スズネがぐっすりと寝た次の日。
リンネから魔法を教えてもらう事になったスズネだが。
魔法の勉強が理解できずに火をばーん!どかーん!もいたいのいたいのとんでいけー!も覚えるのを早々にあきらめていた。
「それじゃあ、違うやり方で魔力を使いましょうか」
魔法を勉強するのが嫌になったスズネのためにリンネは、魔力の違う使い方を教える事にした。
魔術師といえば、呪文を唱え、魔力を火や水、風などへと変換して顕現させ戦うものである。
魔力があっても魔術師に不向きなスズネのような人は、身体や武器に魔力を込めて強化して戦う。
リンネはスズネに大雑把なところがある事を知っている故に繊細な魔術は最初から無理だろうと考えていた。
そこで持ちかけたのがこの戦い方である。
身体や物へと魔力の込める方法を教えてから実際に身体を動かす稽古を進めていった。
武器の扱い方も教えてたが、その中でも一番教わったのは格闘である。
「武器なんて頼りにならない。戦いにおいて武器に頼らないことこそが真の強さなのよ。身体があってこそ戦えているのだからそこを疎かにしてはいけないわ」
そうリンネから耳にたこができるくらいに教え込まれ、格闘主体の魔力活用術とスズネでも覚えれる補助魔法を織り交ぜたスタイルが出来上がっていった。
「稽古をしているのはお父さん達には内緒ね」
「なんで?」
「強くなったのを見てもらうときに驚かせたいから」
「そっか! なら、おとうさんとおかあさんには、ないしょにする!」
「ふふ、そうと決まれば、いっぱい強くなるわよ!」
「はい! ししょう!」
「もう、リンネお姉ちゃんって呼んで」
「へへへ〜」
両親には内緒の稽古が日課となっていった二人。
数年後には、互いに強くなっていた。
スズネの腕試しとして旅人や冒険者、時にはモンスターとも戦い、厳しい場面がありながらも勝つことが多かった。
だが、リンネには負けてばかりだった。
「お姉ちゃん! 今日も稽古、お願いします!」
「ふふ、わかったわ。でも、今日は一人でも出来る様に教えてあげる」
「え? そんなの必要ないよ! だって、スズネはお姉ちゃんとずっと一緒だからね!」
「ありがと。でも、ずっとは難しいからしっかり覚えて」
成長したスズネに対しても、変わらずの優しさを向けるリンネだが、一人稽古を教えてからは一緒に稽古が出来ない日が多くなっていった。
「はっ! よっ! とぉりゃ!!」
「やってるわね」
「あ! お姉ちゃん、おかえりなさい! 今日も買い出し?」
「そ。いっぱい買ってきたわ」
「なら、荷物持ちくらいしたのに〜。稽古の一貫でしょ?」
「あれは筋力をつけるためだったし、今のスズネには効果はそんなにないのよ。十分、逞しくなったし」
「へへへ〜」
頭を撫でられ、にやけ顔でご満悦なスズネ。
撫でて、微笑むリンネだが、どこか寂しげに視線を落としていた。
「立派に一人稽古もできるようになったみたいだし、お姉ちゃんから教える事はないかなぁ」
「えー! もっとお姉ちゃんと稽古したい!」
「ふふ、嬉しいけど。これも稽古よ。人に教わったものを自分のものにする稽古。それができて、やっと熟練するの」
「わかんないよ」
「そのうち、わかるようになるわ。私の真似事じゃないスズネのやり方で強くなるの」
「別に真似事じゃないし」
『ーーーーーーーーー』
「ん? なんか言った?」
「え? 何も言ってないわよ?」
「むー、今日のお姉ちゃんは変だよ」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
むくれるスズネの頭をまた撫でる。
リンネから寂しげな雰囲気はなくなっていた。
そこには妹を想い、そのむくれる顔を優しく見る姉がいた。
それに気づいたのか、スズネもリンネの目を真っ直ぐ見るが、顔を赤らめていった。
「あれ? どうしたのスズネ」
「な、なんか、その、お姉ちゃんから「大好き」って言われてるみたいに感じちゃって」
「あら、スズネも勘が良くなったわね。私と同じ」
「え! それって!」
「ふふ。そんな確認、今更いらないでしょ。私は妹を愛してるもの」
「ふぇ……アタシもお姉ちゃん大好き」
「あら、相思相愛ね! 結婚しちゃう?」
「もう! からかわないでよ!!」
「ふふ、可愛いんだから」
そんなやりとりをした夜。
久々に一家団欒でご飯を食べていると、リンネは何でも屋になる事を両親に伝えた。
「だめだ! お前の実力なら冒険者になる事までは許そうと思っていたが、何でも屋は許さない」
「私はもうなると決めたから二人には伝えないといけないと思って伝えただけよ。別にお父さんに許可なんて求めてない。それに冒険者こそ許したらいけないと思うんだけど?」
「なんだとぉ!」
「お父さん、落ち着いて。リンネも怒らせる言い方しないの」
「馬鹿にはちょうどいいわ」
「父親に向かってなんだ、その口の利き方は!!」
「お母さんは反対?」
「私はリンネなら出来るでしょうから無理強いはしないわ、でも……」
「決闘だ」
父親は机を叩き、リンネを睨みつける。
それにリンネは驚く事なく、見据えた。
母親はその言葉に正気かどうか耳を疑っていた。
「俺を負かせることができるなら、許してやる」
「無傷で勝てれば、王都に一軒家建てて」
「あぁ!? 無傷だと!! 上等だ!! 娘だからと容赦しねぇぞ!!」
「お父さんだから殺さないであげるわ」
睨み合う二人からは闘争心と言うには足りない。
親子とは思えない程に殺気が出ている。
スズネも居合わせていたが、さっきまでの言い争いに口を出せることはなく、黙っていた。
「お母さん、二人とも怖い」
「スズネは私と一緒に家に居ましょうね」
「母さん、スズネを頼むよ」
「家に結界魔法かけておくから大丈夫よ」
「お母さん、スズネ、家から出ないでね」
そう言って、父親は自身の武器である剣を持ち、リンネは杖を持ち、腰元には短剣を持っていた。
そんな二人は出ていき、外から爆発音だったり、鋭音、 鈍い音、大きな声も聞こえてきた。
とにかく、色んな音が鳴り響いた。
だが、そう長くはなく、二人は帰ってきた。
「お母さん、手を貸してもらえる?」
ただ、父親はリンネの手によって襟首を掴まれ引きづられていた。
父親は血を流してはいないが、見えないだけで怪我を負っているようで、全身は汚れ、気絶していた。
それとは対照的にリンネは怪我も汚れもしていない。
至って、平常心で母親に助力を求めた。
「わ、わかったわ」
「スズネはもう寝なさい。遅くなっちゃうわ」
「ううん、アタシも側にいる」
「そう……。なら、治癒魔法の勉強と思って見てて」
リンネは、猛反対した父親を無傷でコテンパンにした。
決闘で負わせた父親の怪我も一晩で回復させ、次の日に旅立つことになった。
「これだけ一人でできれば、問題ないでしょ? 私に心配は不要ですから、スズネのことお願いしますね?」
「わかったわ」
「大丈夫! 安心して、リン姉! リン姉との稽古で鍛えられたし!」
「リンネに……」
その言葉を聞いて、血の気の失せた父親はさらに青い顔にっていた。
昨日の決闘で死に目を見る程だったのかもしれない。
「スズネはそう言ってるし、安心ね、お父さん」
「あ、あぁ……そうだな」
母親は娘の成長を喜ぶが、父親はと言うと軽く娘が自分よりも強い事にトラウマを覚えつつあった。
いや、きっと覚えただろう。
リンネは日頃父親に対して思う事があったのか、昨日の決闘で発散できたようで表情は晴れやかだった。
そして、スズネを真っ直ぐに見た。
「スズネ。お姉ちゃんは先に何でも屋をやっちゃうの許してね」
「いいよ! リン姉の強さはスズネが一番わかってるし、アタシも嬉しいし!」
「良かった。でも、その代わり、スズネが何でも屋を始める時はお姉ちゃんがお手伝いするから。歳が十八になった時に旅立つようにね」
「わかった! リン姉みたいに強く……いや、リン姉より強い何でも屋になるね!」
「あら、頼もしい。お姉ちゃんも強くならなくちゃ」
「だめ! それじゃ、追いつけないじゃん!」
「ふふ、それはどうかな? やってみなきゃわからないわよ?」
「ぶ〜! お姉ちゃんの意地悪」
「ところで、その「リン姉」って呼び方は昨日思いついたの?」
「うん! リンネお姉ちゃんは長いからリン姉って呼ぼうと思って! ダメだった?」
「ううん、いいわよ。その呼び方をもって、免許皆伝としましょう!」
「なにそれ、カッコいい!!」
自信満々に微笑むリンネとそんな姉に目を輝かせるスズネ。
楽しそうに話す二人を見て、母親は微笑ましく見ていた。
「知らない内に二人とも逞しくなっちゃいましたね。流石、あたしの娘」
「そうだった……母さんの娘だ」
「どうしました? お父さん?」
「いや、なんでもない」
過去の記憶から何かを思い出したのか、完全回復したはずなのに父親は顔を青くしたままで頭を抱えた。
「あ! お父さん、約束はちゃんと守ってね?」
「わ、わかっている! 俺も準備ができたら王都に向かうからその時だ」
「わかったわ。……それじゃね、スズネ! 王都でまた会いましょ!」
「わかった! またね~!」
リンネは王都へと。
大きく手を振るスズネ、優しく見送る母親、顔を青ざめたまま父親に背を向けて旅立っていった。

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