第二十話 貴公の話を聞かせてもらおうか

 

「夜分遅くに失礼する。ここは『インフォマツィーネ』であっているかな?」

 店のドアを開けて入ってきたの小柄で太った男性だった。
 だが、それだけではない。
 その服装は王の側近たる立派なもので胸には王城に使える者がつけているバッチを付けている。
 その男性を見た客たちは食事の手を止めた。
 こんな店に来るはずのない人物が居たのだから、無理もない。

「はい。ここは『インフォマツィーネ』ですが、このようなところになぜ、リビン大臣が……」
「ここに私が欲しい情報を持っている人物が居ると聞き及んだのでな。盛況のところ悪いが、人払いをしてくれんかな?」
「大臣様がおっしゃるのでしたら、致し方ありません。皆さん! こっちの都合ですみませんが、今日はもうお開きにします。またいらっしゃった際に今日のことを私に申し付けてくれれば、うんとサービスしますから」
 
「リビン大臣様が来たのなら仕方ねえ」
「ヒック。ハイネさん、また来るよ、ヒック」
 
 常連の客が聞き分け良く、カウンターにお金を置き、大臣に向かって右胸に拳を当てる。
 大臣はそれに頷くと、二人は店から出て行く。
 それに続くように店内にいた客たちも自分の勘定かんじょうをテーブルに置いて、席を立った。
 ほとんどは一般民であるため、常連の二人のようには挨拶あいさつはしていなかったが、恐れ多そうに出て行った。

「ねえ、そこのおじさん。そんなに偉い人なの?」
「この王都を治める王の側近よ」
「何か凄い事でもしたの?」
「どういう訳か、この百年はずっと大臣の座に居るの」
「え、ホントに人間?」

 客が全員出て行ったあと、ハイネは魔法でドアを閉め、いそいそと店の片づけを始める。
 大臣は店に残ったスズネとシグを見て、近づいた。

「君たちが今回の依頼に関係しているのかね?」
「そうです! リン姉のお手伝いで情報を知っている人を見つけてきました!」

 スズネは、立ち上がって元気にオカマのことを差し出した。

「ちょっと! 貴女ね!」
「ほほう。君が色々と知っているのか」
「……一応は。リビン大臣様のお耳に入れするほどではないかもしれませんが」
「それは、私が決めることだ。君が知っていることを教えてくれるかな? 報酬はそれに似合った金額を出そう」
「わかりました。でも、こんな時間に抜け出せるものなんですか? 王城はそんな警備の甘い所ではないでしょう」
「私は特別でね。王からの信頼も厚い。あと言うなれば、さっき君たちが話していた通り。私は人間ではないですから」
「え?」
「ここに私が来たことは内密に頼むよ。この依頼は私が秘密裏に進めている。だから、ここに来るのも一人で来た。そして、ここにはリビン・フェブリスは来ていない」
 
 大臣は自分の上着のボタンをはずして、両腕を交互に脱ぐ。
 立派で重苦しい上着をカウンターの座席へと投げた。

「ここからはエルフのルビラが貴公の話を聞かせてもらおうか」

 そこにはもう小柄で太った大臣の姿はない。
 背が高く、耳の尖った美女が現れた。
 スタイルも女性的な凹凸がしっかりとあり、顔も整った知性的な顔立ちをしている。
 服も背格好に合うように魔法を施されているのか、サイズも変わっている。
 その変化っぷりに三人とも驚いていた。
 ハイネに関しては、少し魔法の精度が落ちたようで食器などを落としそうになったが、なんとか持ち直していた。

「え、エルフだったの!?」
「そらそうだ。百年近くも生きている人間など知れてるし、そこまで高齢になれば頭も回らなくなるよ。考えれば、わかりそうなものだ。君のように情報を集めている者は薄々思っていただろう?」
「薄々は……ただ、目の前で見れたので確信できました」
「そうかそうか、君のような利口な子は嫌いじゃないよ。それでどうだろう? 今回の報酬に口止め料も含めて割り増ししようと考えているんだけど、君の情報を売ってくれるかな?」
「いいわよ。ただし、私もいつも通りで話させてもらうわ。大臣様ではないルビラさん」
「ふふ、いいよ。じゃあ、そっちで話を聞こうじゃないか。店主、旨い飲み物を準備してくれるか? もちろん酒じゃないのをね」
「わかりました」

 ルビラとシグは店の奥の席に腰掛け、ハイネは飲み物の準備をし始めた。
 スズネは裏路地の話に加わっても仕方がないので、バイト終わりに座る席に座り直した。

「アタシはゆっくりさせてもらおうかな〜」
「こら、飲み物を持っていくくらい手伝いなさいよ」
「えー、魔法で持っていけば良くない?」
「姿が変わったとしても失礼でしょ。それに私はやる事ができたのよ」
『飢えた木の根よ、来る時に備え給え』
「え、なんで魔法唱えてんの?」
「いいから」

 ルビラは魔法が使われたのを感じ取ったようで、話し始める前に杖を持ったハイネを見ていた。

「店主、何かあったか?」
「柄の悪いのがこの店を狙ってるみたいなので店を守るために魔法を使わせて頂きます。あと、音が漏れないように店全体に遮断しゃだん魔法も使いますが、宜しいですか?」
「……そういう事か。いいよ。でも、その扉だけは無防備にしてて欲しいな」
「それだと、こちらが困ります。壊れてしまったら」
「大丈夫、壊れたら修理費も報酬に入れるから。入ってきた男は僕が捕まえる。どうも今回の首謀者みたいだからね」
「なら、良いわ。お好きにどうぞ」
「ありがとう。さ、話を聞かせてくれるかな?」
「わかったわ。時間がなさそうだし、手早く」
 
 シグは右ポケットから封筒を取り出し、テーブルへ置いた。
 それをルビラは受け取り、封筒から紙を取り出し、読み始めた。
 その顔色は少しくもったように見えた。
 
「私が持っているよりも貴女が持っている方が良いでしょうから、差し上げます」
「そうか、それは助かる」
「それで、そこに署名のある人物なのですが……」
「飲み物をお持ちしました〜!」

 神妙な面持ちでルビラと話そうとしたオカマだったが、スズネの声でかき消されてしまった。

「ん? そういえば、君が彼を見つけてくれたんだったね」
「そうですよ! 敵に取り囲まれてたところをアタシが助けました!」
「そうか、よくぞ助けてくれた。おかげで貴重な証拠も手に入ったよ。ありがとう」
「いえいえ……その〜、お言葉も嬉しいですけど、報酬の方は〜」
「ふふふ、正直な子だね。それなら、ちょっとした質問に答えてくれたら報酬を少し上乗せするよ」
「え、なんですか?」
「私が依頼した名高い何でも屋とは、どんな関係かな?」
「お姉ちゃんです!」
「お姉ちゃん」
「うん! リン姉は強くて賢くて美人で、自慢の姉なんです!」

 ルビラはスズネの言葉を聴きながら、持ってこられた飲み物を一口だけ飲んだ。

「そういえば、先程もそう言っていたな」

 置いたグラスについた唇の跡を拭いとった。

「そうかそうか、なるほど。いや、少し気になってね」

 そう独り言のように言いながら手紙を封筒に入れ、席を立った。

「まだ何も話してないけど、いいの?」
「あぁ、この手紙を貰えれば十分だ。感謝するよ」

 店のドアに近づきながら杖を出した。
 ハイネへ目配せをすると、ハイネは頷き、杖を振る。
 ルビラは杖をドアノブに見立ててひねると、勢いよくステッキを持った黒いローブの男が店の中へと入ってきた。
 
「動くな! 命が欲しくば……あぐっ!」
「命が欲しくば……何かな?」

 無遠慮に入ってきた男の開いている口の中にルビラはナイフを差し入れた。
 突き刺しはしていないようだが、一瞬の出来事にスズネとシグは固まった。
 いつの間にルビラの手にナイフが握られていたのか、わからなかったのだ。
 その視界の中で男の後ろのドアの隙間から何かが蠢いているのが見えたが、ドアはゆっくりと閉まった。

「なんで……だれもおそってこない……」
「そんな事が気になるの? 店主さん、教えてあげて」
「アンタの仲間は、みんな私の魔法で捕まえてるからよ。このまま地面に引きり込んで、木の養分にしても良いけど?」
「ばかな……」
「まぁ、三下には感じ取れないよ。店主さんはなかなかのやり手だ。ねぇ、王都で仕えない? 今なら僕が推薦しよう」
「有難いお誘いではありますが、こっちの仕事の方が性に合っておりまして。面倒を見ないといけない子も居るのでお言葉にえられません」
「残念。でも、こうして力あるダークエルフがいてくれるなら私も少しは安心かな」
「た、たすけてくれ……たのむ。おれはやつのこまとして、うごいていただけで……」
「その話は私がたっぷりと聞いてあげよう。知っている事を全部話さないと死ぬよりも酷い事になるから……そのつもりでね?」
「は、はひ……」
「店主さん、雑魚を捕まえてくれてありがとう。牢屋にぶち込んでおくよ」

 ルビラは、頭の上で杖をぐるっと回すと最後に頭上へと上げた。
 それは外で捕らえている敵達を運ぶ転移魔法を発動させたようだ。

『荒れた地よ、我の行いを許し、直し給え』
「木の根ごと、牢屋に送って大丈夫なんですか?」
「縄の代わりにはちょうどいいからそのままで。それに彼らはそんなに知らされずに悪事を働いていただろうから木の根に養分を吸われる罰は受けて良いと思うんだよね」

 笑いながらさらっとえげつない事を言うのだから、スズネもシグも少し青ざめていた。

「あ、君たち。ちょっとこいつを縛ってくれない? もう戦意喪失してるのにこれ以上の暴力は良くないからね」
「あ、アタシ、縄持ってるから。オカマも手伝って」
「えぇ、わかったわ」

 ルビラがナイフを敵のボスの口から離すと、ドアに背を預けてズルズルと力無く座った。
 そこをスズネとオカマが二本の縄で手と腕、足も縛り、身動きが取れないようにした。

「うんうん、ありがと。おかげで問題なく連れていけそうだ。これは諸々含めた報酬だから三人で仲良く分けて欲しいな」

 また頭上で杖をぐるっと回してから杖を振り下ろした。
 すると、空中に魔法陣が出てきた。
 そして、その魔法陣から大きめの布袋が出てきて、床に落ちるとジャラリと音を立て、袋の中でジャラジャラと何かが擦れあう音がした。
 
「え!」
「君たちにとっては大金だと思うから喧嘩けんかしないでね。じゃ、僕はこれで失礼するよ。またね」

 ルビラは大臣の上着を身にまとうと、小柄で太った男にもどり、敵のボスと一緒に魔法陣の中へと消えていった。

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