第二十五話 家族、水入る?

 

 獄舎ごくしゃから政元まさもとの家へ帰ってきた弓月ゆみづき踏石ふみいしの上を見た。
 そこには出て行く前にはなかった一組の草履ぞうりが増えていた。

「む、この草履は……」

 弓月も草履を脱ぐとそのまま、鉄戒てっかい椿つばきの部屋へと足を伸ばした。

「戻ったぞ。二人とも」

 ふすまを開けると、鉄戒と椿はもちろんのこと、二人と対面する形で男が座っていた。
 男は椿と同じく、赤い髪とおでこに一角のある鬼と見受けられた。
 鉄戒のように筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの大男ではないが、体格はしっかりとしているように見える。
 正座の上には紫色のスミレの花があしらわれたかんざしが置かれている。

「どうやら、行く手間が省けたようじゃな」
「弓月様、こちらはわしの孫であり、椿の父親である鉄慈てつじにございます」

 鉄戒がその鉄慈に手を向けた。
 鉄慈も弓月へと向きを変えて、お辞儀じぎをした。

「左様か。して、その簪は椿の母親の形見といったところか」

 弓月は部屋へ入り、椿の横で胡座をかいた。
 弓月以外の三人が簪へと視線を向けた。
 小柄で童顔であるものの椿は六十一歳でしかも半妖である。
 片方は妖怪か、半妖としても、もう片方は人間であろう。
 父親の鉄慈は鬼か、鬼の半妖となれば、自ずと母親は人間であることがわかる。
 そして、人間は妖怪とは違い寿命が短い。
 生きて五十と数歳すうとし、長くて六十と数歳。
 弓月であれば容易に勘付けた。

「形見とはいえ、両親が来たのは鉄戒と椿の身を案じてのことであろう。我らがここに同席させてもらう事を許せ」

 弓月の左肩に青い人魂が揺れた。
 その人魂を見て、鉄慈は顔を少ししかめた。

「我ら、ですか? ……であれば、そちらが……」
「そうじゃ。この様子じゃと二人から話を聞いておるのか?」
「はい。なんでも、椿を旅に誘ったと聞いております」

 次に鉄慈は静かに弓月を軽くにらみつけた。

「事の発端は我ではないが、話が早くて助かる。椿からはなんと?」

 弓月はその睨んでくる眼を見るでなく、目を閉じて言った。
 鉄慈はその言葉を受けて、顔を軽く伏せた。
 その先にはスミレの簪がある。

「旅に出てみたい、と」
「そうか。ならば、決まりじゃな。椿よ、今からと明日やるから身支度をせよ」

 すっくと立ち上がった弓月は話は終わりだと言うように部屋を出ていこうとするが、そう簡単には問屋は下りなかった。

「ま、待ってください。椿がそう言ったからと言って、父親である俺が許した訳では! それに、仮に御祖父上の君主であった貴方であろうとも関係ない! 私からすれば他人ですし、信用できない! 旅先で椿にもしものことでもあれば、どうするおつもりですか!?」

 弓月に触れはしないにしても、手を伸ばしながら、鉄慈は立ち上がった。
 鉄戒や椿の前でどう話を聞いていたのかはわからないが、この話をけしかけた相手が現れた事で胸の内で引っ掛かっていた想いがあふれたように思えた。
 その証拠に鉄戒は渋い顔をして、椿は申し訳なさそうに俯いた。

「そんな事、知った事では……ん? お、おい! 蒼よ、どういうつもりじゃっ!」

 ため息混じりに振り向いた弓月に、蒼は正面にふわりと浮かんだ。
 そして、自らの意思で弓月の胸元へと潜り込んでいった。
 すると、弓月の身の回りは煙玉でも爆ぜたように煙に包まれた。
 しばらく、弓月の姿が見えなくなったが、少しずつその煙が部屋へ拡散していき、消えていくとそこに弓月の姿は黒い人魂へとなっていた。

「む、これはどういう……? あ、蒼殿!?」
「蒼さん!?」

 黒い人魂である弓月を置いて、身体を奪った蒼は正座で座り、畳に手をつけていた。
 土下座というには浅いが、いきなりのことに二人は驚いた。
 鉄慈も驚き、目を見開いていた。

「椿を旅に誘ったのは俺だ。弓月にばかり話をさせる訳にはいかない」
「君が蒼くんか……私の娘を旅に誘ったのは」

 鉄慈の声を受けて、蒼は頭をあげた。

「君は椿にもしもの時があった時、守ってくれるんだな?」
「もちろんだ。椿にも「俺が守る」って言った」
「その言葉に二言ないだろうな?」
「あぁ、なんなら命に代えても守ってみせる。これはアンタとの約束だ」

 そう言った蒼に弓月は近づいて、頬へとぶつかり、ぐりぐりと食い込むように擦り寄った。
 それをされてもなお、青みがかった黒い眼は鉄慈の目を一切逸らすことなく、見続けた。

「わ、私からもお願いします! 決して、危ないことはしないし、自分から命を捨てるような事はしないから! 旅に行かせてください! お願いします!」
「椿……」

 頭を下げる我が子を見て、鉄慈はまた軽く俯いた。
 すると、急に顔を顰めた。
 握りしめた手の中にあった簪の飾りが手に食い込んだのだ。
 右手で開いてみると、血は出ないにしても、痛んだであろう所がつねられたように赤みを帯びていた。
 それを見てから再び、真っ直ぐに見てくる蒼と頭を下げ続ける椿を見た。
 二人はどうも折れる様子は無さそうで。
 また鉄慈はスミレの簪へと視線を戻して、優しく手で包んだ。

「……わかりました。ですが、御祖父上から聞いたところ、貴方方には使命があると聞いております。死なない程度に椿を守ってください。死ななければ、この子の力で治せますから。腕のニ本、足のニ本くらいすぐに治りますから切られても死なないという気合でもって生きてください」
「……わかった」

 鉄慈からの言葉を聴いている間も蒼の目線は鉄慈から離れることなく、言葉と共にしかと受け止めていた。

「椿。出来れば、お前を危ないところへは行かせたくない。ただ、蒼くんもこうまで言ってくれたんだ。旅に出なさい」

 鉄慈は頭を上げた椿に膝立ちで歩み寄ると、優しく椿の肩に手を添えた。

「お父さん……」
「あと、これを持っていなさい」

 鉄慈から差し出されたのは、さっきまで肩見放さず持っていたスミレの[[rb:簪 > かんざし]]だった。

「……お母さんの形見なのに、いいの?」
すみれが生きていたら、きっと渡したはずだ。お守りとしてね……それに今なら菫も助けてくれるかもしれない。必ず元気な椿と一緒に帰ってきておくれ」
「うん……わかった、ありがと、お父さん。お母さんも……」

 椿は菫の簪を胸に抱えて、涙ぐんだ。

「はぁ、約束した以上はこのバカになんとかしてもらうとして……椿は今日と明日やるから準備してくれ。明後日にはここを立つからな」

 そんな涙ぐむ場面を他所よそに、弓月は蒼と入れ替わった。
 弓月は人魂の蒼を捕まえて、両ほっぺをつねるように蒼のことを引っ張った。
 蒼も痛がっているように震えている。

「わ、わかりました!」
「そうと決まれば、今日から椿が旅に出た後もしばらくは仕事を休みにしよう! 娘の門出だ! 準備をせねば! では、行くぞ、椿!」
「え、ま、待ってお父さーん!!」

 鉄慈は椿の手を掴むとあれよあれよと連れ出していった。
 廊下からどたどたと鳴る足音が一拍おいて、家を駆け出していく足音へと変わっていった。

「若い頃のお前にそっくりではないか、鉄戒」
「わ、儂にあんな頃はありませんぞっ」
「何を言う嫁をもらった時は里を連れ回して」
「わ、儂も椿の準備を手伝って参りますので、失礼致します! あ、あと、政元殿に礼も言わねば!」

 そういうと慌てながら家の中をどたどたと足音が響く。
 鉄戒の大声が響いたと思うと、再びどたどたと足音が鳴り、外へと駆け出した足音が遠くなっていった。

「やれやれ、血は争えんな。とりあえず、一件落着じゃの。今日は我らも政元に旅に出る事を伝えらとしよう」

 三人が出て行ったあと、弓月も政元の所へと行き、旅の支度を頼むのであった。

 

 ← 前のページ蓮木ましろの書庫 次のページ → 

 

蓮木ましろのオススメ本



コメント

タイトルとURLをコピーしました