第二十話 最後の試練

 

緋代ひしろ!」

 にしきは木から椿つばきを下ろして、一目散に緋代へと駆け寄った。
 まだ地面の上で跳ねているが、まな板の上のこい
 何もすることができないでいた。

「すぐに帰してあげるからね。来てくれてありがとう」

 巻物を広げ、再び手を突いた。
 すると緋代が巻物へと吸い込まれていき、水も余す事なく吸い込まれていった。
 辺りを見ると、水はどこにもなく、水弾があった所が荒れているくらいで元通りである。

「緋代さんは、もう大丈夫なんですか? 今更ですけど、私が治してもよかったのですが」
「心配いりません。あの子はかなり頑丈ですし、軽い打撲くらいで元の場所で泳いでいることでしょう。しばらくは呼び出せないと思いますが、問題ありません」

 錦は巻物を腰元の荷袋へ仕舞いながら背を向けたまま語った。
 勝負が決まるや否や、すぐに緋代へと駆け寄る錦は本当に心配していた。
 仲間と言っていたが、それ以上に大切にしているのを感じる程で。

「大切な仲間なんですね」
「もちろん、未熟な私の口寄せに初めておうじてくれた子ですから」

 今度は椿に笑いかけ、自信満々に胸を張ってみせた。

「アイツを引っ込めたって事は、試練は俺の勝ちで良いのか?」

 二人は声のする方へと目を向けると、あおがゆっくりと下りてくる所だった。

「はい、蒼様の勝ちです。おっと、鈴を」

 ちりーん、しゃりーん。

 八つ目の試練が終わった鈴の音が鳴り響いた。
 緋代への心配が強く出てしまった事で鈴を鳴らす事を忘れてしまっていたようだ。

「緋代も負かしてしまうとは、流石は黒狼妖怪こくろうようかい。ひいては、蒼様の修練しゅうれん賜物たまものですね」
「いや、こっちこそ、あれだけ大きい奴とは初めて戦えたのを感謝したいくらいだ。どうなるかと思ったけどなんとか勝てて良かった」
「初めて! それにしては見事な身のこなしと判断力でした。緋代と相対した者はほとんどがあの水。粘着力の高さをかろんじるのですが、あれだけけきり、ふせぎぎきられたのは初めてですし、水弾も避け、水網みずあみに至っては突き破られましたので、恐れ入りました」
「いやいや、俺も勘ばかりで動き過ぎてたから危なかった。敷地内から早く出ればよかったのになかなかその考えに至れなかったしな」
「でも、そのおかげで緋代の水は減っていましたからね。怪我けが功名こうみょうでしょう」
 「いやいや」「でもでも」と話し続ける二人を他所に置いて、椿は八回目のお供えをした。

「確かに蒼さん、凄かったなぁ」
 
 初めてとはいえ、見事に勝ってみせた。
 あの宙に泳ぐ緋代を自分よりも何倍も大きな巨体を地面へと叩き落とした。
 蒼は日頃、気が抜けているようで戦いになると知恵が回るのだと知れた。

(戦いでは力にはなれないけど、日常は私が手助けすればいいのかも)
 
 狐が稲荷寿司を食べている間、椿はそんなことを考えていた。

「もうそろそろで食べ終わりそうだな」
「あ、錦さんとのお話は終わったんですね」
「ああ、自分も鍛錬たんれんを重ねなければって言ってどこかに行った。あと、最奥さいおくの社へ向かうようにってさ」
「そうですか。最奥の社……あそこで試練も終わりですね」
「ああ、気を引き締めていかないといけない」
「何が待ってるか分かりませんもんね」
「いや、大体わかってる。きっとアイツとやり合うに違いない」
「アイツ?」
「ああ、伊竹いたけだ」

 大社たいしゃへと上がってきた時に一尾いちびの側にいたしのび

「一尾は伊竹のことを忍の総元締めと言っていた。今までの試練で戦ってきた忍達が伊竹から教わり鍛えられていたとするなら相当なやり手のはずだ。だからこそ、気を引き締めていかないと」
「もしかしたら、錦さんみたいに何かを呼び出せるかも知れないですもんね」
「ああ」

 狐が食べ終わり、白い勾玉が椿の胸元の勾玉へと吸い込まれていった。
 勾玉があともう少しで全体が白く輝きそうになっている。
 それを握りしめて、椿は立ち上がった。

「蒼さんなら、大丈夫です! 方向音痴でも食いしん坊でもあの緋代さんを倒せたんですから!」
「そうだな、ありがとう。やれるだけやって勝つ」
「はい!」

 少し顔をしかめていた蒼だったが、椿に元気付けられて立ち上がった。
 そして、二人は再び最奥の社へと向かう。

「椿、あっちだろ?」
「そっちは遠回りになるので、来た道を戻りますよ」

 蒼が道を間違えて、椿がそれを正すのはもういつものやりとりになってきていた。
 来た道はもちろん、登り階段で疲れを感じさせるもの。
 昨日に引き続きと言うこともあって、椿は疲れを見せていた。

「しんどいなら、おぶろうか」
「いえ、蒼さんには試練がありますからこれくらいは頑張ります」
「わかった、ありがとうな」

 蒼はというと、錦鯉の緋代との試練があったのにも関わらず、いつもの調子で息すら上がっていなかった。
 まるで、平地を歩くように椿に足並みを揃えて歩いていた。
 所々、椿を気遣いながら、最奥の社へと再び訪れた。
 先程、来た時と変わりなく、社の中で一番立派に大きな社と広い石畳の敷地。
 戦うにはもってこいな場所である。
 神社の境内けいだいで戦うなと言えば、それまでなのは今更であるが。
 
「椿、着いたぞ」
「あ、ありがとうございます。結局、おぶってもらっちゃいました……」
「良いって。前にも言ったが、修行の岩に比べれば軽い軽い」
「それは慰めになってないので、言い方変えたほうが良いですよ」
「そうなのか?」
「かなり複雑な心境になりますから」
「じゃあ、どう言えば良いんだ?」
「それは考えてください」
「うーん……背負ってないくらいに軽いとか?」
「それは言い過ぎですね」
「難しいな」
「いや、普通に軽いから大丈夫で良いんですよ」
「お、そうか。軽いから大丈夫だ」
「……なら、よかったです」

 ため息を吐く椿と小首をかしげる蒼。
 なんとも木の抜けるやりとりをしている間に。

「もう、良いか?」

 蒼の背後から声が掛けられた。
 誰も居なかった社の前に見た事のある忍がいた。
 その風貌から麓の大社で出会った伊竹である事がわかると蒼は軽く身構えた。

「やっぱり、最後はアンタか」
「話しながらに俺の気配を感じ取っていたか。流石は黒狼の血筋とめておこう」
「昨日からずっと忍の相手をしてるんだ。慣れもする」
「だからと言って、俺の気配を感じ取るとは良い感性をしている」
「確証はなかった。錦の後に試練の相手になるのはアンタくらいだと思ってただけだ」
「なるほど。では、御託ごたくは必要ないな」

 伊竹は懐からお馴染みの鈴を取り出した。
 そして、どこからいつの間に取り出したのか。
 手にはクナイが握られていた。

「どちらかが戦えなくなるまで殺り合おう、黒狼よ」

 ちりーん、しゃりーん。

 鈴の音を鳴らした伊竹は直様、蒼へと駆け出した。
 それを見て、蒼は「形無かたなし」を刀の形に変えようとしたが。

「遅い」

 後ろから目の前の人物と同じ声が聞こえた事で一瞬、身体をこわばらせた。

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