第二十四話 けじめ

 

 弓月ゆみづきは「悪い奴が捕まっとる場所」である獄舎ごくしゃーー現代で言うところの刑務所ーーへと向かう。
 門を出て右へ。
 しばらく歩いて、突き当たりを左へと曲がった。
 すると、家々が立ち並ぶその奥に木で作られたへいが見える。
 その塀の中では、手も足も縛られ、なわを噛まされている人が幾人いくにんか居るように見受けられた。
 近づくにつれて、うめき声が聞こえれば、叫び声も聞こえてくる。
 悪人あくにんたちが処刑されているのだろう。
 弓月が獄舎の入り口まで来ると、塀の影から軽鎧けいよろいを着た二人の門番が現れた。

「ここから先には入らないでもらおう」
「罪を犯していない者が立ち入るべき所ではない」

 腰に刀を差し、手には槍を持っている門番たち。
 必要とあらば戦うに足りる装備である。

「左様か……なら、ここで一番偉い者にことづけてくれんか? 髪も耳も尻尾も黒く、眼は血のように赤い狼が来たと。これで其奴そやつもわかるじゃろうから」

 弓月が門番の二人に言うと、両方とも軽く見合って、片方が頷くと中へと駆けていった。

「しばし待たれよ」

 残った一人は弓月が勝手に入らないように見張りとして残ったようだ。
 賢明けんめいじゃなと言う風に弓月は軽く鼻を鳴らした。
 しばらくすると、中へと門番が戻ってきた。

「し、失礼しました! ど、どうぞ中へ」
「うむ、わかれば良い。仕事にはげむのだぞ」

 託けた門番に道をゆずられ、中へと入った。
 中では拷問ごうもんと言ってもいい程に見るも無惨むざんな処刑を行われていた。
 殺しはしないまでも、言うにも書くにも恐ろしい処刑が行われており、殺してやったほうが楽であろうという事この上ない。
 あおは軽く辺りを見渡すように向きを変えたが、弓月の左肩にすがり付くようにくっついた。
 見せ物ではないことをわかっているからこそ、弓月は何も見ようとしなかった。
 奥にある簡素かんそでありながら大きな長屋ながやへ向かうのみである。
 他に向かう先がないように見受けられた獄舎で唯一の建物。
 そこに居るであろうと考えついたのだ。
 長屋の中は仕切りなどない土間が広がっていた。
 部屋の一角に小上がりの座敷が設けられていた。
 そこには、申し訳程度の囲炉裏いろりと雑務をするための文机ふみづくえが置かれている。
 だが、日頃使われてはいないようで、文机には筆やすずり、巻物が乱雑に置かれており、座敷全体に土埃つちぼこりが積もっている。

「見た目ほど大した事ないですな。腕っぷしに自信があるって言うのは確かでありましょうが……もっと本気で来てください。その情念じょうねんごと叩き潰してあげますから」
「ぐっ」

 長屋の奥にも土間が続いていた。
 そこに一人の軽鎧に身を包んだ政晴まさはる力地率りきじひきいるぞく達を相手にしていたようだ。
 力地以外の十一人の賊達は長屋の奥隅に倒れ込んでいた。
 それはもう見窄みすぼらしい身なりにふさわしく、あざだらけで気絶している者もいれば、しくも息をしている奴もいるようだった。
 力地もボロボロと言ってもいいくらいにあざだらけで、立っているのがやっとのように肩で息をしている。
 賊達とは対照的に軽鎧の後ろ姿に汚れはなく、動き回った事で腕や足が汚れているくらいであった。
 息も乱れてはいない余裕のある仁王立におうだちである。

「こんな場所で稽古けいこでもつけておるのか?」
「いえ、これはあくまで処刑の下準備。ボロボロにして、抵抗する気力を無くしておかなければ、皆があぶないですからね……それに今までコイツらのせいで辛い目にあった人々の分まで罪をつぐなってもらわないと。蒼殿はそちらでゆっくりなさってくだされ。危のうございますから」

 弓月が声をかけたが、仁王立におうだちの政晴は力地を見据みすえたまま答えた。
 項垂うなだれていた力地が顔を上げて、弓月を見るなり慌てた。

「ゆ、弓月!」
「ほう、お前はいつ我を呼び捨てにして良いと言われたんじゃ? 様を付けぬか、様を。そんな賊達を率いて頭領気取りとはちたものよな、力地」
「え、弓月というのは……えぇ!? あ、蒼殿ではないのですか!?」

 力地は目線を逸らして、冷や汗をかき始めた。
 なんとか踏ん張っていた足も力が抜けたのか、しゃがみ込んだ。
 政晴は力地の言動と聞こえてくる声に違和感を覚えて振り返った。
 蒼が訪ねてきたものだと思っていたようである。

「残念じゃが、蒼はこっちじゃ」

 弓月は左肩の青い人魂に指差すと、蒼はふよふよと縦に揺れた。

「え、この人魂が蒼殿? このような事が本当にできるとは……であれば、あなたはもしや父上が言っていた弓月様でございますか?」
如何いかにも、我のことじゃ」
「こ、これは失礼仕しつれいつかまつりました。てっきり、蒼殿が参ったのかと」

 政晴は深々と礼をした。
 その態度に本来なら力地もこれくらいはすべきじゃろうと弓月はしゃがみ込んでいる力地を一瞥いちべつした。

「お主の事は蒼から聞いておる。すまぬが力地と話がしたい。席を外してくれ」
御意ぎょい! 外で他の者どもの様子を見ておりますので、何かございましたらお声掛けくだされ!」

 そう言って、政晴は長屋から出ていった。
 それを見送ると弓月は力地の前へと歩み出た。

「さて、力地よ。何か言うことはあるか?」
「ぺっ……」

 力地は弓月を少し睨んでから、土につばを吐いた。
 その唾には血が混じっていた。

「昨日、蒼と戦い。今日は政晴という白犬妖怪はくけんようかいの半妖と戦った。どちらも惨敗ざんぱい。昨日においては何者かに力を借りてもなお負けておるようじゃな。これで思い知ったであろう。己がどれほど弱いのか。なぜ、あの時に我がお前を連れて行かなかったのか」
「……」

 力地は項垂れ、返す言葉もないようだ。

「我が居なくなってからお前は此奴こやつらと悪さをしてきたのであろう。行く当てがなくなり、らしに鉄戒たちの所へ行って、彼奴あやつらの生活をないがしろにした。先程、政晴が言った事が本当ならば、他の者たちの分も含めると、その罪は重いぞ? わかっておろうな」
「……」
だまりこくるか。もう良い……」

 弓月が力地達に右手を向けた。
 その右手には黒い炎が球状に溜まる。
 溜まった黒い炎は輪状に分かれた。
 十一輪の炎の輪っかは後ろで倒れている賊達へ左から順番に首元へ飛んでいき、賊達の首を絞めた。
 力地は振り返らずに賊達の呻き声を聞くだけ。
 どうせあの炎の輪は賊達の首を焼き切っているに違いない。
 嗅ぎたくないもない焼ける匂いがしてきていた。

「さて、最後はお前だ」

 力地が顔を上げると、そこには他のものよりも太く大きな炎の輪を[[rb:弄 > もてあそ]]ぶ弓月の姿があった。

「何か言いたいことはあるか?」
「くそったれがっ! アンタになんか従わずに野垂のたれ死ねば良かったっ!」
「ふ、安心せい。早いか遅いか、それだけの話じゃ」

 弓月は輪投げをするかのように力地の首へと炎の輪を指で放り投げた。
 輪っかはゆっくりと力地の首へとはまり、締め付ける。
 肌が焼ける音と匂い、そして、焼ける痛み。
 締まっていくことで息苦しさが増していく。

「ぐがっ、あぁぁぁあぁっ!!」

 力地は締まっていく炎の輪を掴みとろうと手を伸ばすが、あまりの熱さに手で触れられず、すがまま為されるがままになるしかなかった。
 これで死ぬ。
 息が止まり、もうだめだと思った時、一気に首が楽になった。

「っ!! はぁはぁはぁはぁ! な、なんで殺さない!」
「簡単に殺したら、罰にならんじゃろ。後ろの奴らもお前と同じのをくれてやっておる」

 力地は振り返ると賊達が生きていた。
 首に締め付けられた黒い跡があった。
 その跡はどこか蛇のように見える。
 それは力地も同じで、首元を触ると熱と共に激痛が伝わってきた。
 その痛みにまたうずくまった。

「その首輪の印は悪さをするとさっきの痛みがおそってくる代物じゃ。死にたくなければ、いい子にこの村を守るんじゃな」
「そんな呪い、聞いた事ねぇぞ!」
「我が編み出したものじゃ。お前らが死ぬか、我が死ねば、呪いは解けるじゃろうな」
「そんな」
「死にたければ、悪さをして自分でその呪いによって死ぬんじゃな。死にたくなければ……まぁ、せいぜい達者たっしゃにこの村を守ることじゃ」

 離れる弓月を力地はうずくまりながら眺めていた。
 また置いていかれるそんな気持ちを抱えながら。

「おお、そうじゃった。お前に聞きたいことがあったんじゃった。お前に取り憑いていた黒い煙はなんじゃ、何者じゃ?」

 不意に振り返ってきた弓月に少し面食らった。

「い、いや、俺にもわからねぇ……だが、とてつもない妖力を与えてくれたのは間違いない。俺が土を操る事ができたのはあれのおかげだ」
「そうか。他人の力を借りたとはいえ、確かにお前にしては力を存分に使っていたな」

 鼻で笑って見せた弓月は少しほこらしげだった。

「まぁ、良い。またあの煙とは出会う事になるじゃろう。その時には我が直々に問い詰めるとしよう。ではな、力地。この村を守る事がお前らの罰じゃ、政晴にもそう伝えておく。行く当てがないなら、ここで暮らすのが良いじゃろう。それも村長に伝えておいてやる」

 また力地へと向き直ると、優しく笑う弓月がいた。

「……」

 その表情を見て、力地は荒んだ目を見開いた。
 その目に少し光が差し込んだ。

「返事はないのか?」
「御意」
「ふ、精進しょうじんするんじゃな」

 弓月は踵を返して、長屋を出ていった。
 力地の男泣きを背に聞こえないふりをしながら。
 外に出ると、他の処刑を監督する政晴に近づいていった。

「政晴よ、彼奴らはお前の配下にするといい。もう悪さが出来んようにしておいたから大丈夫じゃ」
「それは一体どうやって……」

 政晴は弓月の言葉に頭を傾げた。
 目は笑わずに口角だけが釣り上がった弓月の顔こそ悪人染みていると言えた。

「知りたければ、試しに悪さをさせてみればわかるじゃろう。ではな」
「ど、どちらに?」
政元まさもとの家に戻って、椿つばきの家にな。用があるんじゃ」
「お気をつけて」

 政晴は獄舎を後にする弓月の後ろ姿を見送った。

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