蒼の方向音痴さを披露した後も二人は街道を歩いていく。
お昼時には、街道を少し離れて荷物を解いた。
持たされていた簡素な昼食を食べた。
中身は海苔の巻かれたおにぎりである。
「美味いな」
「ですね。……あ、梅干しが入ってました」
「俺は干し魚だ。……鮎かな」
「鮭とかも美味しいですよね」
「だな」
嬉しそうに尻尾を振りながら食べる蒼と、おにぎりを少しずつ食べる椿。
まだぎこちないながらに同じ時間を同じように過ごしている。
蒼の方がやはり食べ終わるのは早かったが、椿を焦らすことなく待った。
食べ終えれば少しゆっくりして、再び荷物を背負って歩いていく。
「椿、あの草は食べれたりしないか?」
「え? どれですか?」
「あそこの木の下に生えてるやつ」
椿は指差された先を見た。
根元を隠すように生い茂った草である。
「あれはダメですね。雑草ですからお腹を下します」
「そうか……」
「もしかして、足りなかったんですか?」
「いや、食べ物は出来るだけ調達しといたほうが良いと思ってさ。野宿になる可能性があるだろ?」
「私も少し覚悟してたんですが、大丈夫そうですよ。地図を見ていると街道のそばに宿屋があるみたいです」
「そうなのか! どれだ?」
「ここです」
後ろから覗き込んできた蒼に地図の記された宿屋らしきものを指差した。
その四角に縁取られた内側に宿の文字が薄らと書かれている。
「きっと、村長が休めるように書いてくれていたみたいで、すっ!」
「おー! これはわかりやす……なんでまた地図を引っ込めるんだよ」
「いや、それはその……」
顔が思っていたよりも近かったことに驚いて、距離を取ってしまった。
椿の照れ隠しが蒼に伝わる訳もなく、眉間に皺を寄せた。
「さっきは好き勝手に言ってたくせに、それよりも言いにくいことってなんだよ?」
「べ、別に。また地図を取られるかもって思っただけです」
「人が持ってるものを盗ったりしない。良いから早く宿屋に向かおう。そんなに遠くないんだろ?」
「は、はい。行きましょう」
蒼の右肩の上では、弓月が小刻みに縦揺れしていた。
椿の反応を笑っているに違いなく。
(笑い事じゃないです!)
それを見た椿は内心で叫んでいた。
「何笑ってるんだ、弓月は? いたっ! なんで今日はそんなにぶつかってくるんだよ」
甲斐性なしっぷりに怒っての事とは露知らず、蒼はぶつかられた頬を撫でるのであった。
それからというもの、取り立てて何かあった訳でもなく、街道沿いに立つ平屋の宿屋へと着いた。
日も暮れ始め、休むにはちょうど良い頃合いである。
「このまま進んでもしばらくは宿屋がないみたいなので、ここで休みましょう」
蒼は黙って頷いて、宿屋へ入る椿についていった。
開けられている玄関の左側に宿屋の番頭が立っており、椿に声をかけて来た。
「何人泊まられますかね?」
「えーっと、二人です」
「お二人ですね。すみませんが、ウチは大部屋しかなく……他のお客様と一緒になってしまうのですが、宜しいでしょうか?」
「そうなんですね……どうしましょう、蒼さん?」
「それなら仕方あるまい。横になって眠れるだけ有難いからな」
てっきり、蒼だと思っていたら、いつの間にやら弓月と身体を交代していた。
それに驚いた椿は弓月の顔を目を丸くして見ていた。
「左様ですか。であれば、あちらの襖からお入りください」
「うむ、苦しゅうない」
宿屋の番頭が案内した襖へと進んでいく弓月に椿も遅れてついていく。
「え、弓月さん? なんで?」
「ん? 宿屋に泊まるなら、同性である我が一緒の方が椿の気が休まると思ってな」
「あ、なるほど。でも、びっくりしました」
「かっかっかっ! お前の反応は見てて面白いの。なんなら、今から蒼に変わって泊まるのも手じゃが?」
「揶揄わないでください。それに他の方も一緒ですから気は遣いますよ」
大部屋の襖の前に小上がりがあり、所々に草履が置いてある。
そこで草履を脱いで、懐へと仕舞い込んだ。
「気の知れた男の視線の方が色々と気を遣うじゃろ?」
「弓月さん?」
椿は少し顔を赤ながら弓月を睨んだ。
「おー、怖い怖い」
とわざとらしく笑いながら言いながら襖へと寄っていく。
人魂になった蒼は首を傾げるように揺れた。
「さ、場所を取って休むとするかの」
逃げるように襖を開けると、四十畳ほどある大部屋。
客もそこそこに散らばり、飯を食べたり、くつろいだり、眠ったりしていた。
それらを気にすることなく、弓月は大部屋へと入り、空いているところへと歩いていく。
わずか遅れながら、椿は大部屋の襖を閉めて弓月の後を追いかけた。
「ここにしようかの。周りの者から一番離れておるし、少しは気も休まるじゃろ」
「そうですね」
襖から見て左奥。大部屋の角の場所を取った。
荷物を壁に寄せて置き、傷みの少ない畳に腰を下ろした。
「明日の朝までここでゆっくりできますね」
「そうじゃな……休むとしよう」
この後、宿屋は混み合う事もなく、二人は荷物からおにぎりや干し魚、漬物といった持ち込みのご飯を食べ始めた。
宿屋といっても、素泊まりで食事は出ず、持ち込むのが普通である。
「あれ? 弓月さんは少食なんですね。蒼さんだったらもっと食べるのに」
「我は鼻が効かんからな。食べても美味さがわからんのじゃ」
「そうなんですか。あ、私の力で治せるんじゃあ?……」
椿が弓月へと近づこうとすると、弓月は静かに首を振った。
「これは肉体がどうこうという訳じゃない。我自身の問題じゃ。食べれない訳ではないから気にするな」
「そうですか」
「うむ。さ、蒼の身体のためにも少しは食べておいてやらないとな」
心配して出てきていた蒼もゆっくりと縦に揺れた。
食べても表情を変えずに食べる弓月の横で椿も食べ始めた。
(一緒に旅をするからには、もっと二人の事を知りたいな)
そんな事を思いながらおにぎりにかぶりついた。
食べ終わる頃には、窓の柵から覗く外は薄暗くなってきていた。
「私だけ、横になって良いんですか?」
「構わん。蒼自身、柔な鍛え方はしとらんからな。我も座って眠れる」
眠る体勢について話していると、椿にゆっくり休むように弓月が切り出したのだ。
「でも……」
「案ずるな。今は魂だけの情けない姿ではあるが、これでも戦を生き抜いておる。これくらいなんて事はない。それに椿を守ると蒼が約束した事を我が無碍にする訳にはいかんからな」
左肩にいる青い人魂を二、三回つっついた。
「お前は心配せず、体を休めると良い。旅に出たのも今日が初めてなら尚の事じゃ。少しずつ体を慣らしていってもらわねば、我らも困る」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
椿は弓月の傍で横になった。
弓月は横になった椿に赤い肩掛けを被せた。
「お前を放ってどこへもいかぬ。心配なら、我の尻尾でも触って寝るか?」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「冗談のつもりじゃったが……」
「え、あ」
「よいよい。ほれ、しっかりと触っておれ」
椿に寄って、尻尾を顔の傍へ寄せた。
「もふもふで気持ちいいです」
「そりゃ、我の尻尾じゃからな。蒼のは毛が少し硬いぞ。機会があれば頼んでみるんじゃな」
「はい、そうします……」
椿は目を瞑り、程なくして寝息を立て始めた。
「……寝たか。やはり、疲れておったな」
初めての旅、それも知り合って間もない相手との旅。
疲れない方がおかしい。
弓月は椿の頭を軽く撫で、真っ暗になった大部屋を見渡した。
狼の目は夜でも見えるようになっているおかげで他の客達が見える。
ほとんどが横になって眠っている。
中には壁に寄りかかって寝ている者もいた。
耳を澄ませても、規則正しい寝息が聞こえてきた。
寝込みを襲ってくるような奴は居ないようだ。
大部屋に赤の他人と一緒ならば、眠った人の荷物を盗もうとする下衆な奴もいる。
弓月はそれを警戒して、座って寝ることにしたのだが、取り越し苦労だった。
「我も少し眠らせてもらおうかの」
それでも、何かあってはいけないとそのまま尻尾を椿に触らせたまま、眠りについた。
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