第八話 伏見九ノ峰大社

「本当に変わった人でしたね」
「あれはただの変わり者ではない。人間にしては察しが良すぎる。それに我の事を知っておった。話には出さなかったが、椿つばきの事も……あおの事さえも知っておるような気さえした。我らの旅の目的も十中八九じゅっちゅうはっく、知っておるじゃろう」

 私の事も……とつぶやく椿。

「そ、それよりも弓月ゆみづきさんとあおさんの旅の目的ってなんですか? ひぃじいからは訳ありの旅とは聴いてますけど……」

 この道中、椿は旅の目的を聞かされていない事に気づき、弓月の袖を引いた。
 
「……椿には話しておかねばの。じゃが、こんな所で話すにはちと長話でな。また我からは今度にしよう。それに伏見九ノ峰大社に行けば、否が応でもその話になるじゃろう。その時によく聞いておいてくれ」
「は、はい」

 立ち止まって、話してくれると思いきやそうではなかった。
(弓月さんから聞ければ嬉しい、もちろん、蒼さんでもいい。二人のどちらかから聞ければ。)
 そう思ったが、外で話せる程の気軽な話ではないのはわかった。
 
「なに、心配する事はない。我も居れば、蒼も居る。いざという時は頼ってくれれば良い、いいな?」
「はい……」

 椿の機微きびを感じ取ったのか、弓月は心配そうにしている椿の頭を撫でた。
 謝るようになだめるように優しく。
 青い人魂も出てきて、二人の周りを飛んで、二人の目の前で縦横に大袈裟おおげされたりもした。
 空気を和ませるためなのか、何か言いたかったのか、それとも、先を急がしているのか。
 わからなかったが、二人は顔を見合わせて、笑った。

「何をやっとるんじゃ、体はまだ我が使うぞ。あそこにあの方がいらっしゃるに違いない」
「えっと、あの方って言うのは……また話せない感じですか?」
「確かにこれも長話になるが……いや、つまんで旅の事も話すとするなら……我はあそこに居られる方と約束をしておるのだ。この旅もそれを果たすため。過酷な旅になるかもしれぬ」

 弓月はまた足を止めて、椿へと向き直った。

「我も蒼も椿を守る。それは鉄慈との約束もあるが、この旅に巻き込んだ我らの責任でもある。じゃが、もし、我や蒼が不覚を取った時は鬼の力強さと治癒の妖術で助けてくれ、良いな?」
「は、はい。でも、鬼の力強さって言われても私そんな力強くないと思うんですけど、大丈夫ですか?」

 ん?と、首を傾げる弓月に。
 え?と、首を傾げる椿。

「なら、椿よ。都合よくあそこに木があるな? それを思い切り殴ってみるのじゃ」
「え……でも、私の手が痛くなるだけな気がするんですが」
「良いから、やってみろ!」

 渋々と椿は木へと向かい合い、思い切り殴った。
 木はめしゃっ!という音を立て、椿に殴られた場所は減り込んでいた。
 椿は目の前の出来事に驚いているのか、殴りかかった木に自分の拳を付けたまま動かずにした。

「あ、あれ? 私ってこんなにも力強かったの……? え?」
「戸惑うのもわかるが、木が倒れてきよるぞ!」
「ふぇ?」

 なんとも気の抜けた声を出しながら顔を上げた。
 メキメキときしむ音につれて、ゆっくりと木が倒れかかってきていた。
 わたわたと慌てる椿に木は容赦なく道へ倒れ込んだ。

「本当に力持ちじゃの。鬼とはいえ、女子で殴り倒した木を持ち上げれるのは大したもんじゃ」
「な、なんか物凄く複雑です……知りたくなかったかも……」
「かっかっかっ! 自分のことがわかってよかったではないか!」

 ははは〜……そんな乾いた笑顔を見せながらゆっくりと木を道端に寄せた。
 その様子が面白かったようで弓月はしばらく笑っていた。

・――・――・

 伏見九ノ峰大社へはそう遠くはなく、椿が立ち直るよりも早く着いた。

「いつまで落ち込んでおる。力が強いのは良いことではないか」
「私、力持ち……」

 あまりの力の強さに気づかされ、女の人としてどうなのだろうと落ち込む椿。
 だが、彼女は鬼の半妖である。
 見た目は人と同じように小柄で筋肉質ではない。
 その差も相まって、落ち込んでいるのだ。
 蒼と出会った時のかご、今背負っている荷物。
 どう考えても今更と言える。

「はぁ、これはまだしばらく放っておくかの」

 そんな椿を道中も気にかけていながらもそっとしていた弓月は、伏見九ノ峰大社ふしみくのみねたいしゃに続く坂道を眺めていた。
 隙間すきまなく敷かれた石畳の坂道、大きな鳥居が立派に建っている。
 坂道の先にもう一つ鳥居があり、さらに奥には大社が見えている。

もうでる者が少ないと聞いていたが、すたれているようには見えんな。小綺麗過ぎる気もする」

 坂道にはこけもなければ、落ち葉もない。
 鳥居にも汚れがない。
 建立されたのが随分と前のはずなのに、建てられて間もないような綺麗さを感じさせる。
 神社や寺など、参拝者が居なければ、れていくものだが、この大社は他とは違うようである。

(この大社にはあの方の妖気に似たものを感じる。ここに居らずとも近くには居そうじゃな。それにあの方には千里眼もある。もうこちらに気づいて居られるじゃろうな)

「これ、椿よ。いつまで落ち込んでおる! 大社に詣でるぞ! そのような顔ではバチが当たるやもしれんぞ」
「でも……あ、ここの神様に気に入ってもらえれば、この力持ちなところをなかった事に」
「やめておけ、というよりも自分を守るためのすべだと思ってあきらめておくんじゃな」
  
 はい〜……と元気のない返事に。

「それにもう立札がないのを見るに、願いはかなえるつもりはないんじゃろ。それにもうすでに誰かが願いを叶えてもらったのやもしれん」
「そうですよね、もう叶えられませんよね〜」
「そんなことよりも行くぞ、こんなことをしていては夜になってしまう」

 弓月は先に緩やかな坂道を歩き出し、椿も歩み出した。
 鳥居を潜り、二個目の鳥居も潜った。
 正面に溢れる大社はちょっとずつ膨れ上がるように見えてきた。
 屋根は黒く、柱やはりは陽の光を浴びて赤く映えている。
 土壁は白く塗られ、鉄杭てっくいの打たれている箇所には金が惜しみなく使われている。
 何とも御利益のありそう大社の前には狛犬ではなく、狐の像が参拝者を見定めるように両側に座っている。
 最後に石階段を上がっていくとそこには一人の巫女がいた。
 
「お待ちしておりました。弓月様に椿様、そして、蒼様」

 白い狐耳に白い尻尾を持つ巫女にはもはや、挨拶は不要のようであった。

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