第二十九話 ちょっとした遊び

 

「早速、この身体の具合を確かめたいところじゃが……休む他ないの」

 眠る椿つばきを見た。
 さっきはうなされていたが、規則正しく寝息を立て、おだやかに眠っている。
 天明てんめいや他の者が危害を加えてこないと思うが、眠る椿を一人にさせるわけにはいかない。

「流石にあおの身体自体にも疲れが残っているようじゃな。季喬ききょう様の試練が昼過ぎから始まったからの。二日にかけての試練に疲れが出たか」

 慣れていない土地、そして、山中で。
 これまた慣れていない忍者相手に行われた試練。
 野宿もしていた。
 椿は知らないが、蒼は熟睡せずに気を張り巡らせていた。
 眼は瞑っていたが、常に風の流れを感じていたのだ。
 もしかすれば、寝ている最中にも試練が始まる可能性や野宿をする前に戦った十影とかげ九否くいなのような者が襲ってくるかも知れなかった。
 最も蒼本人は寝ていたと思っていたようだが、それは襲撃がなかったからだ。
 そうして、次の日には、にしきが口寄せの術で呼んだ錦鯉にしきごい緋代ひしろ、忍者たちの総元締めである伊竹いたけを相手取った。
 少しばかり整えられた山道に、試練では妖力を使った。
 顔には出さずとも蒼自身、疲れは感じていただろう。

「まぁ、今回は頑張った方ではないかの」

 ここには蒼が居なくとも、身体が覚えている。
 弓月が身体から蒼の記憶や経験を読み取れるように。
 蒼もまた、弓月が身体を使った記憶と経験を読み取れる。
 また身体に戻ってきた際に伝わる事だろう。
 出来れば、弓月自身も喜んでいて、尻尾を軽く振ってしまった事は伝わらないでほしいと願うが、きっと無駄だろう。

「さて……さっきからコソコソと何をしとる?」

 天明がしっかりと閉めたであろうふすまが少し開いていた。
 そこへ声を投げかけると、覗いている目の前に火の玉を灯した。
 すると、「びゃあ!」と声が聞こえ、慌てふためく音と共に何者かがどしゃりと地面に落ちる音がした。
 火の玉を消して、襖を開けてみると、縁側に白い尻尾と汚れた裸足だけが見えた。

「かかっ、我の火の玉に驚いて庭に落ちておるわ」

 弓月が笑うと、その落ちた人物が慌てて動いた。
 縁側の縁に手をかけて、鼻から上だけを覗かせた。
 白い狐耳きつねみみと白髪、黄色い眼が弓月を見ていた。

「落ちてないもん!」
「いや、どう見ても落ちておるではないか。我が気付いてないと思ったか、狐っころ」
「狐っころじゃない! 私は萃蓮すいれんって名前があるもん!!」
「そうかそうか、我は弓月じゃ。で? 菊左衛門はどうした。遊んでおったのではないか?」
「きくえもんが疲れちゃって、遊んでくれないの……」

 白い狐耳を垂れさせて、目も俯かせた。
 弓月が庭を見回すと、草が生い茂り、菊左衛門がいるかどうかもわからない有様だった。

「あやつは、その草むらにはおらんのか?」
「うん、疲れたから部屋に戻るって。お父様もどこかに出かけちゃってていないし」
「それで、われのぞき見てたのか」

 こくりと頷いたあと、俯いてしまった。
 元気なく垂れた狐耳だけしか見えなくなった。
 萃蓮がお父様と言ったのは天明のことであろう事は天明の言動からもわかるが、それよりも萃蓮の寂しがりようが気になってしまう。

「なんだか、いつもの巫女様と違うから遊んでくれるかな……って……」

 目尻を垂れ下げて、上目遣いで弓月を見てきた。
 うるんだ目が弓月を捉えて離さず、構って欲しそうにゆっくりと尻尾まで振っている。
 その愛らしさに思わず、口を開けて惚けていたが、我に帰ってコホンと一咳。

「我もちょうど暇していた所だ。相手してやろう」 

 胸の下で腕を組み、少しそっぽを向いて言った。
 弓月も軽く尻尾を揺らして、チラリと見ると縁側に手をついて立ち上がった萃蓮がいた。
 しかも、その顔は眩いばかりに目も口も開いて、嬉しさを爆発させていた。

「やったー!! じゃあ、何するっ!? 鬼ごっこ? それとも、かくれんぼ!?」

 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねる様はまた可愛らしく、尻尾もぶんぶんである。
 弓月もついついほうけて尻尾を振ってしまっていた。

「そうじゃな……我と萃蓮でしかできない遊びをするかの」
「なにそれっ!? 面白そう! やろ! 今すぐに!!」
「どれだけ遊びにえとるんじゃ」

 弓月からの遊びの提案があるとは思っていなかった萃蓮はそれはもう食いつきのいい事。
 縁側縁から前のめりになるようにして、弓月へと顔を近づけようと腕をつぱっていた。

「さ、ここに座れ」

 弓月は胡座をかいて、胡座あぐらの上に萃蓮をまねいた。
 
「いいの!?」
「そうした方が教えやすいし、遊びやすいからな」
「わかった!」
「その前に軽く土やらなんやら叩くんじゃぞ?」
「うん!」

 言われた通りに着物と袴についた土を叩き落としてから、軽く足の裏も叩いて縁側を上がった。
 そして、ちょこんと胡座の上へと座ると弓月の顔へ頭頂部を擦りつけた。

「やめんか」
「へへ、嬉しくって」
「全く、じゃれつく程仲良くなってもなかろう」
「遊んでくれる人は良い人だから、存分に甘えて良いってお父様が言ってたよ?」
「それは語弊ごへいのある教えじゃな。我から言っておかねば」

 首を傾げる萃蓮を見て、「それはさておき」と続けて。
 手のひらに火の玉を出してみせた。
 萃蓮は少し驚いて、狐耳をピンと立たせた。
 
「この火の玉を庭の草へとゆっくりと落としていく。この火の玉が庭の草を燃やせば、我の勝ち。萃蓮は火の玉が庭の草を燃やさないように全てを消し切れば勝ちじゃ」
「うんうん!」
「火の玉をどのように消しても良いが、萃蓮自身が消しに行くのはダメじゃ。火力は抑え、草しか燃えないようにあやつっておるが、火傷するやもしれんからな」
「じゃあ、どうやって、消せば良いの?」
「お主は妖術で何ができるんじゃ?」
「草を生やすことができるよ!」
「なら、操ることもできるじゃろ」
「んと……こんな感じ?」

 草木に絡みついていたつたを操ってみせた。
 庭のあらゆる所をうねうねと動いている。

「うむ。こっちの火の玉をもう少し小さくしてやろう。それならば、細い蔦でも消せるじゃろ。試しにあれを消してみろ」
「わかった!」

 蝋燭ろうそくの火のような火の玉がふよふよと庭の草へゆっくり落ちてゆく。
 蔦の射程内に入ると、萃蓮が蔦を操り、火の玉を叩いた。
 火の玉は見事に消した。

「やるではないか」
「これぐらい、なんてことないよ!」

 胡座の上で威張る萃蓮は嬉しげである。
 嬉しそうに鼻も鳴らしている。

「さ、どんどん出してやるから。庭の草を燃やされないようにしてみよ」

 縁側はもちろん、庭の草の上にも、三十個ほどの火の玉を生み出した。
 
「うん! 弓月に勝たせてあげないからね!」

 萃蓮も蔦を生やして、さらに多くの蔦を操ってみせる。
 蔦の近場にある火の玉を片っ端から消していった。
 目に見える限り五個は残っている。
 
「ほほう、それはどうかの〜」

 弓月はニヤリと口角を上げて、さらに五十個もの火の玉を生み出した。
 増えた火の玉の数に驚く萃蓮だったが、舌をぺろりと出した。

「そういえば、終わりじゃが。どちらかが参ったと言うか、妖力の限界が来れば引き分けで終わりじゃ。良いな?」
「良いよ! 弓月に参ったって言わせちゃうから!」
「そうかそうか、やってみればわかるわ」

 そこから黙々と弓月は火の玉をあちらこちらに生み出し続け。
 萃蓮は火の玉を蔦で叩き消し続けた。

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