第五話 平穏京の羅京門

 

 宿屋での野盗退治から三日目の昼が過ぎた頃、京へと辿り着いていた。
 
「やっと着いたな」
「ここが京……なんですね」

 二人して、三度笠さんどがさをくいっと上げ、大きな門を眺める。
 平穏京へいおんきょう
 そう名付けられている京の都。
 三百年程前に起きた大乱『生骸大乱せいがいのたいらん』の後に建立された。
 人々が平穏無事に暮らしていけるようにと願いを込められた名の通り。
 人々をおとしいれ苦しめるような出来事は起きていないらしい。

「表向きではそうじゃろうが、中はどうなっているのやら」
「私も人から聞いた事なので」

 椿つばきが茶屋の客から聞いていた事を話していた。
 その途中であおから弓月ゆみづきと変わっていた。
 流石の椿もこの数日で慣れてきたようである。

「まぁ、何にせよ。政をしている者達の内情を知っている者は少ない。おいそれと話したりもせんじゃろう」
「あ、貴族の誰かが失脚したとか、次の天皇は誰になるかとかも話されてましたよ」
けたかの結果に過ぎん。話のネタには困らんじゃろうがな。さ、中に入るぞ。ここで話していても仕方ない」

 道端から人の往来おうらいに入り、目の前の大きな門へと近づいていく。
 大きな門とは言え、立派な建物の中に大きな門があると言った方が良い。
 その門を羅京門らきょうもんと呼ばれており、柱や屋根瓦のはりに至るまで赤く、壁は白く塗られ神社の本殿の如く立派に建っている。
 羅京門から伸びるように塀は成人男性二人分の高さがあり、築地塀ついじへいがある。
 背の低い石垣の上に泥土を突き固めたへい
 塀壁へいかべは白く、塀との縁は赤く塗られた屋根瓦のあるこれまた立派な塀である。
 羅京門にはもちろん見張り番が立っていた。
 入る者、外へ出ていく者と何かやりとりしているようだ。
 そのせいで行列ができていのだ。
 二人はそこに並び待っていると、順番がやってきた。

「二人か?」
「いや、こやつも入れれば、三人じゃ」
「人魂? 悪さはしないだろうな?」
「当然じゃ」
「わかった。何用で京まで?」
「ちょっとした人探しじゃ」
「人探しか……入京札にゅうきょうふだは?」
「入京札? なんじゃ、それは」
「入京札を知らない? お主らは妖怪であろう?」
「我と人魂は、そうじゃが。この娘は半妖じゃ」
「同じようなものだ。持っていないなら平穏京へ入れる訳にはいかない」
「……金ならあるんじゃが、ここで買えたりできんのか?」
「出来ない。それに半月経たぬうちにまつりごとが行われる。妖怪や半妖は妖術を使えなくするための札が入京札。それを身につけねば中に入れるわけにはいかぬ」

 見張り番にそう言われ、二人は羅京門から離れた。

「まさか、そんな札がいるなんて知りませんでした……」
政元まさもとの奴も知らなかったかもしれんな。でなければ、三人分渡してくれるか、手に入れる手段も教えてくれそうなものじゃ。いや、そもそも蒼と我にとっては身につけるのもあやういの……」

 見張り番の言う事が正しいならば、入京札を身につけると妖術を使えなくなる。
 蒼と弓月の妖術も使えなくなる可能性があり、人魂になっている側が危険に晒される。
 入京札はそもそも手に入れない方が良いとさえ考えられる。
 
「それじゃあ、弓月さんが探している相手が見つけられないですよ」
「いや、他にもやりようはある。例えば、この往来の人々に話しかけても良いし……あそこの虚無僧きょむそうに話しかけても良いな」

 道端に座っている虚無僧。
 頭から首元まである天蓋てんがいかぶり、顔が見えない。
 小袖こそで大掛絡おおくわらを羽織り、使い古された麻衣の敷物の上に座り、脚絆きゃはん足袋たびが見える。
 草履ぞうりは虚無僧の後ろにそろえて置かれていた。
 時折、鈴をしゃりんと鳴らしては尺八しゃくはちを手に取って、深く低い音色をかなでていた。
 今は、眠っているように静かに座っている。

「なんだか、怖いんですが……」
「顔が見えぬから正体はわからんが、訳ありな者が多い。本来なら関わりたくないが、こんな所で目立つような事をする理由もありそうじゃ」
「え、大丈夫ですか、話しかけて」
「怖いなら、ここから見ておれ。我なら大丈夫なのは知っておろう」

 弓月は椿をおいて、虚無僧の前に立った。
 それに気付いたようで虚無僧も頭を上げてきた。
 天蓋の格子状にまれた隙間から弓月の事を覗く目が見えた。

「聞きたいことがあるのじゃが、良いかの?」

 少し間をあけて、頷いてきた虚無僧はじっと弓月を見る。

「ここいらで九尾きゅうび。九つの尾がある狐にまつわる伝承や言い伝えのようなものを聞いた事はないか?」

 それを聞いて、虚無僧は左後ろへと向いた。
 その先には山が見える。
 波打っているように見える山。
 その周辺に建物があるように見えた。

「あそこに九尾に関することでもあるのか?」

 また虚無僧は頷いて、その山を指差した。
 何かを説明するかのように山のふもとを指差した後、山の頂へと向けていく。
 だが、弓月はその指先ではなく、説明している虚無僧に目を向けていた。
 モゴモゴ、フガフガと言葉にも声にもなっていない音が虚無僧から聴こえていたからだ。

「お主……もしや、喉を焼かれでもしたか?」

 その言葉に、虚無僧は驚いたように体をねさせた。
 山を指していた腕はそのままだが、指先から力が抜けた。
 天蓋を被った顔を弓月へと向けた。

「なぜ、わかったと言いたげじゃな。事情は言えぬが、そういった事には誰よりもわかっておるつもりじゃ」

 数えきれない人や妖怪を焼き尽くしたからこそ、どう焼き殺すのが一番良いかを知っている。
 それも生きたままに焼くにはどうすれば良いか。
 さけびび声をあげることも息も出来ないようにしてやればいい。
 のどというよりも首を焼き切る。
 そうすれば、苦しみも最小限。
 耳への負担も少なくて済む。
 そんな悲しい体験談は弓月の胸の中でとどめた。

「声が出ないなら聞いても答えられんな。ちょっと見せてみろ」

 しゃがんで虚無僧へと食ってかかる。
 少し慌てはしたものの、軽く体を震わせて弓月のすがまま。
 天蓋を軽く持ち上げ、下から覗き込むとせこけた喉とあごが見えた。
 だが、火傷の後は見えない。

「……煮えたぎった湯でも飲まされたか?」

 おっかなびっくりと言った感じに虚無僧は頷いた。
 ならば、口の中を見るまでもない。
 痛々しい事になっているに違いない。

「椿よ! こっちに来てくれ〜! 怖がる事はない! むしろ、助けてやって欲しいんじゃ!」
 
 青い人魂も弓月の頭の上で大きく上下に揺れている。
 それを聞いて、小首を傾げた後に椿は小走りで駆け寄ってきた。

「た、助けてやってってどういう?」
「事情は分からぬが、煮湯を飲まされて声も出ない程にひどいようじゃ」
「え!? それは治さないと! 虚無僧さん、首元を見せてもらえますか?」

 しゃがみ込むと虚無僧は天蓋を少し上げて、首元を晒した。
 その痩せ細った首元を見て、悲しそうに顔を歪めた椿は意を決するように治癒の妖術を使う。
 淡い光が首元を照らし、外からはわからないが治していっているようで。

「結構ひどいみたいで、ちょっとだけかかりそうです」
「構わん、しっかりと治してやれ」

 椿の治療を道行く人々は不思議そうに見ながら流れていく。
 ただ一人、平穏京から出てきた男を除いては。
 白い狐面きつねめんを被った男が平穏京の塀を背に立ち、三人を眺めていた。
 目につくその男を弓月が気づかないわけもなかった。
 だが、危害を加えるようにも見えなかった事で騒がず捨て置いていたのだった。

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