第二十一話 試練の行方

 

あおさん!」
「っ!」

 椿つばきのおかげで強張こわばった身体が動いた。
 身体をひねり、そのついでに刀へと形を変えた形無かたなしを切上げたが、くうを斬った。
 蒼の背中をとらえかけたクナイを攻撃によって寸での所で防いだ。
 攻撃してきた伊竹いたけは距離を取り、すぐに蒼へと駆け出してきた。
 二人の伊竹に挟まれる形となった蒼は目の前の伊竹を先に片付けるために一瞬にして間合いを詰めた。
 刀を振るい、クナイで捌かれるも一手先を取った。
 切り付けられた伊竹は煙のように霧散むさんし、その代わりのように蒼の左肩に切り傷が生じた。
 蒼は目を閉じて、カッと見開くと服の切れ跡も切り傷も消えた。
 さっきの伊竹は蒼と椿が見ていた幻術で見せられていただけ。
 後ろに迫ってきている伊竹を振り返り様に刀を構えた。
 振り返った先には、伊竹が二人いた。
 蒼は顔をしかめるもまだ間合いに入っていない二人の伊竹に向かって、刀をいだ。
 薙いだ刀から鎌燕を飛ばした。
 一人はクナイで防ぐも防ぎきれずに煙と化した。
 そのおかげで鎌燕も消えた。
 もう一人はその煙に乗じて、クナイが蒼の左脇腹へと飛んできていた。
 半身はんみを引きながら、刀でクナイを払いのけると煙も同時で晴れた。

「良い身のこなしだ。後ろに現れた俺を幻術と見破れなかったのは頂けなかったが。弟子たちの幻術を見破れなかったのだから無理からぬ事か」
 
 クナイを投げた伊竹が蒼の戦いぶりを評価するように話し始めた。
 その言葉を聞いてか聞かずか、蒼はそのまま伊竹に斬りかかったがまた伊竹の姿が霧散する。

「また幻術か」
「相手の弱みがわかった以上、そこを突く。戦いの基本など言うまでもなかろう」
「これまでの試練をアンタはずっと見ていたようだな。じゃなきゃ、こうはしないだろ」
「それはどうだろうな。逐一報告ちくいちほうこくを受けていた可能性もあるだろう?」

『さて、無駄話はこれくらいにさせてもらおう』

 蒼を中心に四方八方、合わせて十二方に煙玉がぜた。
 煙の一つずつから伊竹が一人ずつ出てくる。
 十二人もの伊竹が現れた。

『お前は見破れるかな』

 十一人の伊竹が一斉に同じ言葉を口にした。
 その直後に言葉を発していない伊竹が動き出した。
 蒼は戸惑ったが、踏み出した音を聴き取り、後ろへと向いた。
 十二人目の伊竹と立合いが始まり、刀とクナイでけずっていると、また一人の伊竹が動き出す。
 なんとか斬りつけても霧散する。
 倒した感覚はなく、また蒼の背後に立つ伊竹との立合いが始まる。
 それを五回繰り返した程で二体一となり、妖術を駆使して、戦うが伊竹達の手数が増えるにつれて、追いつかなくなり傷を受けていく。

「蒼さん! 早く、幻術を解いて!」
「……っ!」

 椿の声は聴こえているが、伊竹達の猛攻を前にどうしても身体が動いてしまって、『風気ふうき ふくろう』を打てずに居た。
 そうこうしているうちに蒼の首元にクナイの刃が達し、鮮血せんけつが吹き出してしまった。

・――・――・

 伊竹は蒼が倒れる様を見ていた。
 幻術の中では死んだように倒れているのだろう。
 椿が駆け寄り、必死に蒼の事を回復しようとしている。
 伊竹に抜かりはない。
 蒼だけでなく、椿に対しても幻術を掛けている。
 片方が正気であれば、幻術は容易たやすく崩れる。
 正気のものが幻だと偽物だと言ってしまえば良い。
 それだけで瓦解がかいするものだ。
 脆弱ぜいじゃくな幻術が弱点という蒼はいくら腕の立つ黒狼であろうと。

「恐るるに足らず。幻術も見破れない者が季喬様ききょうさまに会おうなど片腹痛いわ」
「そうかい。なら、俺は季喬に会える見込みがあるって事だ」
「っ!」
「遅い!」
 
 振り向き様にクナイでの反撃をしてきたが。

風奥義かぜおうぎ 烈風掌れっぷうしょう

 振り返った伊竹の鳩尾みぞおちに圧縮した風の玉を左手の掌底しょうていと共に叩き込んだ。

「うがぁっ!」

 鳩尾にめり込んだ時に耳障りの悪い音も聞こえた。
 呻き声を上げた伊竹は凄い勢いで飛んでいき、石畳の敷地を挟んだ向こう側の御神木ごしんぼくのような立派な大樹にぶつかった。

「えぇ!! なに、いきなりっ!!」
「確実に入ったな」
「? えぇ!! 蒼さん〜っ! じゃ、こっちのは……って居ない!!」
「椿が見てたのは幻術だ。俺の幻術を椿にも掛けてたから」
「あ……そうなんですか……良がっだぁ」

 幻術の中で血まみれになった蒼を必死に治していた椿は涙で顔をぐずぐずにしていた。
 
「そ、そんなに泣く事ないだろ」
「な、泣くに決まってるじゃないですか〜。私は蒼さんが死んじゃうかと思って、治してたのに一つも治らないから〜、え〜ん!」

 実際は何もないところで傷を治そうとしていたのだから治るわけがない。

「俺は無事だったんだし、安心してくれ」
「は、はい〜」

 涙がとまってしゃくりあげる椿の背中をさすった。
 幻術とはいえ、自分が死にそうになっているのを見て悲しんでくれる。
 椿と知り合ったのはまだ日が浅いが、悲しんでくれるくらいに仲良くなれたことに嬉しさを感じた。

「それよりも伊竹を治してやってくれ。手加減はしたが、死なれると弟子の忍達にうらまれる」
「あ、そうでした。凄い勢いで飛んできてましたもんね、すぐにでも……」

 視線を伊竹に向けた椿が固まった事で、蒼も視線を向けた。
 さっきまでぐったりとしていた伊竹は、木を支えにしながらも立ち上がりこちらを睨んでいたのだ。

「ま、まだ、だ。拙者はまだ、戦える」

 腹を押さえながら、肩を上下に揺らしながら途絶え途絶えにそう言った。
 口元を隠す黒い布は濡れており、せるように吐き出した。
 飛沫が地面を赤く染めている。
 黒い布からも滴り落ちていた。

「やめた方がいい。死ぬぞ」
「そ、そうです! 『どちらかが戦えなくなるまで』と言っていましたし、伊竹さんはもう戦える身体では」
「一度、不覚をとっただけで、こんな」
「『相手の弱みを知った以上、そこを突く』、アンタの弱みが相手を値踏ねぶみするような戦い方にあっただけの事だろ。俺の事を甘く見過ぎた、それだけだ」

 そう言われた伊竹は足に力が入らなくなったのか、がくりと膝をついた。

「俺の幻術の中にいたはず、だ。なのに、なぜ……」
「アンタの幻術にはかかってない」
「ば、バカな、そんなはずが!」
「一回目は確かにだまされたが、二回目は俺の幻術にアンタがかかったのさ。アンタに都合の良いものが見えるっていう幻術をな。かかってくれたおかげでアンタを探す時間ができてありがたかった」
「くっ! かはっ!」

 苛立ちのせいで体に力が入ったのか、盛大に喀血かっけつをして、地面に倒れ込んだ。

「椿、治してやってくれ」
「はい!」
「寄るなっ!……まだ試練は、終わってなど」

 ちりーん、しゃりーん。

 どこからか鈴の音が鳴り響き、蒼と椿が辺りを見回した。
 木々の上や隙間から忍達が集まっていた。

頑固がんこ師匠ししょうで済みません。試練は師匠の負けで良いので、治してあげてください」

 鈴を持った錦が一人敷地内に入ってきてそう言った。
 それに椿は頷くと伊竹に駆け寄って、無理やり仰向けにして、手も退けて腹部に治癒ちゆの光を当てた。

「お、お前! 何を勝手に!」
「怪我人は黙っててください! すぐに治しますから!」

 鬼の形相で伊竹を怒鳴り黙らせる椿に蒼も錦も、目を丸くさせた。

「やはり、師匠も倒しましたか。私達の完敗です」
「いや、俺も少し危ない試練でもあった。それにこれだけの忍がいるんだ。試練でなく、本当にやりあえば俺は歯が立たない」
謙遜けんそんされなくても良いですよ。私たちがいくら束になろうときっと勝てないでしょう。きっと大人数相手にできる技も奥義もございましょう」
「忍にとって卑怯ひきょうは褒め言葉と言っていたし、どうしても俺を倒したかったら寝込みでも襲ってくれ」
「そうさせてもらいます。椿殿、すみませんが、師匠が終わったら、十影とかげ九否くいなを治していただきたいのですが」
「良いですよ! 連れてきてください」

 その後、伊竹を治した椿は手裏剣を背中に受けた十影と九否の傷を治した。

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