第二十二話 折れた角の事情

 

 村までの道のりであお椿つばきの間で会話はなかった。
 村に着く頃には、空は星が見える程に暗くなっていた。
 村の中は静かで、村の人たちの寝息が聞こえてくるのではないかと思えるくらいである。
 その中、足音と荷台を引く音だけが響いていた。

「さて、村に着きましたな。我々は此奴こやつらをろうにぶち込んできます」
「わかった。俺たちはどうすればいい?」
鉄戒てっかい殿は父上の所でりますので、そちらに向かってください。事については伝えておりますからご安心を」
「わかった、ありがとう」
「お安い御用で」

 政晴まさはる軽鎧けいよろいの連中とぞく達を連れて、牢へと向かった。
 どこにあるかは知らないが、向かう先にあるのだろう。

「俺たちも行こう」

 椿に言ったつもりが、返事がない。
 蒼の独り言のように寂しく響いた。
 もしかすると背中で眠っているのかもしれない。
 肩に置いてある手は添えられているだけのように優しいものになっている。
 弓月ゆみづきならって、瓦屋根の多いであろう方向へと進んでいく。

「蒼さん。さっきの話、気になりますか?」
「うわっ! びっくりした起きてたのか」

 急に話しかけられ、蒼は身体を少し跳ねた。
 ついでに尻尾もピンと伸びた。

「別に寝てませんから」
「そうか……さっきの話は少し気になるが、別に話さなくても良い」
「え?」
「その話になった途端、様子が変だったし、口数も減った。椿にとってその話は辛い話なんだろ。そうなら、無理に話さなくてもいい」

 その言葉の後はまた返事がなかった。
 話さないことを決めたのだろう。
 また会話なく歩いていると椿が再び口を開いた。

「気味が悪くなかったですか?」
「何が?」
「その、怪我がすぐに治るのを聞いて……」
「それが本当なら凄いと思ったな。俺は実際に見てないからなんとも言えないが。別に気味が悪くないだろ」
「怪我をしたら、すぐに治るんですよ!? 気味が悪いに決まってますよ! そう子供の頃に言われたんです。友達だった子達からも気持ち悪いって言われて、石も投げられました。その時の石で私の角は折れちゃって、そこだけはずっと治らなくて」

 椿の声は寝静まっている村に響いた。
 肩に置かれた握り拳は震えている。
 足も震えているのだからきっと身体も震えているのだろう。

「だから、私はこの村を出て、ひいじぃの所で暮らす事にしたんです。両親もそれを許してくれました。最初は団子を作らずにひいじぃのお手伝いをして、日々を過ごして行きました。次第にひいじぃのお客さんと仲良くなって、手作りのお団子を出すと喜んで食べてくれて。喜んでもらえたのが嬉しくて、いっぱい練習して、茶屋を開いて。時々、嫌なお客さんも居ましたが、それでも、続けてやってたんです。そして、今日です……ひいじぃの鍛治場も私の茶屋も無くなっちゃいました。私の唯一の居場所が無くなったんです」

 蒼の背中にぽたぽたと何かが落ちてきている物はきっと、着物に染み込んでいく事だろう。
 蒼は足を止めた。
 今日なくなってしまった事で、過去の出来事と向き合わなくてはいけなくなった。
 これからどうすれば……と言う相談だろうか。
 だが、今日会っただけの赤の他人に等しい蒼からすれば、相談相手にしては力不足に思える。
 椿の事はそんなに知らない。
 良い返事なんててんで見つかりもしない。
 ただ、受けた恩のお返しくらいは……と蒼は口を開いた。

「また居場所を作ればいいじゃないか。茶屋を開くのも良い、怪我を治す力で医者にでもなれば良い。両親の仕事の手伝いをするのもいいだろう。鉄戒と一緒に山で茶屋をしていた椿ならできるさ」
「そんなのできませんよ……」

 泣き止まず、新たに背中が濡れていく。
 どうもはげますには足りないらしい。

「そうか。椿の話を聞いたから次は俺の話を聞いてくれ。実は故郷で一番弱かったんだ」
「え?」
「だから、いっぱい修業しゅぎょうした。故郷のみんなは強くてさ。修業と称した決闘も毎回負け続きで、修業しても強くなれなくて、嫌で仕方なかった。でも、そんな言い訳は通用しなかった。姉ちゃんに泣かされながら修業をさせられたんだ。そんなある日、たまたま修業から逃げ出せる時があった。今思えば、あの時は不気味なくらい幸運だった。団子の盗み食いしてもバレなかったし、昼寝をしてても誰にも会わなかった。気持ちよく昼寝してるとその夢の中で弓月と話をしたんだ」
「……」

 蒼の話を聴き始めたのか。
 椿の涙は少しずつ背中へ落ちてこなくなっていた。

「その時に俺は修業なんてもう嫌だって、弓月に言ったな。故郷のみんなには負けるし、修業しても強くなれている気もしない。やっても無駄だってさ。そしたら、なんて言われたと思う?」
「わかりません」
「一日やるから、やりたい事を考えてみろって言われたんだ」
「やりたい事……」

「ああ。それまで修業ばかりの俺にいきなり、やりたい事を探せって言われてもそんなのわかりやしなかった。けど、考えてると、弓月の事が気になり始めたんだ。なんでそんな事を言ってきたんだろうって。最初はそんな事を考え出して、じゃあまず、弓月は何をして、魂だけの存在になったんだろうってさ。みんなに聞いていくうちにわかる事もあったけど、わからない事もあった。だから、最後には最年長の族長にも聞きにいったな」

「それで何かわかったんですか?」

「いや、これといってわかった事はなかった。族長からは、『今の弓月様が居ることが全てよ。知りたかったら修業して旅に出なさい。そしたら、知りたい事もわかるし、弓月様の事も知ることができる』って言われた。結局の所、俺は修業をして、弓月と旅に出るように仕向けられてたけど、自分でもそれでいいかと思ったんだ。そうすると、修業にも力が入って、どんどん強くなる事ができた。百年くらい修業してやっと旅に出ていいって言われた時は嬉しかったな。ただ、故郷で一番強いであろう姉ちゃんには敵わなかったけど、こうして旅に出られて、今日は弓月の事を色々と知れて嬉しかった」

「そうですか……」

 空を見上げながら語る蒼とその背中で俯く椿。
 そんな正反対な感情を体現する二人である。
 その時、蒼は狼耳をピクリと動かした。

「そうだ! 椿も一緒に旅に出るか?」

 そして、軽く大きな提案をしたのである。

「え!?」

「話聞いた感じだと、この村に居にくそうだしさ。居場所が無いなら探してみるのも良いと思うんだよな。俺としても、怪我したら治してくれる椿がいると心強いし、それに俺は方向音痴だろ。次に行く目的地に辿り着ける自信がないんだよな。そこんとこも椿がいれば、なんとかなりそうな気がするんだ。どうだろ?」

 いい事思いついたと嬉々として、尻尾を振りながらはしゃぐ蒼に椿は面食らってしまう。

「ど、どうだろって、急に言われても……」

「それもそうか……なら、ちょっと考えてみてくれよ。大抵たいていの奴には負けない自信がある。椿は俺が守るからさ」

 蒼は歯が浮くような事をサラリと言いのける。
 椿はその言葉に熱くなっていく顔を深く俯かせて、蒼に見られないようにした。

「わ、わかりました」
「よし、約束だ。でもって、政元の家にはどうやっていけばいいんだ?」
「え、えぇ?」

 蒼が立ち止まったのは椿との話に集中するためであった。
 だが、同時に村長である政元の家がわからなくなったのも含まれていた。
 椿が顔を上げると、政晴と別れた場所にいる。
 おかしな事だと思うだろう。
 どうすれば、最初の進行方向と逆方向へ足先が向くのだろう。
 それは歩いていた蒼にもわからないのだから、誰にも理解できない不可思議ふかしぎな出来事である。

「な、なんで、村を出ようとしてるんですか?」
「俺が聞きたいくらいだ」
「と、とりあえず、後ろを向いてください」
「よし、後ろだな」
「それ、右向きましたよね?」
「あれ?」

 このあと、椿は背中から蒼に指示を出しながら、なんとか政元の家に辿り着いた。
 そして、二人は別々の部屋へと案内され、ゆっくりと夜を過ごした。

・ーー・ーー・

 椿はお風呂を頂いた後、もう寝ている鉄戒の怪我を治してからとこについた。

「旅……か。どうしよう」

 そんなつぶやきは見慣れていない天井へと投げかけられた。

『椿は俺が守るからさ』

「ひゃっ!」

 何故かその言葉が頭をよぎり、一気に顔が赤くなり、頭まで布団を被った。
 しばらく、布団の中でじたばたと手足を動かした。
 照れ隠しなのだろう。
 首を振ってから、布団から頭を出した。
 まだ顔の火照りが取れないでいた。

「むっ〜、でも……」

 蒼の言う通り。
 一緒に旅に出て、新しい居場所を探すのも良いかもしれない。
 この村に良い思い出がなく、この村以外を知らない椿にとって、魅力的みりょくてきな提案であった。
 だが、それを鉄戒や両親は許してくれるだろうか。
 そんな事を考えているうちにまぶたは自然と落ちてきて、思考も微睡まどろみの中へと落ちていくのであった。

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