第二十三話 九尾 季喬

 

「おー! これは凄い! 椿も見てみろ」
「……わぁー、凄いですね。辺り一面、黄金色こがねいろ!」
 
 モヤを抜けた先には見渡す限りすすき野原のはらおおくしていた。
 夕日に照らされた芒が黄金色に光り、風に揺れている。
 芒野原の中にポツンと九ノ峰山くのみねやまふもとにあった本殿ほんでんと似た物が建っている。
 ご丁寧な事に、二人のいる所からそこへと伸びる小道があった。

「あそこに向かえば良さそうだな」
「あの建物も立派ですね。さっきのモヤはここに来るためのものだったんですね。怖がって損しちゃいました」
「全くだ。おっと、そろそろ弓月ゆみづきと変わった方が良さそうだな」

 一日ぶりに二人の目の前に黒い人魂ひとだまがいた。
 体を伸ばすかのように、宙をふわりふわりと飛んで、蒼の胸元へと飛び込む。
 すぐさま、蒼の体は黒い炎に包まれ、消える頃には。

「一日ぶりに身体を借りたが、えらく久方ぶりに感じるのぅ。……少し身体にだるさもある。蒼よ、忍如しのびごときに手間取りすぎではないか?」

 身体から吐き出されるように出てきた青い人魂をてのひらの上でもてあそんだ。
 いきなり、人魂にされた事で戸惑とまどい、掌の上でされるがままになった蒼だが、すぐに弓月の左肩に居座った。

「おはようございます、弓月さん」
「うむ、椿もご苦労であったな。蒼の中から見ておったが、よくこのボンクラと試練を乗り越えたな。怪我も治してくれたのも感謝じゃ」
「いえいえ、そんな」
「さ、出てきて早々だが、急ぐぞ。これ以上、季喬様ききょうさまを待たせてはいかぬ」
「は、はい!」
 
 弓月につられて、椿も歩き出した。
 周りを見回しながら歩く椿とは違って、弓月は季喬が居るであろう本殿へ視線を外さなかった。
 本殿の踏み石に、土足で上がらずに手前で草履を脱ぎ、腹元へと仕舞った。
 椿もそれに習って、本殿へと上がる。
 弓月はり足で歩き、麓の本殿ならば、御身代が置かれているであろう場所。
 薄い垂れ幕と座敷簾ざしきすだれが掛かり、落ちる影には九つの尾と狐耳が見えていた。
 その正面に正座し、椿も摺り足で弓月の右後ろにて正座した。
 弓月が大袈裟おおげさに手をついて、礼をするのを見た椿は慌てて同じ動作を取り、同時に礼をした。
 蒼も弓月の左肩で頭を下げるように傾いている。
 
「大社に着いてからちょうど一日程。やっとわらわの所まで来られたか。忍たちは凡庸ぼんような者ばかりだと言うのに、ちと時間がかかり過ぎやな、弓月?」
「申し訳ありません、季喬様。これからも精進していきまする」
「当然やな。でないと、死ぬのはこっちになってまう。そこんとこは肝にめいじとき」
「承りました」

 挨拶あいさつもなく、交わされる言葉は上下関係のはっきりした一方通行なものであった。
 それを聞いていた椿は固唾かたずを飲んだ。

「……さてと、かたくるしいのはこれくらいにして〜。おもてをあげよ」

 三人が頭を上げると、九つの尾の影。
 両端の尻尾の影が獣耳と尻尾のある人に変化するや、九尾の影が落ちている垂れ幕と簾を持ち上げた。
 そこに見えたのは、白い髪と白い狐耳、七つの白い尻尾を持つ九尾である。
 着崩した着物は芒野原を思わせるような黄色を基調として、緑色や白色の着物を着重ねている。
 幕と簾が垂れないようにした二人は、身を引くように季喬の尻尾へと姿を戻した。
 どこからどう見ても、九つの尾を持ち、伏見九ノ峰大社ふしみくのみねたいしゃたてまつられる。
 九尾の季喬にございます。

「久しいな、弓月。お主が待たせ過ぎるせいで妾は神に近き存在になってしもうたわ」
「驚きました。まさか、このようなことになっていようとは。しかし、季喬様なら無理からぬことでしょう。流石にございます」
「これでもちとばかし苦労はしたんよ? もっと驚いてくれても良いものを〜、つまらんわ」
「十二分に驚いております。あの大乱で妖怪の一角であった季喬様が人間から崇められる存在になっている。どのような人物が奉られているかを知る術など人間たちはありませんから。そこを突いての世隠れが巧妙こうみょうで素晴らしいと存じ上げます」
「よくもまぁ、そんなこと言いよるわ。妾がおがまれてない事をわかっておるくせに」
「少なからず、私は季喬様をあがめ奉っておりますとも」
「そりゃ、どうも。弓月は変わらずひねくれとる。そうは思わんか、鉄戒てっかい曾孫ひまごよ」
「ふぇっ! わ、私ですか!?」

 急に話を振られた椿は、自らを指差しながら狼狽うろたえた。
 まさか、話を振られると思っていなかったのだ。
 
「くくく、反応の面白い小娘やな。鉄戒によう似とる」
「季喬様、この者は椿と申します。私達の旅に同行しています」
「そうみたいやな。妖力と妖術はまだ良いが、戦えなさそうやけど、大丈夫かえ?」
「蒼の実力は季喬様もご覧になられた通りですが、方向音痴でありまして、白犬妖怪はっけんようかいに任せた村に一人で行けぬほどでございます。この椿を戦力ではなく、道案内として連れております」
「そうか。椿よ」
「は、はい!」

 姿勢は正していたが、さらに姿勢を正して返事をした。
 
「この者たちはな。生骸大乱せいがいのたいらん首謀者しゅぼうしゃであるぬえの族長、夜摩よまという者を討ち倒すために旅をしよる。妾が仕掛けた試練よりも過酷な旅になるのは明確。それでも、旅を共にするかえ?」

 鉄戒から、弓月からもざっくりとは聴いていたよりも明確に聞かされ少しうつむいてしまった椿だが。
 
「……試練だけで危ない思いをしましたし、蒼さんの足手纏あしでまといになっていることがわかりました」

 椿は季喬へと顔をあげ、視線をまっすぐに向けた。

「私は戦えないですが、それでも、私がやれる事をやって、守ってもらってる分、お二人を助けていきたいです」

 そう言い終わると季喬は嬉しそうに口元を隠した。
 
「左様か。鉄戒も同じような事を言っておったな」
「ひいじいが」
「『わしは武器を打つ事とこの力強さしか能はありませんが、打った刀と力強さが弓月様の力になるならどこでもお供致します』とな。大乱には参戦せなんだが、その形無かたなしは弓月の力として大いに役立っておった。椿、この者たちと旅をするからにはそれ程に役に立て、そして、妾の分をすずめの涙ほどに少しずつでも良い。力になり、いいな?」
「はい! わかりました!」
「ふふ、初々しくて良いな。良い仲間を見つけやないか」
「はい。下手をすれば、鉄戒よりも逸材いつざいかと」
「えぇっ! そんなことっ!」
「かもしれんな」

 弓月と季喬が笑う中、椿は手振り身振りで謙虚けんきょに振る舞った。
 蒼は小首をかしげるようにかたいた。

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