「本当に変わった人でしたね」
「あれはただの変わり者ではない。人間にしては察しが良すぎる。それに我の事を知っておった。話には出さなかったが、椿の事も……蒼の事さえも知っておるような気さえした。我らの旅の目的も十中八九、知っておるじゃろう」
私の事も……と呟く椿。
「そ、それよりも弓月さんと蒼さんの旅の目的ってなんですか? ひぃじいからは訳ありの旅とは聴いてますけど……」
この道中、椿は旅の目的を聞かされていない事に気づき、弓月の袖を引いた。
「……椿には話しておかねばの。じゃが、こんな所で話すにはちと長話でな。また我からは今度にしよう。それに伏見九ノ峰大社に行けば、否が応でもその話になるじゃろう。その時によく聞いておいてくれ」
「は、はい」
立ち止まって、話してくれると思いきやそうではなかった。
(弓月さんから聞ければ嬉しい、もちろん、蒼さんでもいい。二人のどちらかから聞ければ。)
そう思ったが、外で話せる程の気軽な話ではないのはわかった。
「なに、心配する事はない。我も居れば、蒼も居る。いざという時は頼ってくれれば良い、いいな?」
「はい……」
椿の機微を感じ取ったのか、弓月は心配そうにしている椿の頭を撫でた。
謝るように宥めるように優しく。
青い人魂も出てきて、二人の周りを飛んで、二人の目の前で縦横に大袈裟に揺れたりもした。
空気を和ませるためなのか、何か言いたかったのか、それとも、先を急がしているのか。
わからなかったが、二人は顔を見合わせて、笑った。
「何をやっとるんじゃ、体はまだ我が使うぞ。あそこにあの方がいらっしゃるに違いない」
「えっと、あの方って言うのは……また話せない感じですか?」
「確かにこれも長話になるが……いや、掻い摘んで旅の事も話すとするなら……我はあそこに居られる方と約束をしておるのだ。この旅もそれを果たすため。過酷な旅になるかもしれぬ」
弓月はまた足を止めて、椿へと向き直った。
「我も蒼も椿を守る。それは鉄慈との約束もあるが、この旅に巻き込んだ我らの責任でもある。じゃが、もし、我や蒼が不覚を取った時は鬼の力強さと治癒の妖術で助けてくれ、良いな?」
「は、はい。でも、鬼の力強さって言われても私そんな力強くないと思うんですけど、大丈夫ですか?」
ん?と、首を傾げる弓月に。
え?と、首を傾げる椿。
「なら、椿よ。都合よくあそこに木があるな? それを思い切り殴ってみるのじゃ」
「え……でも、私の手が痛くなるだけな気がするんですが」
「良いから、やってみろ!」
渋々と椿は木へと向かい合い、思い切り殴った。
木はめしゃっ!という音を立て、椿に殴られた場所は減り込んでいた。
椿は目の前の出来事に驚いているのか、殴りかかった木に自分の拳を付けたまま動かずにした。
「あ、あれ? 私ってこんなにも力強かったの……? え?」
「戸惑うのもわかるが、木が倒れてきよるぞ!」
「ふぇ?」
なんとも気の抜けた声を出しながら顔を上げた。
メキメキと軋む音につれて、ゆっくりと木が倒れかかってきていた。
わたわたと慌てる椿に木は容赦なく道へ倒れ込んだ。
「本当に力持ちじゃの。鬼とはいえ、女子で殴り倒した木を持ち上げれるのは大したもんじゃ」
「な、なんか物凄く複雑です……知りたくなかったかも……」
「かっかっかっ! 自分のことがわかってよかったではないか!」
ははは〜……そんな乾いた笑顔を見せながらゆっくりと木を道端に寄せた。
その様子が面白かったようで弓月はしばらく笑っていた。
・――・――・
伏見九ノ峰大社へはそう遠くはなく、椿が立ち直るよりも早く着いた。
「いつまで落ち込んでおる。力が強いのは良いことではないか」
「私、力持ち……」
あまりの力の強さに気づかされ、女の人としてどうなのだろうと落ち込む椿。
だが、彼女は鬼の半妖である。
見た目は人と同じように小柄で筋肉質ではない。
その差も相まって、落ち込んでいるのだ。
蒼と出会った時の籠、今背負っている荷物。
どう考えても今更と言える。
「はぁ、これはまだしばらく放っておくかの」
そんな椿を道中も気にかけていながらもそっとしていた弓月は、伏見九ノ峰大社に続く坂道を眺めていた。
隙間なく敷かれた石畳の坂道、大きな鳥居が立派に建っている。
坂道の先にもう一つ鳥居があり、さらに奥には大社が見えている。
「詣でる者が少ないと聞いていたが、廃れているようには見えんな。小綺麗過ぎる気もする」
坂道には苔もなければ、落ち葉もない。
鳥居にも汚れがない。
建立されたのが随分と前のはずなのに、建てられて間もないような綺麗さを感じさせる。
神社や寺など、参拝者が居なければ、廃れていくものだが、この大社は他とは違うようである。
(この大社にはあの方の妖気に似たものを感じる。ここに居らずとも近くには居そうじゃな。それにあの方には千里眼もある。もうこちらに気づいて居られるじゃろうな)
「これ、椿よ。いつまで落ち込んでおる! 大社に詣でるぞ! そのような顔ではバチが当たるやもしれんぞ」
「でも……あ、ここの神様に気に入ってもらえれば、この力持ちなところをなかった事に」
「やめておけ、というよりも自分を守るための術だと思って諦めておくんじゃな」
はい〜……と元気のない返事に。
「それにもう立札がないのを見るに、願いは叶えるつもりはないんじゃろ。それにもうすでに誰かが願いを叶えてもらったのやもしれん」
「そうですよね、もう叶えられませんよね〜」
「そんなことよりも行くぞ、こんなことをしていては夜になってしまう」
弓月は先に緩やかな坂道を歩き出し、椿も歩み出した。
鳥居を潜り、二個目の鳥居も潜った。
正面に溢れる大社はちょっとずつ膨れ上がるように見えてきた。
屋根は黒く、柱や梁は陽の光を浴びて赤く映えている。
土壁は白く塗られ、鉄杭の打たれている箇所には金が惜しみなく使われている。
何とも御利益のありそう大社の前には狛犬ではなく、狐の像が参拝者を見定めるように両側に座っている。
最後に石階段を上がっていくとそこには一人の巫女がいた。
「お待ちしておりました。弓月様に椿様、そして、蒼様」
白い狐耳に白い尻尾を持つ巫女にはもはや、挨拶は不要のようであった。

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