門兵はガチャガチャと音を鳴らしながら受け取った。
 顔まで覆っている鉄兜の隙間から依頼書にしっかりと目を通しているようだ。

「なるほど、わかった。通って良し! スズネちゃん、気をつけてな」

 門兵はスズネに依頼書を渡しながら、そう言った。

「任せといて!……って、え?」
「ははは! 俺だよ、バーの常連の」

 スズネの反応が面白かったみたいで、笑いながら鉄兜を脱いで顔を見せた。

「あー! 飲みすぎるお客さんじゃん! 門兵だったの?」
「そうだよ。昨日のバーはスズネちゃんが居なかったから酔いが浅くて、仕事がはかどっちまうよ」
「えー、そんな事言って。昨日もめっちゃくちゃ飲んでたの知ってるよ?」
「いやいや、スズネちゃんがいるからこそ、こちとら、気持ちよく酔えるってもんさ!」
「上手いこと言うね。じゃあ、次いる時も一杯飲ませてかせがせてもらお」
「おいおい、そこは、サービスしてくれよ」
「アタシがバーに居るのがサービスだから、問題なし!」
「ちげーねぇな! ははは! おっと、後ろがつかえてるな。夕方の十八時には門が閉まるからそれまで迷子猫を探して来てくれよ、何でも屋さん!」
「うん、任せといて! 行ってきま〜す!」

 門兵はスズネが門外へと駆け出して行くのを手を振って見送ってくれた。
 スズネも後ろ手に振りかえして、クレハの言っていた森を目指す。
 王都の周りには魔物はほとんどいない。
 そのおかげで物資の運搬や旅人達も王都周辺では呑気のんきにゆっくりと歩いていた。
 そんな中、スズネは行きすがらに猫がいないか探したが、見当たらない。
 やはり、いるとすれば、森の中だろうか。

「着いた〜。さてと、どうやって探そっかなぁ」

 草の生えていない曲がりくねった道を歩いて、数分。
 森の入り口に着くと、腰に手を当て、仁王立におうだちになった。
 木が生い茂り、鳥のさえずりも聞こえてくる。
 穏やかな雰囲気が伝わってきて、魔物の心配はなさそうだった。
 もし、出て来たとしても、スズネにはトンファーがあるため問題無さそうである。

「手当たり次第見ていけば、いっか。案外すぐに見つかったりして」

 そう呑気な事を言いながら、スズネは森を分断している道へ進んでいった。
 左右の森の中は草が生い茂り、所々木の枝が道に覆いかぶさり木漏れ日が差し込んでいる。
 とりあえず、怪しそうな道端の草を掻き分けたり、近場の木の根元や登って上の方も探したが、見つからない。
 そう探している間に森を通り抜けてしまった。

「うーん、道沿いには居ないか〜。こうなれば、森の中の方を探そ」

 スズネは来た道を引き返す形で、森へと入っていった。
 次は道を左に逸れて、草が生い茂る森の中へ。
 草をかき分けながら、進む。
 ついでに自分が歩いた所の草を踏みならして、どこを見たのか見分けられるようにしている。
 道端を探している時と同じように怪しい所は探していく。
 リスや小鳥に騒がれながら、構う事なく、探すが……

「うーん、見つからない。まだ反対側もあるからわかんないけど、居いかもなぁ……とりあえず、お昼にしようかな」

 なかなか見つからず、スズネは少し気を落とした。
 お腹も減ってきて、気分転換を兼ねてお昼ご飯にすることにした。

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