第五話 遅い子は置いてっちゃうぞ〜?

 

 シグが一人で寝るようになってから数日。
 食べ物はリンネと同じ物を食べるようになった。
 会話も添い寝騒動から問題ないと判断され、冗談混じょうだんまじりの事や魔術の小難しいところまで話すようになった。

「この完全栄養エステラルポーションって、師匠ししょうが僕に無理矢理飲ませた物ですか?」
「無理矢理って……まぁ、そうね! と言ってもあれは、シグくんのためにアレンジしたから内容は違えど、完全栄養エステラルポーションだったの。ちなみに、出会い頭のシグくんに飲ませたのがそこに書いてある通りの物よ」
「どっちも師匠が作ったんですか?」
「もちろん! 入手困難な材料、難解なんかいな調合手順で作られた物を買うお金はなかったからね」
「だからって、作れるなんて凄いですね」
「ふふ〜ん、ワタシが師匠って事を誇っていいのよ! そして、リンネお姉ちゃんと言ってもらえれば、更に親密さが高まって最高ね!」
「……これさえなければなぁ」
「シグくんっ!?」

 とこんなやり取りもありながら。
 運動も壁伝かべつたいな歩き方ではなく、ちゃんと歩けるようになった。
 まだ走るには危ないので、引き続きの柔軟と地下図書館内の散歩。
 散歩ついでに何冊か図書を運ぶという筋力トレーニングが行われた。
 地下図書館の管理室というより、シグの自室となった部屋へ運ぶ。
 リンネと話した魔術の復習はもちろん、動植物の図書や魔物の図書をリンネが留守の間にこなしていた。
 リンネが留守の時というのはもっぱら地下図書館の外の様子を見るために費やされている。
 そのため、戻ってきたリンネからは外がどうだったかのやり取りをする事が多かった。

「今日はゴブリンが群れを成して、地下図書館の入り口を探し回ってたわ。どれも見当違いなとこばかり探してたけどね」
「そうなんですね。ゴブリンは魔物の中でも危険度が低い魔物ですが、群れとなれば大変だったんじゃ?」
「いやいや、好き勝手にワタシの間合いに入ってくれるから一網打尽いちもうだじんね。こずるい事もしてくる時はあるけど、遮蔽物しゃへいぶつがない草原ではやり口も限られてくるわ」
「砂をかけて目潰しとか?」
「してくるけど、風の初級魔術で対処できる」
「遠くから弓矢で」
「火の初級魔術で焼ける程、貧弱な矢で。かつ、連携は取れてないから他のゴブリンに当たって、仲間割れし始める始末」
「えっと、他には〜」
「魔術が使えるゴブリンがいるかもしれないくらいかしらね。今回は居なかったけど。居たとしてもさっきの弓矢と同じ。他のゴブリンに魔法が当っても仲間割れが起きずに勝手に死ぬくらいかな」
「そんなに連携が取れてないんですね、仲間同士で殺し合ってしまうとは」
「まぁ、下級ゴブリンばっかりだったのもあるけど。あとは寄ってたかって近接で来るしかないからそこを火の上級魔術で焼き尽くす〜」
「そう聞くと大した事ないですね。まぁ、相手が師匠ですから」
「そうね。今のシグくんにはしのげない相手と数なのは間違いないから敵の裁量さいりょうも良い線いってる」
「……確かに今の僕じゃ敵わない」
「ふふ、そうやって弱さを認められるのは良いわ。実力は過信せず、謙虚けんきょであるべし」
「それは誰かの名言ですか?」
「ワタシの名言よ〜」
「……なるほど、勉強になります」
「あ、そこは素直なのね」

 時折、リンネの持論が披露ひろうされる。
 シグはそういう事をいじる事なく、その言葉を熟知するためにメモを取るほどだった。
 ちなみにメモ用紙に使っている紙は作業室、今はリンネの部屋となっているところから拝借したものである。
 もちろん、ベッドは無かったが、違う日に行くと置かれていた。
 作ったか、買ってきたのだろうと思い、シグはその事について何も言わなかった。

「師匠はなんでもできるんですね」
「まぁ、やろうと思えばね」

 おこがましいと思いながらシグはなんでもできるリンネと自分を比べる時があった。
 そんな事をしたところで惨めになるだけなのに、不意に思う事がある。

「シグくんとは人生経験が違うからね。あと、器用貧乏ってのもあるだろうけど。ワタシよりも凄い力を持った人なんて少なくとも二人は心当たりがあるの」
「そんな人が居るんですか?」
「ええ、居るわよ」

 そう言ったリンネはシグに微笑ほほえみかけて、優しく頭をでた。

「ちょっ、子供扱いしないでください!」
「嬉しいんでしょ〜? お姉ちゃんに甘えなさ〜い」
「甘えませんよ! 師匠には!」

 甘えてしまえば、自分はいつまで経っても強くなれない気がして……
 早く強く、大きくなりたいと前よりもシグの中で大きくなっていった。
 そんな時にシグに問題が起きた。
 中級魔術を唱えた時である。
 リンネの魔術講義の延長で中級魔術を実際にやってみる事になった。
 
『火よ、たかぶる炎となりて、紙を燃やし尽くし給え』

 床に置いた紙に対して呪文を唱えた。
 確実に火の中級魔術は発動し、ゆっくりとだが効力を発揮していた時。

(よし、これで僕も中級魔術が……あれ?)
「シ、シグくん!?」

 立っていたシグがいきなり倒れ始め、床とぶつかる前にリンネは抱き止める事ができた。
 シグの顔にはあせにじみ、呼吸も荒くなっているのを見た後、リンネは魔術の効力も切れているのを見た。

「魔力切れ……たった一回で。しかも、効力を発揮仕切はっきしきれてない。あの文言は本当だったのね」

 汗をき取ってから、ぐったりとするシグを負ぶって、シグの部屋のベッドまで運んだ。
 リンネの部屋から魔力回復ポーションを取ってきて、服用させる。
 それからまた少し寝かせておくと、シグが目を覚ました。

「し、師匠?」
「大丈夫そ?」
「ええ、少し身体がだるいですが……あの、何が起きたんですか?」
「魔力切れね」
「魔力切れ? そんな、僕の魔力は余裕で中級魔術を放てるって師匠自身が言ってくれたじゃないですか……それがなんで?」
「確信がなかったから言わなかったんだけど、これではっきりしたわ」
「何が、ですか?」
「シグくんには魔力制限の魔術が掛けられてる。とても強大なのがね」
「魔力制限の魔術……」
「シグくんだけじゃなくアグゼミドの血族はみんなそうなのだとこの書物に書かれていたわ」

 ひざに置いていた本を開き、何ページかめくってからシグへと手渡した。
 リンネはそれを覗き込んでとある記述きじゅつを指で軽く叩いた。

『アグゼミド王家の血筋は強大な魔力を持つが故に、魔力の暴走が起きる事がある。それは幼少期に起こりやすく、起きれば被害は甚大じんだいである事から生まれて間もなく、魔力制限の魔術をほどこす』

「これって……」
「古い書物だから、シグくんに掛けられているかわからなかったけど。さっきのではっきりしちゃったわね」
「そんな……じゃあ、僕はもう強くなれないって事ではないですか?」
「なんでそう思うのかしら?」
「だって、師匠みたいに強い魔法が使えないならゴブリンにだって勝てないじゃないですか!?」
「それはワタシの戦い方であって、シグくんに合ってないだけと思えない? それにまだ使えないって決まった訳じゃないのよ?」
「……え?」
「意識もはっきりしてるし、歩けそうね。さっき中級魔術を行使したところへ戻ろっか」
「え、ちょっと、師匠?」
「遅い子は置いてっちゃうぞ〜?」

 リンネはシグよりも先に部屋を出て、シグは少しよろめきながらもついて行った。

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