第十一話 第二の試練

 

 一つ目のやしろを後にして、ゆるやかな下り坂を歩いていた。
 
御供おそなえは毎回あんな感じなんですかね?」
「かもしれないな。あの狐、稲荷寿司いなりずしを食べてたな」
「ですね」
「弓月はたましいだけの時は食べれなさそうだし、どうなってるんだ?」
「私に聞かれても〜」

 さっきまでの坂道とは違い、鳥居はまばらに立っている。
 より山に入り込んできたこともあって、より自然があふれている。
 足元の石畳も整えられたものではなく、そこら辺に落ちているような石が使われていた。
 整えられた石だと湿気のせいでれて歩く際にあぶないからだろう。
 表面は平らで少しくらい形が崩れているものの方が歩きやすい。

「気をつけて歩いてくれ。軽く滑るからさ」
「分かってますよ。これでも足腰はきたえられてますから」
「さっきは腰抜こしぬかしてたのに?」
「あ! 馬鹿にしましたね!? あれはそもそもあおさんがぁっ!」

 足元から視線を外して、歩いたせいか。
 案の定、椿つばきは足を滑らせて前のめりに倒れそうになった。
 それを見た蒼は咄嗟とっさに駆け寄り、椿の体を支えた。

「だから、言っただろ。気をつけろって」
「こ、これも蒼さんのせいです!」
「悪かったって」
「わかればいいんです。あと、ありがとうございます」
「どういたしまして。足元、気をつけていくぞ」

 ちりーん、しゃりーん。

 改めて気をつけようと足を踏み出したのと同じくして、鈴の音が鳴る。
 試練が始まった。
 身構える蒼と、蒼の背に近寄る椿。

「次はなんだ?」

 周りを警戒しながら、歩み出そうとした。
 その時に蒼の耳に何かが投げられたような音が届いた。
 音の方を向くと何かが光の反射で光って見え、咄嗟に踏み出した足を引っ込めた。

 ガツ。

 その音は踏み出していた足の石に突き刺さった。
 奇妙な形をした刃物。
 鉄の輪っかが四方向に尖り、どれも刃物のように磨がれている。
 忍が使う飛び道具と言えば、まごうことなき手裏剣しゅりけんである。

「な、なんですか、それ!」
「わからない。でも、次はこれが飛んでくる中で社に向えって事じゃないか」

 石に突き刺さっているそれをまともに喰らえば、死にかねない。
 死ななくとも致命傷になりそうなほどである。
 少し動いただけですぐに飛んできた所を見るとかなりの使い手である事も分かった。
 森の中に潜んだ忍が遠くから投げ込む刃物を避けながら進むのが二個目の試練と考えられた。
 さっき投げてきた方に目を向けるが、誰かいるようには見えなかった。
 一度投げれば、場所を変える。
 どうも甘いやり方はせずに徹底して姿を隠して、こちらを狙っている。

「これしかないか……椿、また抱えるぞ」
「またですか……」
「仕方ないだろ。椿が俺について来れるわけもないし、これが一番安全に守れる」
「わかりました。でも、目を回させないでくださいね」
「……できたらってことで」

 渋々、椿はまた蒼の荷物へと成り下がり、大人しく小脇に抱えられた。

「っと、よしよし。なんとかなるかな」
 
 石畳は濡れている。走るには心許こころもとない足場だ。
 それを足場にするのならの話だが。

「椿、目をつむっておいた方がいいかもしれない」
「な、なんで?」
「慣れてないと目でついていけないと思うから」
「よくわかりませんが、瞑っておきます!」
 
 何をするのかわからない椿だが、蒼の動きは椿にとって予想を超えてくる。
 さっきの回転蹴りはその良い例であったゆえに椿は目を固く閉じた。

「ちゃんと持ってるから安心してくれ、行くぞ!」
風気ふうき はやぶさ

「ど、どういうってぇ! うえぇぇー!!」

 一歩踏み出した瞬間、濡れた足場を諸共せずに一気に加速する。
 その加速力と速度は目にも止まらぬ速さである。
 踏み出しはしているものの、足だけの力だけでかけだしているのではなく、風を操り推進力にしているのだ。
 力地との戦いの中でも使い、力地には目で捉えられずに蒼が瞬間移動したように見えていただろう。
 それは忍にしてもそのようで、一歩踏み出した時にさっき同様に手裏剣が投げられたが、またしても石畳に突き刺さったのは言うまでもない。
 あまりの速さに驚いたのか、しばらく手裏剣は飛んでは来なかったが、気が取り戻したかのように蒼へと手裏剣が飛ぶ。
 だが、その刺さった場所は後手も後手。
 蒼が通り過ぎた後の石畳である。

「流石にこの速さは予想してなかっただろ……っと考えてきたな」

 瞬間移動に近い速さで動く蒼だが、その実、遅くなる時がある。
 それは着地して次の一足を踏み込むまでの時間はどうしても速度が落ちる。
 初めて蒼の動きを見てからの判断が早い。
 着地した所を見計みはからって、先んじて手裏剣を投げてきた。
 手裏剣の精度は高く、後手であるものの着地した蒼の足があった所に手裏剣が突き刺さる。
 この忍はなかなかに見どころがある。
 蒼の動きにも少しずつ慣れ始めている。

(次の着地が勝負になるな)

 社も目の前に見えてきていた。
 さっきの踏み出しではまだ届かない。もう一度踏み込まなければ、速度が落ちすぎて、当てられる。
 当たったところで防げないわけではないし、避けれないわけでもないが。

(ここまできて、当たってやりたくないな)
 
 蒼は手裏剣を当たらずに社に辿り着きたいと思っていた。
 飛んでくる手裏剣から忍の位置を予想しながら、社へと向かう。
 投げた音と突き刺さる場所、一瞬だけ見える光の反射と鳥居の場所。
 それを考えて、と言っても勘に近い推測で着地する場所を考えた。
 微かに聞こえる木の揺れる音にも耳を澄ませていた。

・――・――・

(次で決める)

 相手を追いかけるために木々を飛び移りながらに手裏剣を投げていたが、速度が落ちてきているのにも気がついた。
 着地した足を踏み出す所を見計らって先回りする。
 相手よりも斜め前から身体、それも人の弱点とも呼べる鳩尾みぞおちを狙うために手裏剣を構える。
 鳥居の影と重なり、姿が消え、姿を現すであろう時に手裏剣を投げた。

(もらった!)

 そう思って、目を凝らしていたが、鳥居の影から出てくるであろう蒼に当たることなく、手裏剣は茂みに飛んでいった。

(なっ! 奴はどこに!?)

 社に続く坂道を見ても見当たらない。
 一体どこに!?

「よう! 俺ならここだ!」

 声のする方を見ると高く飛び上がった相手の姿があった。

・――・――・

「い、いつの間に!!」
「ついさっき、アンタの視界から隠れた時だ」
『風気 鎌燕かまつばめ

 蒼が左手をぐと、風の刃が忍へと飛んだ。
 それを防ぐために忍はありったけの手裏剣を投げるが、弾かれ、しのびに風の刃が当たった。

「くっ」
 
 また忍は煙と化した。
 煙の中からは木が現れ、地面へと落ちていった。

「あれ? 忍に当たったと思ったんだけどなぁ」

 着地した蒼は頭をきながら、落ちた木に駆け寄っていくと、切り跡がある。
 この木に鎌燕が当たったようだ。

「やっぱり、これに当たったか。さっきの忍はどこに行った?」

 辺りをキョロキョロと見回しても、耳をませても何かが動く気配はしなかった。その代わりに……

 ちりーん、しゃりーん。

 と鈴の音が鳴った。
 どうやら試練は終わったらしい。

「なんかよくわかんないけど、終わったみたいだ。椿、もう目を開けて良いぞ」

 蒼の荷物である椿に声をかけたが返事はなく、力無くぶら下がっている。

「あ、やりすぎちゃったか。おい、椿! 起きてくれ〜!」

 慌てて鳥居に背を預けさせて、椿の顔を見るとものの見事に気を失っていた。

・――・――・

「なんて奴だ。あんなのにどう勝てばいい」
「オイラの分身もまるで歯が立たなかった」
「拙者の手裏剣も当てられず……しかも、腕に怪我を負わされた」
「只者じゃないのはわかってたが、これはみんなにも見てもらうしかねぇな」

 やられた二人はこっそりと作戦を練り直すのであった。

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