第二話 その為に来たのだから

 

 どうしてこんな事になったのだろう。
 両親に地下図書館へ放り込まれてから何日経ったかわからない。
 我が子を守る為に両親はここへ放り込んだ。
 ならば、片親だけでも一緒にいるのは不都合だったんだろうか。
 万全ばんぜんために。
 敵を倒す為に。
 二人で戦わざる負えなかったのかもしれない。
 そうなんだとしてもこんな状況で我が子を一人にするのはどうかと思う。
 
(きっと、お父様とお母様はもう……)
 
 そう思うだけで目が熱くなった。
 だが、もう涙は出ない。
 両親に閉じられた扉のそばひざを抱えたまま、ずっと座っていた。
 身体ももう限界が近いのか、意図せず体が倒れた。
 まばたが重く、投げ出した手も足も動かす事ができない。
 居るはずも無い両親が手を差し伸べている幻覚さえ見えた。
 目は閉じているのに、見えると言う事は夢だろう。
 
(ああ、いっそ。その手を取って、死ぬのもいいかもしれない。自分だけが生き残ってしまった現実なんていらない)

 両親へと手を伸ばして、手が触れそうになるタイミング。
 そんな時に彼の背後から何かが動く音がした。
 ゴゴゴと鳴り響く音に聞き覚えがありながら、火の灯りとは違う明るさに自ずと目が開いた。
 なけなしの力で首を動かして、その音と光の原因を確かめる。
 彼が横たわっているのは地面でも床でも無い階段だ。
 一段一段が少し広めに作られた階段。
 階段が伸びる先にはさっきまでしまっていた天板てんばんのような重く頑丈な扉がある。
 その扉が砂を落としながらゆっくりと開きだしていたのだ。
 彼は目を見開いて、これこそ夢では無いかと凝視ぎょうしした。
 驚いた拍子ひょうしにでも身体が動けば良かったが、やはり身体は動かない。

「やっと、開きました〜。さ、生き残りの方はどこに……」

 女性の声だった。
 それもまだ若い声色こわいろで、おっとりとしている。

「だ、大丈夫!? そ、そうよね、一人だけ生き残ればそうもなるわよね! とりあえず、これを飲んで!」

 駆け寄ってきた女性に身体を起こされ、口に何か当てがわれた。
 口の中に何かが入ってきた。
 味は覚えていないが、ポーションの類だったのかもしれない。
 流し込まれたものを飲んだが、ここ数日何も口にしておらず、一飲みしただけでむせた。

「大丈夫、ゆっくりでいいから飲んで。良くなるから……?」

 むせる彼の背を優しくでた。
 その手のあたたかさは母親の暖かさに似ていた気がする。
 彼女の衣服を彼は掴んで途切れ途切れに。

「た……すけ……て」
「ふふ、わかってるわ。その為に来たのだから」

 そこから彼はほっとしたのか、気を失うように眠った。
 眠る事一週間、その間ずっと彼女に面倒をてもらっていた。

「良かった、だいぶ良くなったわね」

 伸びに伸びた前髪をどかして、寝顔を見た。
 見つけ出された時よりも顔色はよく、荒かった寝息も穏やかなものになっていた。

「ん〜?」

 唸る彼に少し驚いて手を引っ込めるが、すぐに頭を撫でた。

「ん……お母、様?」
「ふふ、お母さんではなくて、お姉さんってとこかしらね」

 彼は目を覚ますと、優しく頭を撫でてくれている彼女と目があった。
 
「……え、えっと、どちら様で、すか?」
「流石に覚えてないか。ワタシが見つけた時には危なかったものね」
「あぶな……かった?」
「ええ、もう死にかけてたくらいだったもの。ひとまず、君の命を助けられて良かった」

 彼女の言葉を聞いて、状況がわかっていないのか辺りを見回した。
 少し気が動転しているように見えたのか、彼女は構う事なく傍に置いていた荷袋から瓶を取り出して。

「起きてくれたし……ハイネお姉さん直々に作った! 栄養ドリンク!! を飲んでもう一回寝てましょうね!!」

 急にハイテンションで彼へ見せつけた瓶。
 先端は細長く、底の方は円形になっている少し変わった瓶だ。
 その中には、妙に虹色の光沢のあるどろっとうごめくものが見えた。

「え……ちょっと、待って」
「はいはい、暴れないでね! もう一気にきゅっと飲めば明日には元気間違いなし! 頭も冴えて今日までの自分とはおさらばできるはずだからっ!!」

 彼女は病人に対し、拘束こうそく魔法をほどこして、鼻までつかんで無理矢理に飲ませようとする。
 そんな言動に彼も歯を食いしばって抵抗するが……

「助けて欲しいんでしょ? ね? お姉さんを信頼してこれを飲んでくれれば、君も元気になって色々と教えられるし、魔法についても学ぶことができる。それは後々、君の助けになるわ。メリットしかないのになんで抵抗するのかな? ん?」
 
 抵抗する彼の目を見つめながらに諭してくる彼女の目は少し怖さはありながら嘘を言っているようには感じなかった。
 目に光がなく、怖いには怖かった。
 ただ、他に頼るあてもない彼は恐る恐る口を開いた。

「よしよし、いい子ね。ちょ〜っと独特な味わいがするけど、頑張って飲み干して、ね!」

 鼻を摘んでいた手を次はあごに持っていき、彼の口元へ先端を押し込むように飲ませた。
 そこからは言わずもがな。
 彼は悲鳴のようなうなり声を上げながら、苦しげになんとか飲み干した。
 いや、顎を掴まれ、逃げようもなく飲み干さられたと言った方が語弊ごへいはないだろう。
 そこから違う意味で気を失い、眠りについたのは言うまでもない。

「ふうっ! うまく飲ませれて良かった。一滴も無駄にしたくないくらいにうまくできた完成品だったから少し無理させちゃった」

 体力はもちろん、魔力も回復し、かつ、体に必要な栄養さえも網羅もうらした完全栄養エストラルポーション。
 病人はもちろん、蘇生そせい魔法と駆使すれば、死人も完全回復するとされる秘薬。
 それを飲まされていたことに彼が気づくのは、彼女から魔法について学んでからのことである。

「もう効き出してるみたいね。早く元気になってね」

 彼女のせいでかいた冷や汗を拭き取られた彼は、また規則正しい寝息を立て始めていた。
 たとえ、死人も生き返る秘薬であっても、精神的な根深い所までは直せない。
 こればかりは本人次第である。
 身体が元気になっていても、彼の心は傷だらけに違いない。
 だからこそ、彼は眠るのだろう。
 彼自身も生きたいと思っている証拠であった。

「ゆっくりおやすみ。お姉さんがそばにいてあげるからね」

 そう言って、彼女はまた頭を優しくゆっくりとで始めた。
 寝ている彼もまた安心したのか、少し微笑ほほえんだような寝顔を見せたのだった。

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