アタシが店内へ出て、テーブルを拭いたりしていると、少しずつ常連のお客さんや日の浅いお客さんがやってきた。
「お! 今日はスズネちゃんが居るんだな! これは美味い酒が飲めそうだ!」
「どうも! 程々にしてくれないとお客さんが吐き出したのをそのまま口に戻すからね」
「はははっ! それはおっかねぇな! そんなに飲まないから安心してくれ!」
ついつい飲み過ぎてしまいがちな常連のお客さんに念をおしていると、後ろのテーブルからうわついた声が聞こえてきた。
「あのバニーさんが噂の……」
「めっちゃ可愛いな」
「ありがと! でも、あんまり見てると顔面殴るから気をつけてね」
「ひぃ……でも、可愛い」
にこやかに怖い言葉と添えて拳を見せつけたのに、なんだか嬉しそうにしてくるのが少し気持ち悪い。
これもお酒のせいなのかな?
「こら、スズネ! お客さんになんてこと言ってるの! これ、早く持っていきなさい!」
「は、はーい!」
お客さんはどんどん入ってきて、バーの中は音楽につられてさらに賑やかになっていった。
アタシはお客さんのオーダーを聞いたり、飲み物やツマミを持っていくので店内を動き回る。
ハイネはお客さんの話し相手になりながら、オーダーの品を作ってる。
ただ、品を作っていると言ってもハイネの魔法がと言った方が良いかな。
ハイネ自身は本当にお客さんとの話し相手だけしかせず、オーダーの品の調理は全部が魔法で物を動かしてやってるし、音楽の演奏も魔法でやってのける。
今日の手伝いまでに一度も楽器を弾く人に会った事がないんだからいつもそうしているんだと思う。
しかも、アタシが居ない時はオーダーを頼むお客さんの所へメモ帳と鉛筆が飛んで行き、オーダーを書いてもらい、それを見て、オーダーの品を作り、その品をお客さんの下へ飛ばして渡しているらしい。
これだけの事をしながら、疲れた顔を見せないハイネのタフさと魔力の多さには頭が上がらない。
あの時、負かされたのも今となれば納得がいってしまう。
「いやぁ〜、ここは良いなぁ! 美人なハイネさんはいつも居てくれるし、オーダーはすぐに通るし、運が良ければ、スズネちゃんの可愛い姿も見れるし、最高だぁ! ヒック」
常連のお客さんが大声で言うと周りのお客さんも大きく頷いていた。
「あら、おだててもお酒かおつまみしか出ませんよ。もちろん、お代金も貰います」
「ハイネさんはちゃっかりしてるね〜! はっはっはっ!」
「そういや、スズネちゃん!」
バーカウンターで飲む他の常連のお客さんに声を掛けられて駆け寄った。
この人も軽く出来上がっている。
「なんでしょ、オーダー?」
「いやいや、アレはもうしないのかい?」
「アレ?」
「あー!! 懐かしいなぁ!! アレはここでしか見られない良い肴だった!! ヒック」
「だろぉ〜。また見たくなってね。で? 最近はどうなの?」
「アレって、言われても……」
「ほら! スズネちゃんがここで働き始めたばかりの時にハイネさんと決闘してたじゃないかぁ〜! アレだよアレ!」
「あー、アレね〜」
ちょうどアタシが思い出していた事を常連のお客さん達も思い出してたみたい。
目を逸らして、口元にメモ帳を押し当てた。
もう決闘する理由が無くなったからする事は無いんだけどなぁ。
「アレはもうしませんよ。私も疲れますし、もうスズネには売れない何でも屋の家兼事務所がありますから」
「ちょっと! 売れないってのは余計じゃない!?」
「でも、本当のことでしょ? 今はこうしてバーで働いているバニーガールさん?」
「あぁーー!!! 喧嘩売った? ねぇ? 今のは間違いなく売ったよね!?」
「売ってないわよ」
「やったれ〜! スズネちゃん! ヒック」
「今度こそハイネさんをギャフンと言わせてやれ〜!」
「うっしゃー!! やったるぞぉー!!」
アタシがハイネに向かって、パンチの素振りをすると常連のお客さん二人も拳を突き上げて、応援してくれた。
「お? なんだ、喧嘩か?」
「もしかすると、アレが始まるか?」
「アレってなんだよ」
「ちょっと前にあったハイネさんとスズネさんの決闘の事だ」
「なにそれ! 見てみてぇ!」
「バッニーィ! バッニーィ!」
「バッニーィ! バッニーィ!」
その騒ぎに周りのお客さんもなんだなんだ?とこっちに注目が集まり、懐かしいコールまで始まる程に騒ぎ出した。
「ちょっと! そんなに騒がないで!? わかったわ! 今夜だけ一杯だけタダにするから!」
そのハイネの声にお客さん達はより一層賑やかになった。
今夜も騒がしくなりそうなハイネのバー。
「アタシも一杯もらっちゃお〜。あたっ」
「貴方はお客さんに持っていきなさい」
「うぇ〜い」
「ハイネさん! この店で一番高い酒くれぇー!」
「あ、俺も俺も!!」
「はいはい、任せといて」
バーカウンターのお客さんは常連のお客さんで。
みんなハイネへとオーダーを頼んでる。
ハイネはその相手に付きっきりになりながら裏で飲み物と追加のおつまみを作るんだろうな〜。
「スズネちゃん! オーダー、お願い〜!」
「こっちも頼よ〜!」
「はいはーい! 順番に聞いていくから〜!」
だよね〜、アタシは他の人のオーダーを聞かないとだよね〜……アタシも忙しくなりそう……。
お客さんが言ってた「アレ」の日もこんな日だったっけ?
あの頃に比べれば、アタシも慣れちゃったなぁ。

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