「……屋敷など見えんが?」
「いやいや、ちゃんとありますとも。今日は一段と生えてしまったな〜。虚無僧殿が来てから毎日楽しそうで何よりなんですが、ちゃんと抑えるように言っておかないと。ささ、入ってください」
天明は草を腕で退けるが、その先に玄関など見えはせず。
弓月は渋い顔をして、入ろうとしなかった。
「あの虚無僧を招き入れたのか?」
「ええ、あの方は元々庭師。それに今回の件を詳しく知れたのも彼が話してくれたおかげです。最も、その彼を救った巫女様方が一番の手柄ですがね。……入らないのですか?」
「入るもなにも玄関が見えん。お前が先に行って、草を踏みならして来い」
「聞いた通り、人使いが荒い方だ。ちょっと待っててくださいよ」
天明は肩をすくめて、仕方ないと言わんばかりに好き放題に伸びた草を踏みならしていく。
「人使いもですが、妖術の使い方も荒いとも聞いていましたが、燃やさないんですね」
「我らは大社の巫女様なんじゃろ? それが玄関までの草如きに炎の妖術なんて使ってみろ。お前の屋敷まで燃えて、辺りが騒ぎになってしまうぞ。それに大社の巫女は悪さをする者達だと噂されるに違いない。それでも良かったら燃やしてやるが?」
「素晴らしいご提案ですが、慎んでお断りさせて頂きます。いやはや、失礼しました……これでどうです?」
踏みならした草の先に屋敷の玄関が見えていた。
踏みならしたせいで天明は草まみれになっている。
草履は緑に染まっていた。
「ご苦労。さっき、この草たちを生やしている張本人についてぼやいておったが、妖術を上手く扱えておらんのか?」
「普段は問題ないのですが、感情が昂ると妖術を無自覚に発動してしまうようで。僕は妖怪ではないので、教えようにも教えられず。だからと言って、僕の力で押さえつけても、本人の為になりませんからね」
「なるほどの、それが良さそうじゃな」
「ささ、どうぞ。外は好き放題に生えてしまっていますが、屋敷の中は綺麗ですよ」
玄関に戸はなく、天井も高いお陰で椿をおぶりながらでも踏み石で草履を脱いで、屋敷へと上がった。
屋敷の中は確かに草は生えておらず、その代わりに色とりどり豊かな花が活けられていた。
桜、梅、桃、菜の花、藤、蒲公英。
この季節に咲いている花が活けられているのだが、桔梗、彼岸花、山茶花、水仙といった今はまだ咲くことのない花まで枯れずに活けられ咲き誇っていた。
「確かに外とは比べようのない程に見事じゃな。掃除は行き届いていて、さまざまな花が活けられておる。枯れずに咲いておるのは外の草を生やした者の仕業か」
「流石、勘がいいですね。最近では草を生やすのに飽きてきて、花に興味を持ち始めていたんですよ。それで生花を教えてみるとそれにも興味を持ちましてね。こうして屋敷中、生花だらけになったんです」
「それは見れば分かる。至る所にあるしの」
「最初作ったものは枯らしてしまいましたが、二つ目からは自分で面倒をみて、それを維持する為に妖術も使っているようです。いやはや、器用なものですよ」
天明は懐から人の形をした紙である人形代を取り出して、宙で離した。
紙ははらりはらりと舞っていると、爆ぜた。
煙の中から人形代をそのまま膨らましたような大きな人形の者が現れた。
「椿様をこの者に預けてくださいませ。お連れする部屋へ先にお通しします」
「良からぬことをしようものなら、わかっておろうな」
「布団を敷いて、横になっててもらうだけですよ。心配いりません。弓月様のお手を煩わしぱなしもよくありませんから」
「左様か。なら、頼む」
椿を預けると、廊下を通り奥へと向かっていった。
それを見届けながら。
「……そろそろ狐面を外したらどうじゃ。屋敷でまでつけておく必要は無かろう」
「うーん、それもそうですが……このまま、素顔を見せないのも良いかなと」
「我の妖術の使い方が荒いと聞いておるようじゃし、それが本当かどうか自らの身をもって知るのも良いかもな。じっとしておれ、その狐面だけを燃やしてやろう、狐面だけな?」
「わかりました、分かりました! 血の気が濃いのも話通りだ。外しますから、落ち着いてくださいよ」
右手に炎を出して躙り寄る弓月に慌てて、天明は狐面を外した。
最初からそうしておけば良い。
そう言いたげに鼻を鳴らして、弓月は天明の顔を見た。
顔立ちは整っているが、幼さを残っている。
物腰は落ち着きがありながら、戯けた仕草と狐面を恥ずかしげもなくつける所がある。
顔立ちからも見て取れるように思いの外、幼く感じられた。
「思っていたよりも若いと思いましたか?」
「いや、年相応じゃろ。見た目も心もまだまだ若輩者。まぁ、見た目以上には生きておりそうじゃがな」
「いやいや、買い被りすぎですよ。僕は妖怪の皆さんからすれば、人に過ぎませんからね」
「まぁ、そういうことにしといてやろう。さ、早う部屋に案内せい」
「わかっております。さ、こちらへどうぞ」
天明はニコッと笑うと廊下を歩き出し、弓月もついて行く。
玄関を入ってからもそうだが、全ての部屋が開け放たれており、見回せた。
屋敷自体も広く、生花が部屋に少なからず二個は置いてあるような有様で。
「過ぎたるは及ばざるが如し、とはよく言ったものじゃ」
「同感ですが、捨てるにはどれも惜しいのですよ」
「そうか」
屋敷に着いてから慌てる男の声と女の子の無邪気な笑い声が聞こえていたが、それに近づいている。
「そんな、目の前で動かれては危ないですぞ!」
「へーきへーき! 萃蓮がきくえもんのハサミなんかで怪我するわけないもんね!」
「それでも危ないですから離れて見てくだされ! それに拙僧は菊左衛門ですぞ!」
「やだよ〜! 萃蓮はきくえもんと遊ぶもん!」
「これは遊びじゃなくてですなっ!」
何とも不毛な言い合いが庭の草むらの中きら聞こえてきていた。
「いやはや、家の者が騒がしくて済みませんね」
「構わん。むしろ、虚無僧……庭師の菊左衛門というのか。もしや、奴が」
「話が早くて助かります。菊左衛門、こちらへ来てくれ。件の話をまたしてほしい」
「て、天明様! はい、分かりました、すぐに!」
「えぇ〜、ていうことは終わり〜? つまんない!」
「用が終わりましたら、続きをしますからしばらく御辛抱を」
「やだやだ! 遊びたい!」
草むらの中からそんなやりとりが聞こえてきた。
それに天明は少し頭をもたげた。
「これは参りましたね。いつもなら聞き分けがいいのですが」
「お前は話の内容を聞いておるのか?」
「ええ。ただ、思い出したこともあるかもしれませんからそれを含めて話してもらおうかと思ったんですがね」
「今はお前が聞いた事だけで構わん。それに子どもから遊び相手を取るのも忍びないしの」
「それもそうですね。菊左衛門、その子の相手をしててあげてください。また時間がある時に話を聞かせてください」
「は、はい! 分かりました!」
「あれ!? じゃあ、遊んでくれるの? やったー!」
「だから、遊びじゃなくてですな!?」
はしゃぐ女の子の声と困る菊左衛門も声が響いた。
「案外、子煩悩な所があるんですね」
「子どもは騒がしいくらいがいい。ちゃんと騒いでも構わないようにしてやっただけじゃ」
「尻尾がかなり揺れてますが、それは気のせいですかね? おっと、そんなに怒らないくださいよ。そちらの部屋に入ってください。椿様も横になっておられるので」
天明を睨みつけていた視線を部屋に移すと、椿が布団に横になっていた。
掛けられた布団の傍には天明が取り出した紙が落ちている。
座布団が向かい合わせで一枚ずつ。
お茶も一個ずつ置かれていた。
「ふん、襖を閉めろ。このような話は子供に聴かせるわけにはいかんからな」
「もちろんですとも」
弓月が部屋へ入ると、天明も入り、襖を閉めた。

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