第十二話 第三の試練

 

「あんなの無理です! 気絶するなって言うのがもう無理!」
「だから、悪かったって。あーでもしないと、当たっちゃうからさ」

 目が覚めた椿つばき小言こごとを言われながら進む。
 気絶していた椿をおぶって、一人で二つ目のやしろ
 二匹目の狐に稲荷寿司を供えた。
 狐が食べ終えるのを待つついでに椿が目が覚めるまで待っていた。
 だが、椿よりも先に狐から二個目の勾玉を受け取った。
 勾玉を椿に首元に持っていくと、一個目の勾玉に吸収された。
 それと同時に椿も気を取り戻して、少しゆっくりしてから今に至る。
 怒る椿を先頭に坂道を登っていた。

「だいたい、私を守るって言ってますけど、私への配慮が無さすぎです! まださっきの蹴りの方がましでした! ついさっきのはもう論外です! あんなの!」

 経験した事のない速さで動かれ、挙句、敵を倒すためとは言え、飛び上がられたのだ。
 戦いに身を置いた事のない椿にとって、耐えられるわけがなかった。
 大人しく荷物になるので精一杯である。

「そうだよな……本当に悪かった。次はもう少し気をつけるからさ。あ、ほら、椿。分かれ道だ、どっちに行けば良い?」

 坂道の先には階段があり、それを登ると分かれ道が現れた。
 正面にまっすぐ進む下り道と右へと進む登り道。
 椿は少しムッとした顔で地図を見た。
 あおも広げた地図を後ろからのぞき込むように見る。
 ここで分かれ道になっているが、どちらもぐるっと回るように繋がっている道だった。

「どっちに進んでも良いみたいです……ん? でも、なんだかただし書きがありますよ?」
「ん〜? 最奥の社は最後に供えられたし、か。なんか面倒な事をするな」

 最奥の社までの道すがらに社が六つもある。
 それも真っ直ぐの道にも右に続く道にも三つずつ。
 どちらに進んでも結局はここに戻ってきてからまた最奥の社を目指さなくてはいけない。
 
「ぐるっと回って、また奥の社へ……確かに面倒ですけど、仕方ないですね。これも試練の内でしょうし」
「まどろっこしいな」
「で、どっちにしますか? 真っ直ぐの道なら、社の感覚が狭いみたいですからすぐに試練になりそうですが、終わってもすぐにもなりそうですよ?」
「日も傾いてきてるし、できるだけ早く終わる方にするか。そこが終わればご飯も食べて休まないと」
「お腹空きすぎて、戦えませんか?」
「腹が減っては戦はできぬって言うからな」
「食いしん坊の蒼さんにはぴったりすぎますね。座右の銘とかにしてみたらどうです?」
「……考えてみるか」
「そこは否定しましょうよ」

 真剣に考え出す蒼に、思わず苦笑いして地図をしまった。
 ここからは一本道ではあるが、さっきと同様に椿を先頭にまっすぐな下り坂に進む事にした。
 少し進んだ後にまた上り坂になっており、その先に社も見えている。

「もう社がありましたよ」
「だな。ってことは」

 椿の前へと歩み出すと。

 ちりーん、しゃりーん。

 蒼の思った通り、鈴の音が響いた。
 試練開始の合図である。

「次はどういう試練だ?」

 蒼が辺りを見渡し、椿は後ろに居ながらも身を構えた。
 左右の森の中からカサカサと木の葉が揺れる音があちこちから聞こえてきた。
 そして、蒼と椿の前に二人の忍が現れた。

「さっきは良くもやってくれたな、黒いの! オイラは『天道虫てんとうむし』が一天いってん、分身の十影とかげ!」
「同じく『天道虫』が一天、遠投の九否くいな。先は遅れを取ったが、次は仕留めてやろう」

 忍でありながら、堂々と名乗りを上げた。
 そんな忍を二人は目をぱちくりと瞬きしていた。

「おいおい、アイツら。オイラ達の名乗りを聞いて、驚いてるぜ! まぁ、そうだよな! 『天道虫』の名を聞いて驚かない訳にはいかねぇからな!」
しかり。例え、日陰者ひかげものであろうとも。おそるる程にうわさは付いて歩くもの。致し方なし」

 胸を張り、声も張る十影と横で二度も頷く九否。

「知ってるか?」
「いや、聞いた事ないですね」

 意気投合する忍だったが、あっけらかんと否定され、黙った。
 その束の間。

「そもそも、忍ってなんだ?」
「私も知らないです」

 そもそも、相手の生業すらも知らないと言ってのける。
 そんな蒼と椿に、忍二人は少し肩をふるわせた。

「オイラ達は九否の言った通り、日陰者。知られる筋合いもないが、九尾様きゅうびさまに顔見せする奴にはいやってほど教えてやらねぇとな」
「左様。これ程までに馬鹿にされたのは今世で初めてぞ。目にもの見せてやろう」
「いや、別に馬鹿にした訳じゃ」
「黙らっしゃい!」

 えぇ〜、と困り顔をする蒼は椿を見た。
 椿も苦笑いをするしかなかった。
 だが、次の瞬間、椿の後ろに忍が現れた。
 椿の口を押さえて、抱きかかえるようにして後ろの上り坂へと飛び上がった。

「っ! おい! 椿をどうするつもりだっ!」

 椿をさらった忍に叫ぶ蒼。
 どうもしやしない、とこたえたのは十影であった。
 
「『天道虫』の決まり事で女や子供は傷つけるなというのがあってな。まぁ、例外もあるんだが、今回はその決まりに当てはまるって判断が出た訳よ」
「従って、こちらで預かるので存分ぞんぶんにやり合おう」
「だからって、敵側に預ける事を良しとすると思うか?」
「お前だって、あの子をかばいながらじゃあ、戦いにくいだろう? そう見えたし、そう思ってのはからいだぜ? それにオイラ達は決まり事もだが、約束事も厳守なんだ。絶対に手は出さない。これで信じてくれるか?」
「……わかった。だが、試練が終わったら、離してもらうからな」
「承知、約束しよう」
「で? 椿を攫ったみたいに他の奴らも手を出してくるのか?」

 姿は見えずとも木々の上や木の根元、岩の後ろに至るまで忍が隠れてこちらを伺っているのが蒼にはわかっていた。
 
「今回はお前の実力をみんなに見てもらうために出てきてもらってるだけだ。ここでオイラと九否で倒しちまうけどな!」

 そう言った十影は印を結んで、煙に巻かれる。
 煙が晴れると十影が三人並んでいる。

「それがお前の妖術か」
「妖術? いやいや、忍法にんぽうさ」

 十影が話し終えた頃に、狼耳にかすかかに音がした。
 光の反射が見え、足を引くと、その場所に刃物が刺さっている。

「それは手裏剣だ。次こそ当ててやろう」

 十影の煙に乗じて、九否は森へと姿を隠して、手裏剣を蒼の足元へと投げてきた。

「ニ対一か。ちょっと卑怯ひきょうじゃないか?」
「忍に卑怯は褒め言葉なんだよ!」

 分身も含めれば、四対一だが。
 それを改めて言う暇もなく、十影が仕掛けてきた。
 まずは分身二人が蒼へと右左と同時に殴りかかってきた。
 それを軽く、鎌燕かまつばきで薙ぐと煙と化して消えた。
 残った煙が蒼の目の前をさえぎり、次には手裏剣三つが煙の中から現れる。
 中にあったわけではないが、そう錯覚さっかくしてしまうほどに息合った攻撃であった。
 目と鼻の先に飛んできた手裏剣は避けれたものの、左足の甲と右太ももに飛んだ手裏剣は避けきれず、当たってしまった。

「っ! 思ってたより痛いな、これ」
「そんな感想を言ってる時かよ!」

 煙が晴れようとしている所に十影が蒼のふところへと入り込む。
 本来ならすぐにでも距離を取るが、足の痛みのせいで遅れてしまい距離を取れなかった。
 隙をついた素早い拳の連打。
 なんとかさばくが、五分五分といった状況に九否の手裏剣が十影の連打のすきめるように飛んでくる。
 寸でのところで避けるが、避けきれずにかすり傷が増えていく。

「どしたどした? やられてばっかりじゃねぇか!」
「……大体わかった」
「は? 何がだよっ!」

 十影が拳に力を溜めて、強く殴りかかろうとする刹那せつな
 蒼は一気に後ろへと回り込んだ。
 そして、十影に攻撃を仕掛ける。

「っ!」

 が、背中に手裏剣が刺さった。

「な、九否の手裏剣を読んで」
「今のはわざと大振りしたのがわかったからな」

 背中に手裏剣が刺さったのは十影である。
 蒼は不意を突いて後ろに回り込んだ。
 だが、それは十影の陽動ようどう
 九否の手裏剣を確実に当てるためのものだったのだ。
 蒼は分かった上で後ろを取り、反撃するフリをした。
 手裏剣が投げられた音を聞いて、すぐに十影の前へと戻ったのだ。

「詰めるには少し雑だな。俺ならアンタの忍法か、手裏剣投げてくる奴の木とすり替わるのをもっと使ったりとかするんだが」
「うるせぇ! 敵に助言してんじゃねぇよ! オイラ達を馬鹿にしてんのか!?」
「さっきから言ってるけど、馬鹿にしてない。むしろ、すごいと思ってる。俺は分裂なんてできないし、遠くから物を投げて狙った所に当てることなんてできないからな」
「ふざけたこと言いやがって……ってぇ〜」

 ボヤキながら、背中に刺さった手裏剣を抜く。
 黒い忍装束に赤い血がにじんだ。

「ちと痛むが、こっからだ! お前も怪我をしてるし、五分五分! こっちには九否もいるから少なく見積もっても七分五分でこっちのが有利! さぁ、かかってこい!」

 十影が構えるのを見て、少し呆れながらも構える。

「もうその辺にしておきなさい」

 十影を止める声は蒼の背後から聞こえてきた。
 後ろを振り返ると、椿を攫った忍が立っている。
 もちろん、椿も側に立っていた。
 約束通り怪我はしていないようだ。

「止めるな、にしき! まだ決着はついてな……」
「もうついてるだろ。十影、まだ分身の術は使えるのか?」
「はは、何言ってんだ……まだ使える! 出さずに手加減してやってんだ!」
「なら、変わり身の術も使えたな? それなのに、なんで背中に手裏剣を喰らった?」
「そ、それは……」
「はぁ〜。九否も休め、そろそろ限界だろう」

 ため息をついた後に、遠くの九否にも声を掛けた。
 だが、姿を見せようとはしなかった。

「この者に手裏剣は二投目で当たっている。満足しただろ?」
「オ、オイラ達はコイツに参ったって言わせたいんだよ」

 十影が錦という忍に食い下がるように言った時に、九否も側に現れた。
 
「そんな事をして何になる。せられた使命はこの者の力量を測る事だ。先の戦いでお前達よりも強い事が分かった。それに季喬様ききょうさまつかえる忍が私情をはさんでいいと決まり事にあるか?」

 二人の忍は押し黙って、片膝を立てて座り込んだ。
 それを見た錦は頷き、蒼と椿へと向き直った。

「迷惑をかけてすみません。二人には私から言っておきますのでこの試練はこれで終わりにさせて頂きます」

 頭を下げてから、懐から出した鈴の音を鳴らす。

 ちりーん、しゃりーん。

 すると、木の葉が揺れる音がした。
 どうやら、他にいた忍も離れていったようだ。

「それでは、進んでくださいませ」
「あ、待ってくれ。俺は蒼っていうんだ。こっちは椿だ」
「これはご丁寧に。忍が名乗るのはどうかと思いますが……『天道虫』が一天、にしきと申します。二つ名はまたのお楽しみという事で」

 煙玉を石畳に叩きつけると音も跡も残さずに姿を消した。

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