「いらっしゃいませ……って、なにかあったの?」
「ちょっと空の旅をして帰ってきたわ」
私が詩人じみた事を言うとハイネさんは眉間に皺を寄せた。
乱れた髪を整え、服も軽く払った。
「そんな事よりモトさんを少し預かってもらっていいかしら」
「それは構わないけど」
「じゃあ、頼むわ! 早くスズネの所に行かないと!」
「ちょっと待ちなさ……」
「だから、モトも一緒に!」
(バタン!)
モトさんを店の中へ押し入れると扉を閉めた。
杖を取り出し、魔法で鍵に細工もしておいた。
あとで謝ろう。
今日の夜の仕事を休ませてしまうだろうから。
『本日、都合によりお休み』
とガタガタ揺れる扉に文字を浮かび上がらせて、スズネの所へと駆け出した。
サキさんが建物の影へ引き込まれた所は、スズネと出会った裏路地だった。
となれば、リビラのおかげで潰れた組織の残党がお金目的でサキさんを攫おうとしている可能性がある。
そうでなくても、獣人族を捕まえる理由はだいたいそれが目的だ。
生かしても殺しても金になる。
下衆な輩は獣人族の事をそういう目でしか見ない。
「スズネが問題なく助けてたら良いけど」
私は例の裏路地に入った。
裏路地を牛耳っていた裏の組織が捕まってからは、裏路地にかけられていた魔法が解けている。
道すがら進んでいけば、元アジトがあった建物に着く。
「よし、油断している。今なら」
最後の左右に別れた角。
その右側の角で覗き込む人がいた。
黒いローブということは残党。
低い声からして男かしらね。
視線の先にはたぶん、スズネとサキさんがいる。
『炎の球よ、我が敵を』
残党の男は詠唱し始めてしまったけど、間に合うわね。
ホルダーから杖を取り出して、男へと杖先を向けた。
『ウォメント』
私がそう呟くと、杖から水色の魔力が風に流されるように男へと向かう。
そして、詠唱で生まれた男の魔力の流れに混ざり溶けた。
『焼き尽くし給え』
男は詠唱が終わり、炎の玉を出す反動を考えて身構えるが。
「あれ? なんで……」
炎の球を飛ばす『フレイムボール』が不発になり、男は不思議そうに杖を見ている。
『ディマジック』
魔法を不発、無効にする魔法。
三流の魔術師は知らなくても仕方ないわね。
「さぁ、なんででしょうね?」
「わ! あぶしっ」
突然、私が現れたことでさらに驚いた所を容赦のなく頬を拳で振り抜いた。
男は吹き飛んで、曲がり角からスズネ達へと姿を現した。
「びっくりした〜! まだ居たんだ〜」
「まだ居たんだ〜、じゃないわよ。気をつけなさい」
右側の入り口にスズネとモトさんの姉と思われる鳥人族がいた。
さっき、見張り塔へ飛んでこようとした緑色の翼の持ち主がスズネに抱えられていた。
「ごめんごめん、全員倒したと思って」
「ケガはないの?」
「わかんない、さっき助けたばっかりだし」
「助けてくださって、ありがとうございます」
「いいって」
三人の男が路上に倒れてる。
スズネがやったのね、気を失ってるみたい。
「なんにせよ、間に合って良かったわ」
「ほんとにね。これでモトも安心だね」
「モト……あれ、スズネさんなんで妹を?」
「アタシ達、モトに頼まれてサキを探してたの。コイツの作戦のおかげでサキを誘き出せたのはよかったんだけど、まさかザコが残ってるとは思ってなくて……でも、助けられてよかった」
「スズネさん、ありがとう。そちらの方もありがとうございま……す」
サキさんは私の顔を見て、固まってしまった。
「ん? サキ? どしたの、固まって」
「い、いや、なんでもありません。貴方の名前を聞いても良いですか?」
「私はシグよ。何か私の顔に見覚えでもあるのかしら?」
「いえ、ありません。どうぞよろしくお願いします、シグさん」
「……えぇ、よろしく」
私とサキさんのやりとりを交互に顔を見ながらスズネは少し様子を見ていたが、なんてことないかと息をついて。
「……まぁ、良いや。サキ、歩ける?」
「はい……っ! 痛い」
「え? あ〜、足怪我してるね。アタシがおぼってあげよう」
「で、でも……」
「良いって。猫探しに付き合ってくれたお礼と思ってくれればいいしさ。ほら」
スズネがサキさんを背負うと、ガシャガシャと騒がしい音が近づいてきた。
遅ればせながら、騎士がお着きのようで。
「失礼。門兵からことづかったのだが、連れ去られそうになっていたのはその鳥人族か?」
「ええ、そっちにのさばってる奴らが捕まえようとしていたのよ。連れてってくれる?」
「……そのようだな。ご協力感謝します。」
後ろに控えていた二人の騎士が倒れている残党に駆け寄っていった。
雑に手足をロープで縛りつきている。
「失礼ですが、その鳥人族とお二人はどういう関係なのでしょうか?」
「私達は何でも屋。この子の妹に依頼されて探していたの。門兵とは知り合いで見張り塔からこの子を探していたら、建物の影にひきづりこまれるのを見たからこうして助けたってわけ」
「なるほど、そういう事でしたか……」
騎士はガシャガシャと音を立てながら、腰裏から紙を取り出した。
「近ごろ、鳥人族による食べ物の窃盗が多発しておりましてな。その目撃情報をまとめたものが王都騎士に出回っておりまして……」
そう呟きながら、その紙とサキの容姿を見比ベ始めた。
「まさか……」
「いや、そんなことないでしょ。ね、サキ?」
サキを見るとスズネの背中にしがみついたまま、顔を青くしていた。
買い食いをしている時に聞こえてきた話の窃盗犯がサキさんな訳が……
「うーん、間違いなさそうですな。その子が窃盗犯だ」
「え! ちょっと見せなさい!」
騎士から奪い取った紙には、サキと一致する特徴が多く、言い逃れできるはずもなかった。
「ご、ごめんなさい! お金は少しは持ってたんです。ですが、会うだろうと思っていた妹と全然会えず、お金が底をついて飢えを凌ぐために仕方なく」
「宿には戻らなかったの? 一緒に宿を取ってたんでしょ?」
「場所を覚えてなかったんです。妹と一緒なら問題ないと思ってたので……」
これは仕方ない事ではあるが、やってしまったものも仕方ない。
私はもちろん、スズネでさえも項垂れた。
やっと、見つけたサキさんがこんなことになっていようとは思っていなかった。
いや、考えれば分かりそうなものだったが、失念していた。
「お二人には申し訳ないが、王都で起こった事は王都で罰する。彼女も彼らと共に連行させてもらいます」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
サキさんは騎士に食いかかった。
騎士はその言葉を訝しむようにサキを見ている。
「待つも何も罪人は罪を償わなければならん」
「私は鳥人族、族長の娘です。私を捕らえれば、私の父が黙っていないでしょう。それでも、捕らえますか?」
それを聞いて、騎士は私を見てきた。
「それは本当なのか?」
「知らないわ。でも、もし、それが本当なら王都と鳥人族の信頼関係は悪くなるわね。それが発展して獣人族とも関係が悪くなるかもしれないわよ。それでも、良いのかしら?」
「それは……」
あくまでも可能性を言っただけに過ぎないが、それを聞いた騎士はガシャリと後退りした。
「もちろん、ここで見逃してほしいというのはおこがましい話ですので、猶予を頂きたいのです」
焦りを見せた騎士にサキさんは落ち着いた物言いで提案をしてみせる。
「猶予?」
「はい。一ヶ月の猶予を頂ければ、お金を準備してきます。罰金という事で食べ物を盗んでしまったお店に代金よりも多いお金をお渡ししてくださいませ。それなら収まりもつくでしょう?」
どうも、族長の娘というのは嘘ではなさそうだ。
自身が悪い状況なのにそこを落ち着いて、相手が動揺している時に無難な提案をする。
それにこの騎士はそこまで階級は高くない事も考えている。
肝の座ってること。
騎士もその言葉に唸っていると、腰裏からインクと羽ペンを取り出し、指名手配書の裏に何かを書き始めた。
ポーチか何か仕込んでるのね。
「その言葉に一言一句、嘘偽りが無いのならば、ここに鳥人族長の娘である証を出して頂きたい。恥ずかしながら階級の低い騎士だ。口頭だけでは上官に示しが着かん」
「貴方、案外利口なのね」
「ふん、褒め言葉として頂いておこう」
「分かりました。スズネさん、悪いんだけど騎士様に寄って頂けますか?」
「オッケー」
「騎士様、その羽ペンを貸してくださいませ」
騎士は羽ペンにインクを付けるとサキにペンを渡した。
受け取ったサキは、罰金の旨が書かれた紙にサインを書いた。
罰金は、金貨三十枚。
まぁ、妥当かしらね。
もう少し取り立てられても良いくらい
「金貨三十枚!? 多くない!?」
「これでも少ない方だ。増額しても良いんだぞ?」
「スズネは黙ってなさい。妥当な金額よ」
スズネは唇を尖らせて、ゴモゴモと何か言った。
どうせ、「そこまで言わなくても良いじゃん」とか言ってるんでしょ。
「騎士様、ありがとうございます」
「……これだけでは」
「わかっております」
サキは左腕を翼に変化させ、羽根を一本だけむしり取った。
毛先にかけて緑色になっている美しい羽根だ。
夕日の光を間接的に受けているにも関わらず、その羽根は光っているように見えた。
「これとそのサインがあれば、上官様にも分かって頂けるでしょう。何卒、宜しくお願い致します」
差し出された紙と羽根を騎士は受け取った。
「承知しました。私から上官へお伝え致しますので一ヶ月後に騎士団までお持ちください」
「私たちが持って行っても良いのかしら?」
「構いませんが、遣いである証を共に持ってきてください。騎士団で悪さを企てようとする輩もいるので、私たちの用心のためにも」
「わかったわ。羽根以外で考えておくからお願い」
「了解だ。おい、もう身柄は拘束できたか?」
オカマを邪険に扱いながら、他の騎士たちに声をかけた。
「大丈夫です! ほら、歩け」
縛り上げた後に残党たちは叩き起こされていた。
ロープで繋がれた残党たちは項垂れながら連れられていく。
「では、くれぐれもお忘れなきように」
騎士は紙と羽根を仕舞って、立ち去っていった。

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