「全く、相変わらず掴みどころのない方じゃ」
そう文句を言う弓月の顔は、綻んでいた。
三百年程前に仕えていた相手である季喬が姿は少し変わろうとも、性格や言動に変わりはなく生きていた事。
それが嬉しかったのだろう。
椿も弓月のその振る舞いを見て、微笑んでいた。
「なんだか、不思議な方でした。全部お見通しって言われてるような。ほんとなら居心地が悪い気がするんですけど、それが嫌じゃなくて……むしろ、分かってくれてる安心感を感じて」
「あの方は千里眼という妖術も使える。一度見知った人、妖怪をいつでも見る事ができる。我の事はもちろん、試練中の蒼と椿の事も見ておられたに違いない。実際、見られていたからこそそう感じたのかもしれぬ」
「え? でも、私と蒼さんはさっき初めてお会いになったはずですが」
「もう会っておったよ。麓の大社でな」
「……一尾さんにですよね? え、まさか」
「まぁ、相手が変化しているかどうかはこれからわかるようになっていくしかないの。さ、今度は一人でも入れるか?」
「あ、えっと、頑張ってみます!」
「うむ、我の後に続いて来ればよい」
モヤへと入っていく弓月の後をついて、椿もモヤへと入っていく。
目は閉じて、手も胸元の前で握り締め、ぎゅっと怖さに身構える椿は一人でなんとかモヤを通り抜けた。
目を開けるとそこは、山の中ではなく。
「ここは……」
「どうやら、季喬様が出る場所を変えてくれたようじゃな。山を下る手間が省けた」
麓の大社、伏見九ノ峰大社に入る最初の大きな鳥居の前に出てきていた。
「それになんだか、時間も経ってないような」
「……あの場所はここよりも時間が遅いのかもしれんな。どういう理屈かはわからんが」
モヤに入る前と出てきた今では日の傾きに変化はなかったように思えた。
それは弓月も感じていたのか、ぼんやりと九ノ峰山を眺めていた。
「そういうものですか?」
「そういうことにしておくほうが良い事もある。さ、我らは先を急ぐぞ」
弓月が先に平穏京へと歩み出し、椿もついて行く。
「は、はい。でも、良かったんですか?」
「ん? なにがじゃ」
「蒼さんを季喬、えっと……」
「好きに呼べば良いと思うぞ。我はあの方を様付けで呼んでおるが、椿にそれを強要するつもりはないしの」
「じゃあ、えと……季喬さんに蒼さんを預けてしまって」
「問題ない。あの方に考えあっての行動じゃ。我らをこのような姿にするくらいじゃ。蒼にも何か仕込むつもりなんじゃろう。でなけれな、今回の一件。我らだけでは解決できんかもしれんからな」
「弓月さんでも、ですか」
「そうじゃ。得体の知れない奴が居ってな。それをどう仕留めたら良いのやら見当がつかん」
「そうなんですね……え、それって不味くないですか。頼まれたのにどうすれば良いか判らないって」
「だから、先を急ぐんじゃ。早く相手が何者か、知らねばならん……歩いて戻るのも面倒じゃな。椿、すまんがおぶられろ」
「へ、もしかして、またぁああぁぁ〜!!!」
歩きながら話していた二人だが、焦れた弓月が椿をおぶって走り出した。
またしても、荷物のように扱われる椿だったが、蒼の時よりも予想ができた分、精神的な苦痛は浅くすんだ。
椿が殴り倒した木を通り過ぎ、あっという間に平穏京の門近くまで着いた。
「おやおや、そんなに急がずとも宜しかったのに御早い事で」
狐面の男は初めて会った場所で二人が来るのを待っていた。
「なに、策略を考えるのは早いに越した事はない。それにお主と季喬様が繋がっておるのも気になってな」
「ききょうさま? 一体それは誰の事でしょうか? 僕の知り合いにそんな方はいないな〜」
「ほざけ! お前、最初から」
狐面の男は、口元で人差し指を立てた。
「さ、そんなことよりも僕の屋敷へとご案内致しましょう。詳しい話はそこで宜しくお願い致します、大社の巫女様方」
そう促された弓月は渋々、目を回している椿をおぶったままに狐面の後をついていくことにした。
平穏京の塀。
先にも説明はあったが、高さは成人男性二人分程で低く感じる。
もし、塀を越えての不法侵入をしようものなら仕掛けられている結界によって跡形もなく消されるだろう。
とされているが、誰もその塀を越えなかったので真相は誰も知らない。
人知らぬところでそうなっていたとしても、跡形もないので知りようもない。
「なので、乗り越えようとしないでくださいね」
「する訳なかろう」
「あ、この方々は大社の巫女様なので通してもらえますか?」
「どうぞ、お通りになってくださいませ。今年も宜しく……そちらの方はどうなされたので?」
「少し貧血を起こしておられまして、仕方なくおぶってらっしゃるんですよ」
椿は弓月におぶられたままにぐったりと身を預けていた。
試練の疲れが出たと思った弓月は起こす事なく、おぶったままにしていた。
狐面の男はそれを知ってか知らずか、当然のように嘘をついたのは言うまでもない。
「それは珍しい。大社の巫女様にもそんなことがあるのですね」
「人にもそういう方が居るように巫女様の中にもこういう方がいらっしゃるのです。僕の屋敷で休んで頂きますので心配いりませんよ」
「そうですか、ここでお引き止めするべきではありませんね。天明殿の屋敷で御療養してくださいませ」
そう言って、門番は三人を平穏京へと入れてくれた。
中に入れば、大きな通りがずっと先まで続いた先に立派な建物が建っていた。
大きな通りの側にある家々は同じような敷地を木の柵に囲われている。
筋を通り過ぎると左右ともに等間隔に家が建てられていた。
「どうですか? 碁盤の目とも呼ばれる平穏京の家並みは〜?」
嬉々として狐面の男が平穏京の中を説明してきたのだが、弓月はと言うと。
「お前、天明と言うのか?」
そんな事はどうでもいいとわざわざ口出す事なく、話を変えた。
それを察して、狐面の男は少し残念そうにしながらため息をついたのだった。
「そうですよ。位は低いですが、この京で知らぬ者はいない程だったりします。弓月様もお名前くらいは聞き及んでおりませんか?」
「いや、知らんな。我らが本州に上がったのは一週間ほど前じゃからな」
「それは失礼しました。そんな短い期間で僕の事を知っている方が恐ろしいですよ。今すぐ名乗りたいところですが、ここで名乗るのも風情がありません。それに身を隠すためにしているこの面の意味も無くなります」
「だから、そんな面をしておるのか。紛らわしいからやめろ」
「いやいや、紛らわしい事はありませんよ。分かる方には分かりやすい目印でございます。弓月様にはもちろん、あの方に御用のある方には僕ほど、適任はおりません」
「……確かにあの稲荷寿司には助けられた。むしろ、なくては話になっていなかった」
「でしょうとも。弓月様の妖気はあの方から教え込まされましたからね。もし、本州で感じ取った際には準備をしておくようにと。いやはや、どんぴしゃり。あの方の思う通りに会わせられました。これで僕の使命を一つ叶えられましたよ」
「一つか……他にもあるんじゃな」
「ええ、どれも僕一人では叶えられません。だからこそ、お力添えしますし、お力添え頂けると幸いでございます。さ、着きましたよ! 僕の屋敷にようこそ、大社の巫女様方」
話すがら天明について行くと立ち止まり、手を広げて差した。
その先には草木の生い茂っているせいで屋敷など見えなかった。

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