第二十六話 旅支度と旅立ち

 

 鉄慈てつじから椿つばきを旅に連れていくゆるしをもらった次の日、あお春芽はるめ夏葉なつはに連れられ、村の市場で旅に必要なものを買いに出ていた。

「あおさん、これなんてどうでしょう?」
「あお! これなんてどう!?」

「えっと、とりあえず、二人とも落ち着いてくれ」

 春芽は三度笠さんどがさを、夏葉は縞合羽しまがっぱを。
 二人が蒼へと持っていき、品定めをさせていた。
 というよりも村での買い物自体が二人にとって珍しいことのようではしゃいでいる。
 二人して、目をキラキラと輝かせながら尻尾を大きく振って、蒼の買い物を手伝っている。
 椿に預けていた三度笠と縞合羽は、茶屋と共に焼失しょうしつしただろうという事で買いに出てきたのだ。

「確かに悪くないんだが」

 二人から差し出された三度笠と縞合羽を受け取る。
 質が悪いとかそういう事ではなく、編み込まれ方が違うからなのか。
 蒼には、何か違う物のように感じでいた。
 身につけていた三度笠と縞合羽は故郷で作られた物だった。
 身につけて間もなかったが、すでに愛着を持っていた。
 三度笠や縞合羽に種類があるが、故郷で作られたそれらに並ぶものはないはずである。

「これじゃ、だめですか?」
「だめ?」

 二人からのつぶらな瞳が蒼に向けられた。
 二人からすれば、旅のお供として持っていって欲しいのだろう。
 春芽が持ってきた三度笠は耳の出る穴はあるにしても、傘の深さが浅く、蒼の好みには少しズレている。
 夏葉が持ってきた縞合羽もたけが短い。
 羽織ると丈が足りずに袴が見えている。

「ちょっと違うな……でも、わかった。俺の言ったのに近いのを持ってきてくれたら、それを買う。で、それを身につけて旅に出る。それでいいか?」

「はい!」
「うん!」

 そのあと、春芽は三度笠を、夏葉は縞合羽を蒼の好みに近いものを持ってきたのでそれを買い、店を後にした。
 政元まさもとの家に帰ってきた春芽と夏葉は家にあるものを集めて、蒼の荷造りを続けた。
 その日はまだ人魂として出てきていなかった弓月が出てきた。
 そして、交代したがっていたので蒼は身体を交代した。

「どうせ暇じゃから、これの使い方を教えてやろう」

 帰ってきたそのままの足で門から玄関の間までの庭。
 弓月は腰元にぶら下がっていたものを手に取った。
 白蘭びゃくらんから受け取った形無かたなしが握られている。
 蒼はその形無の周りをふよふよと飛び回った。
 蒼自身もこの使い方を気にしていたようで興味津々である。

「見ておれよ」

 形無を見つめて、しばらくすると、一瞬ぐちゃりと動いたと思うや否や、ただの鉄の棒だった形無が一気にかたなへと形を変えた。
 蒼もそれに驚いたのか、その周りを更にぐるぐると回った。

「これだけではないぞ」

 刀になっている形無が、長巻ながまきになり、薙刀なぎなたになり、やりになった。 終いには弓懸ゆがけと弓、一本の矢へと変わった。

「こうやって、自分が思う形になってくれるのじゃ。なかなかに便利であろう。……なんじゃ、人の顔をまじまじと眺めよって」

 愛刀あいとうを自慢する弓月は珍しく嬉しそうにしているのを見て、蒼も少しはしゃいだ。
 その様子に弓月は少し疑問を持ったが、形無をただの鉄の棒に戻した。

「まぁ、良い。形無を握って、なって欲しい形を想像すれば、そうなってくれる。身体を戻してやるから色々と試してみると良い」

 その後、弓月と身体を交代した蒼は一人で「形無」を握って「刀」を思い浮かべる。
 形無はぐにゃりぐにゃりと形を変えて刀の形になった。

「うわ、ほんとに変わった! 面白いけど、変な武器だな」

 新しいおもちゃをもらった子供のように色んな武器にコロコロと変えていった。
 何周か変え続けた後に、その武器を実際に使ってみたりした。

「そういえば、あれはいったいなんだったんだ?」

 力地りきじとの戦いで右足に石の矢を受けそうになった時、守られた事を思い出していた。
 あの時に見えたものがどこか形無に似ているように思えた。
 こうして形が変えられるのであれば、もしかすると守ってくれたのは形無なのかもしれない。
 それか、蒼が右足へと意識が向かったときに守りたいという無意識が形無に伝わったのか。

「うーん……まぁ、いいか。またそのうちわかるだろ」

 気を取り直して、そのあとも武器を繰り返して遊んでいた。
 春芽に昼飯を持ってきたと声をかけられた事で蒼は形無を試すのを中断した。
 昼飯を食べた後、飽きもせずに夕飯まで試し続けたのであった。

ーーーーーー

 夜の暗い部屋の中で政元は蝋燭ろうそくの光を頼りに村の雑務ざつむしたためていた。
 そこに襖を開けて、入ってくる影があった。

「夜分遅くに悪いのう、政元よ」
「おや、弓月様。こんな時間に何かございましたか?」

 弓月は部屋に入り、壁際に座り、壁に背を預けた。

「何、なんて事はない。きょうまでの地図を書いて欲しいんじゃ」
「行き先は変わらずですね……わかりました。書いておきますので旅に出る前に蒼くんに渡します」
「頼んだぞ……して、先代の政則まさのりは達者であったか?」
「父上は、良くやってくれていました。この村がこれだけ長閑のどかなのは父上のおかげでありましょう。この私も父上から沢山のことを学ばせて頂き、弓月様にまつわる昔の話も良く話してくださいました。それはもう力説でした。耳にたこができても何度も何度も……涙ながらに嬉しそうに悲しそうに」
「そうか、それを聞けてよかった。奴には苦労をかけてしまったの」
滅相めっそうもありません! 父上は大変な中でも幸せそうに尽力しておりました。弓月様からお預かりした土地を守り栄えさせるといつも言っておいででした」
「彼奴らしいのぅ。政元よ、引き続きこの土地はお主ら白犬妖怪はっけんようかいに任せる。良く務めてくれ」
「御意」

 弓月は立ち上がって、襖に手をかけたが、開けようとした手を止めた。
 そこで伝えていない事を思い出した。

「そうじゃ、忘れるところじゃった。旅支度、感謝じゃ」
「有り難きお言葉です。父上が受けた恩義に比べれば、些細ささいなもの。また何かございましたらお伝えください」
「すまぬが、鉄慈てつじと他の賊達の事を宜しく頼む。死なない程度にこきつかってやってくれ」
「御意。とはいえ、家の工面以外は政晴に任せてありますが、私も気にかけておきます故、ご心配なきよう」
「うむ、頼んだぞ」

 部屋を出ていく弓月に政元は頭を下げていた。

・ーー・ーー・

 そして、村を立つ日がきた。
 政元の家で朝食を食べた蒼は、政元と春芽と夏葉と共に村の出口に向かった。
 最初は春芽と夏葉が蒼の旅荷を持っていたが、重そうだったので蒼が荷物を持つようにした。
 左腰に形無、右腰に小さな荷袋、右腰の後側に瓢箪ひょうたんをぶら下げ、ほかの荷物がくるまった風呂敷を首元で縛り、片手で支えている。
 出口に着くと、そこには椿と鉄戒と鉄慈がいた。

「では、行って参ります。お父さん」
「あぁ、気をつけて行くんだぞ」
「椿よぉ! 達者にするんだぞぉ!」
「ひいじぃ、大丈夫だよ、気をつけるからね。あ、蒼さん!」
「しっかりと、旅の準備してきたんだな」
「はい! もちろんです! お父さんもいっぱい準備してくれました」

 椿の手には三度笠と竹で作られた杖、着物を着ているが裾除すそよけをしており、足の両脛りょうすねには脚絆きゃはんが身に付けられている。
 長い旅になることを考えて、身に付けたのだろう。
 蒼と同じように風呂敷を首元に縛り、片手で支えていた。
 その風呂敷の膨らみは蒼よりも倍はある。
 軽々と持てているのは椿が鬼の半妖だからだろう。

「蒼くん、椿の事を守るんだよ?」
「わかってる、任せてくれ」

 鉄慈が近づいてきて、蒼の目を真っ直ぐに見てきてそう言ったので、蒼もそのまま真っ直ぐに鉄慈の目を見て返した。

「鉄慈殿、蒼くんならきっと大丈夫ですよ。蒼くんも肩肘張らずに気をつけて」

 二人の間のせいで雰囲気が怪しくなりそうなところを政元が割り込んで、注意を逸らす形になった。

「政元、旅の荷造りをしてくれてありがとう」
「これくらいなんて事ありませんよ。蒼くん、最後にこれを」

 政元のふところから折り畳まれた紙切れが出てきた。
 その紙切れを開くと村の位置から東北東の方角へうねりながら次の目的地である京へと繋がっている。

「……この通りに行けば、京に行けるのか?」
「はい。ただ、蒼くんは方向音痴と聞いていますので椿さんに渡してください。きっと、わかると思います」
「わかった、ありがとう」
「くれぐれもお気を付けて。弓月様も御武運を」

 右肩の弓月も縦に揺れて頷いているようだった。

「じゃあ、また帰ってくる」

「はるめたちもまっております」
「あお! きをつけてね!」

「三度笠と縞合羽、大事にするからな」

 蒼が春芽と夏葉に言うと嬉しそうにきゃっきゃっと喜んでいる。
 蒼の頭には春芽が選んだ三度笠が被っている。
 肩には夏葉が選んだ縞合羽が垂れ下がっている。
 蒼は二人が選んでくれたものを嬉しそうに身につけていた。

「蒼殿、弓月様と椿を任せましたぞっ!」
「椿の事、しっかりと守ってくださいね!」

「ああ、任せてくれ」

 蒼は鉄戒と鉄慈に向かって力強く頷いた。
 そう頷いた蒼を椿は見ていた。
 それに気づいて、蒼は椿を見た。
 椿は目があって、それをらして躊躇ためらいながら上目遣いで。

「これからお願いします、蒼さん」
「ああ、俺からも頼む。しっかり守るから安心してくれ」
「はっ、はい!」

 蒼と椿は五人に手を振りながら村を後にした。
 この先、三人に何が待っているのか、分からない。
 蒼と弓月は椿を仲間にして、旅路をとった。
 何が起こるかはわからないが、新たな門出かどでである事に変わりなかった。

「そういえば、次はどこへ行くんですか?」
「ん? あ、そうだ! 次はどこに行くか見てくれ」

 蒼は政元から預かった紙切れを懐から出すと、椿に渡した。

「えっと、村を東北東へ……え! 京に登るんですか?」
「え、登るって事は京ってところは山なのか?」
「そう言う意味じゃないです〜! あー、どうしよ、もっと派手な物を見繕って貰えばよかったかな〜」
「なんだいったい?」

 あーだこーだと慌てる椿に蒼は首をかしげた。
 弓月はそんな二人を見て、やれやれと横に揺れた。
 三人が次に向かうのはこの国のまつりごとになう場所であり、平穏貴族へいおんきぞくたちが住まう平穏京へいおんきょうである事を蒼は知る由もなかったのでした。

 

 黒狼記 壱  妖怪の先祖と旅をするそうです      完

あとがきのようなもの

 お初にお目にかかります。
 蓮木はすき ましろと申します(と言っても文章ですが(笑))
 この度、『黒狼記 〜妖怪の先祖と旅をするそうです〜』を書き上げることができたので節目として、あとがきみたいなものをweb小説でしてみようと思い、書きました。
 『黒狼記』シリーズの第一章を読んで頂きまして、ありがとうございます!
 本編のみならず、このあとがきも読んでいる方にはさらに感謝申し上げます。
 ありがとうございます!
 誤字脱字があった拙い文章ではありましたが、蒼くん達の物語を書けたのも読んでくださる皆さんが居たおかげでございます。
 最初こそ、軽いノリで書き始め、僕の力量不足で苦しい場面もありましたが、なんとか書き上げられました。
 書き足したところ、ルビ(漢字のふりがな)が多いところや話の中に出てくるちょっとしたズレを直しましたので、「あれ? こんな内容あったっけ?」と思われる箇所があったと思いますが、寛大なお心で許してやってください。
 すみません(汗)
 拙いなりに書き上げれた経験から得られるものはたくさんあるので、今の自分で拾い上げられるものは全部拾い上げてものにしようと考えています。
 これからの作品のためにも活かしていきたいですし、お寿司。
 より面白い作品を描けるかどうか不安はありますが、いっぱい書いていっぱい読んで、いつも勉強の気持ちを忘れずやっていきます。
 この作品、『黒狼記』シリーズの続編ですが、正直に申し上げますと、まだアイデアを練っている状態で書けないというのが現状です。

 なので!
 違うシリーズを書きます!
 次のシリーズは、和風ファンタジーではなく、世間一般で言う所のファンタジーです!
 魔法あり、魔力あり、まぁ、剣も出てくるかなぁ〜、どうかなぁって感じのファンタジーです(笑)
 『黒狼記』とは違った読み味を出そうと考えているので、興味のある方は、是非お暇な時にでも読んで貰えると嬉しいです。

 それでは、また次のシリーズのあとがきでお会いしましょう。

 

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