第十三話 これでも姉妹ですから

 

白狼妖怪はくろうようかい……」

 あおはその言葉を咀嚼そしゃくするようにつぶやいた。
 その目もどこか遠くを見つめている。

「聞いた事がない……という反応ですね。無理もありません、私たちは」
「いや、知らないわけじゃないんだ。俺の姉ちゃんがアンタたちと同じだから……それより、ご飯食べていいか?」

 蒼は皓月こうげつの言葉をさえぎり、遠くを見ていた目を目の前の御膳ごぜんに向けてそう言った。

「え、ええ、構わないですよ。食べてください」

 手を合わせて、「頂きます」と言うや否や、左手にお茶碗と右手にお箸を持った。
 焼き魚をほぐさず、箸で掴むと頭からかじり付く。
 魚の骨をくだいて、口に含むと焼き魚の残りを皿に戻した。
 ガリゴリと骨と身を味わい、ご飯をかき込み、しばらく頬張ほおばると味噌汁で流し込んだ。
 その食べ方にもだが、自分達以外に白狼妖怪が居ることに驚いた二人は顔を見合わせた後、再び蒼へと視線を戻した。

「蒼くんのお姉さんが白狼妖怪なら、私と会った時に驚いていたのは?」
「ん? あぁ、まさか姉ちゃんと同じ妖怪が居るとは知らなかったからで。あと、昔に一族みんなは島流しになってるはずなのに、なんで本州に?って思っただけだ」

 白蘭びゃくらんに話しかけられて、少し箸を止めたが。
 次に漬物をつまむとポリポリと食べ、ご飯をかき込んだ。
お茶碗が空になったのを見た白蘭は「おかわりしますか?」と聞いた。
 蒼は頷いて、お茶碗を差し出した。
 白蘭はそれを受け取ると、おひつを開けて、しゃもじでご飯をよそう。

「そうですか。私たち、白狼妖怪は黒狼妖怪こくろうようかいの中でごくまれに生ます。毛色が違うだけでなく、生まれつき妖力の量が違うゆえみ嫌われていました。私たちが流刑るけいになっていないのは、別の妖怪であると判断されたからです」

 「あと、使命もありますから」と呟いたのを蒼は漏らさず聞こえていた。
 が、白蘭におかわりの入ったお茶碗を渡され、白蘭も話を続けた事で聞きそびれてしまった。

「蒼くんのお姉さんもさぞ苦しみになった事でしょう。あの大乱で生き残った方々にも白狼妖怪をよく思っていない方がいたはずですから」
「そんな事なかったと思う。姉ちゃんは確かに故郷のみんなや俺よりも遥かにおかしい強さをしてるけど、みんなに頼られていたし、この旅も姉ちゃんの方が適任だったんだ」

 口の中のものを飲み込んで話された蒼の言葉に面食らいながら二人は聞いた。
 蒼は、「ただ」と思い詰めるように顔を伏せ、食事途中の箸を止めた。

弓月ゆみづきと妖力や身体の相性が一番良い俺が生まれてからはその役目を果たすのは俺になって、その修行に付き合ってくれた。俺は感謝してるけど、役目を奪った俺を姉ちゃんがどう思っているのかは聞けずじまいだ。嫌われているかもしれないが、それなら、もっと厳しく意地の悪い修行をされてもおかしくなかったのに、姉ちゃんは俺の身体の事を気遣きづかったり、空腹で修行に身が入らない時に食べ物を取ってきてくれたり、時々、優しかった」

 顔を上げた蒼は少しバチ悪そうに歯に噛んだ。

「まぁ、方向音痴ほうこうおんちを治すまで断食だんじきと言われた時は流石に死ぬかと思ったんだけどな」

 「それは十分厳しいのでは!?」と二人は内心でさけんだが、再び箸を持ち食事を再開した蒼を見て、内にとどめた。
 美味しそうにご飯を食べる蒼が微笑ほほえましかったからだ。

「結局、方向音痴は治ったんですか?」
「いや、治らなくて、餓死がししそうになった」

 「治らなかったのか!」と二人が内心突っ込んだが、当の本人はお茶碗を置いた左手で後頭部を撫でながら照れている。

「そういえば、白蘭さんは弓月の事をお姉様って呼んでるみたいだけど、なんでだ? あと、おひつごともらっていいか?」
「なんでもなにも、姉妹だからですね。はい、どうぞ」
「なるほど、そういう事か。ありがとう」

 白蘭からおひつを受け取ると、蒼が嬉しそうに白蘭に微笑み返した。
 すると、白蘭はそれを見て、顔を赤らめ、ピクピクと狼耳を動かして、尻尾の毛もブワッと膨らませた。

「こ、これでも姉妹ですから! ちなみに私が妹です! 蒼くんからしたら遠い親戚で叔母おばさんになりますが、白蘭お姉さんか、呼び捨てでも構いませんよ! なんなら、愛称あいしょう呼び……はやめておきましょうか……コウさん、そんなにらまないでください、怖いです」

 暴走しかけた白蘭を見ている皓月だが、目が隠れているため睨んでいるかはわからない。
 だが、夫婦となれば、布越しでも殺気に満ちた視線を感じるのだろう。

「この妻はすきあらば、これだから私も疲れます……。ですが、妻の言う通り。私たちは遠い親戚なので、気軽に呼び捨てで構いません。蒼くんを見ていると若い頃の義姉上あねうえを思い出して、なつかしく思う反面、さん付けは気味が悪いですから」
「けぷっ……わかった、ありがとう」
「流石の義姉上に、その食べっぷりはなかったですが」

 お膳の上には、皿や茶碗は残っているものの、魚の皮や骨はなく、おひつの中の米一粒さえも平らげてある。
 そんな蒼に皓月も口角をひきつかせていた。
 きもわり方と遠慮のなさは、弓月譲ゆみづきゆずりだった。

「コウさんはわからないと思うけど、乗り移られていると身体が思っているよりも疲れるし、蒼くんはまだ育ち盛りだからこれくらいは食べないと」
「白蘭も誰かに乗り移られるのか?」
「そうですよ〜。だから、蒼くんの気持ちはわかります。私は妖力が元々多いので、そんなに食べなくて済んでるだけなので。お粗末そまつさまです」
「あ、ご馳走様ちそうさまでした。……いったい、誰が乗り移ってるんだ?」
「その話をするなら、場所を変えましょう。その方が納得もしやすいでしょう」
「わ、わかった」

 話しながら、すっくと立ち上がった皓月に蒼は頷いて立ち上がった。

「ビャクは、お膳の片付けをお願いします。蒼くん、付いてきてください」

 部屋に白蘭を残して、二人は部屋を出て行った。

「愛称って、ビャクなんだな」
「本人がそう呼べと聞かなかったので仕方なく。蒼くんは呼び捨てで構いません。また発情されても面倒ですから」
「そう、だな……」

 廊下ろうかを歩く二人の声は、廊下の先へと響いていった。
 そんな会話をされているとは露知つゆしらず、白蘭は鼻歌を歌いながら、おひつやお膳を片付けていた。

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