第十七話 変わらぬ決意

 

 それからの弓月ゆみづき斑鳩いかるがの関係は変わりはなく、日々を過ごしていった。
 ただ、お互いを心から信じ合える事が確かになった事でより親密になったと言えた。
 そんな二人に里でのいさかいが増え始めた。
 少しずつではあったが、里が大きくなるにつれて、諍いは多くなっていったのだ。
 里が大きくなれば、住む妖怪は増えるのは当たり前。
 そのせいか、諍いの一件一件の距離も遠くなる時もある。
 同時に起きる事も多々あった。
 三件も同時に起きれば、二人ではもう手が回らない。
 そんな日々が続き、二人の手に余る事から九尾きゅうびから仲間を増やしてはどうだと提案があった。
 最初は二人もしぶっていたが、三件同時に起きれば、その仲間が解決へと迎える。
 手が開けば、その場に向かうようにすればいい。
 仲間達が増え、慣れてくれば頼る事もできる。
 諍いがこじれるとなれば、実力行使で二人を呼ぼうとするだけで解決も容易くなるかもしれない。
 先立として、後ろで構えているだけでいいのであれば、楽もできる。
 この里に来てから、あまりゆっくりできていなかった弓月としてもいい話であった。
 諍いをしずめた後に腕っ節のいい相手に声をかけて、仲間をつのっていき、二人の元には多くの仲間ができていった。
 その中には鉄戒てっかい薄井うすいもいた。
 薄井に関しては、主に仲間の移動に一役かっての事だが。
 そして、自警団じけいだんとして成り始めた頃、弓月と斑鳩は今までの日々よりも比較的のんびりできるようになっていった。
 現場へ行かないわけではないが、自警団として一つ一つの諍いの原因の解明と解決を細かくしていくことで諍いの起こる頻度ひんども少なくなっていった。
 里の治安が少し落ち着いてきた頃、九尾の季喬ききょうから突飛とっぴな提案が出てきた。

「子を成してはどうか? でございますか……」
「そうや。二人とも子を成せば、この里もより大きくなる。それにお主らの子にも[[rb:妾 > わらわ]]は期待をしておるし、見てみたさもあるからなぁ?」
「し、しかし、我らには自警団が……」
「それくらい大丈夫やろ? お主らの日頃の積み重ねもあって、治安は極めて良くなった。下っ端もよく育ってきてとるみたいやし」

 遠くを見る季喬の目には、里の中で諍いを鎮めたり、見回りながらも里の妖怪と話をしたりする自警団が映っていた。
 彼女の妖術ようじゅつの一つてある千里眼せんりがんは離れた場所の景色を見る事ができる、特定の相手を決めて見る事もできるのだ。

「ま、相手がおらん……なら、探せばええ話。お主らの事を好いとる物好きは妾だけやない。なんなら、妾が相手してもええで?」
「その申し出は有難いですが、私は同じ黒狼の中から探します故」
「わ、我も探してみますのじゃ」
「なんや、つまらん……ええ相手を探し」

 季喬の提案通り、二人は婿むこを探して、子を成そうとした。
 弓月はなんだかんだと子を成せる相手を見つけ、関係を築いていった。
 斑鳩は婿探しをしている最中、雲行きのあやしさに気付かされた。
 どうもぬえ一族の様子がおかしい。
 この頃から鵺一族が何やら粉臭こなくさくなってきている事を斑鳩は弓月に相談し、二人で季喬へと報告した。
 すると、季喬はもう勘づいていたようで、斑鳩の婿探しは建前で鵺一族に探りを入れるつもりであった。
 そうとは知らず、もう子を身籠もっていた弓月は少し浮かれていたように映ってしまったが、それはそれで思惑おもわく通りと季喬に笑われていた。
 斑鳩を黒狼妖怪一族でかくまい、鵺一族を問いただそうと三人のうちで取り決めた。
 その夜のこと、鵺一族の族長たる夜摩よまを呼び出し、問いただそうとした時である。

「時は来た。我ら一族はこの国を治める覇者はしゃとなる。人間はおろか、他の妖怪にくれてやるつもりはない」

 夜摩はそう言うと、鵺一族はからすに化けて里を抜け、各地へと飛んでいった。
 鵺一族はそれぞれの土地でしかばねの山を築き上げていった。
 そして、生骸大乱は起き、弓月は産後の身体ではあったが、大将として戦場をかけた。
 多くの犠牲の上で戦いはからくも勝利できたものの、その戦いの失ったものは多すぎた。
 弓月は斑鳩の父親を殺し、父親の亡骸なきがらに飛びついた斑鳩を生捕いけどりにした。

「なんで、殺さんかったんや?」
「……」

 この時の弓月の耳は遠く、恩義おんぎを寄せ、仕えていた季喬の声さえも届かぬ程であった。
 その目はうつろで、視線は季喬を見ているようには見えなかった。

「言葉が聞こえんようになってもたか……白蘭びゃくらん、構わんな?」
「はい……お姉様もそうするでしょうから……」

 季喬の右側に白蘭がいた。
 虚な弓月を見て、今にも泣き出しそうになりながらもなんとか言葉を返した。

「皓月も準備はええか?」
「はい」

 季喬の左側に皓月こうげつがいた。
 目は隠さず、真っ白な瞳で気を失っている斑鳩と弓月を捉えていた。
 そして、斑鳩の体の中にいる夜摩の魂さえも。

「では、始める」

 九尾の季喬は右手から糸状の妖気で編まれたひもを出した。
 それは弓月の体を縛り、俯いていた斑鳩の体も縛り付ける。
 そして、左手の人差し指から妖気で作られた釣り針のついた釣り糸が伸び、弓月の胸元へと食い込む。
 それを引っ張るとその釣り針に引っかかった黒く光るものが体から抜け出てきた。
 それに釣られて、斑鳩の体の中からも薄紫うすむらさきに光るものが出てきていた。
 季喬は千里眼を通じて、二人が心友しんゆうちぎりをり行った事を知っていた。
 心友の契りはただ親しい仲になったから執り行う契りではない。
 魂の繋がりを強くし、もし、当人同士に何かあればそれを共有する。
 肉体的な影響はないが、精神的な影響が共有される。
 弓月が怒れば、斑鳩も怒りの感情を感じる。
 斑鳩が悲しめば、弓月も悲しみの感情を感じる。
 そういった感情的なものも共有される。
 では、もし、片方が魂を体から引っ張り出された場合、どうなるのか。
 言わずもがな、その片方につられて、身体から出てくるのである。

「白蘭! 二人の魂を受け取り!」
「かしこまりました!」

 大手を広げて、胸元に白い竜巻を生み出して構える白蘭。
 それを見て、一気に引っ張り出して、白蘭の胸元へと投げ飛ばした。
 そのまま白蘭の胸元の白い竜巻へと二人の魂は吸い込まれて行った。
 白蘭はそれらを受け止めると、胸元を手で押さえた。
 苦しそうであるが、逃すまいと顔をゆがませながらも耐えていた。

「皓月! 二人の体を封印!」
「承知!」

 皓月は封印の妖術を使い、弓月と斑鳩の身体に少しずつ結晶が[[rb:纏 > まと]]わりつく。

「くっ! 術の反動で気を失っている隙に……っ!」
「今更お目覚め? もう遅いで、夜摩」
「季喬っ!! この借りは必ずや返すぞ!!」
「そうなる事はない、そうなる時こそお主が死ぬ時や」
「次こそ、この国を我が物にしてみせる! 次こそはぁっ!」

 そう言い残し、白い結晶が斑鳩の体に乗り移っていた夜摩をおおい、封印する事ができた。
 弓月の身体に関しては、屍としてちないようにするために封印され、斑鳩と弓月は魂だけの存在となった。
 弓月の魂を弓月の身体に戻してしまうと、同様に斑鳩の魂も斑鳩の身体に戻ってしまう。
 そうすれば、夜摩を倒す時に斑鳩を身代わりとして、斑鳩が死に、夜摩が生き延びるかもしれないからだ。
 もし、斑鳩の魂が黄泉よみに旅立つという事は、弓月も一緒に死ぬということになる。
 そうなれば、夜摩を倒す手立てがなくなってしまう。
 それは避けなくてはならなかった。
 そして、夜摩や弓月の身体の封印を解こうとする者が出ないようにする為、この事を隠した。
 鵺一族の生き残りである斑鳩は処刑した事にして、その斑鳩をかばいだてした弓月は身体は切り捨て、魂だけの存在で黒狼妖怪一族諸共、流刑となった。
 当時、いくら大乱で活躍した弓月であろうと魂だけの存在であれば、そのうち野垂れ死ぬだろうと誰もが思ったであろう。
 ただ、弓月は季喬から最後に使命をたくされていた。
 それをただ魂に刻み込んで、ここまで生き延びていたのである。

「夜摩を倒すという使命。義姉上あねうえはそれを果たすべく、あおくんの身体を借りてなお、本土へと戻ってきたのです。そして、義姉上と共にいる蒼くん自身もこの使命を果たすために尽力じんりょくせざるをない。……それでもなお、共に歩みますか?」

 皓月は頭巾に隠れた目を真っ直ぐに蒼を見据えた。
 話を聞いていた蒼はその目を黙って受け止めてから口を開いた。

「俺はさ、イカダの上で考えてたんだ。本土で弓月がどんな事をしてたのか。そしたら、今日で色んな事を聞けた。鉄戒、政元まさもと、白蘭に皓月。俺の知らない弓月を知っている人からの話を聞けて、俺はうれしい。故郷では弓月は自分のことを話してはくれなかったんだ。今は修業に集中しろの一点張り。いくら聞いてもてんでだめだった」

 蒼は何度も弓月に聞いたのだろう。
 話しながら、その日々を思い返しているように俯いた。

「でも、今日の話でわかった。弓月は俺たちに今まで以上に負担がかからないようにしてくれてたんだ。俺たち一族はみんな、弓月のために一生懸命だった。やりたくない事もやってのける程に身をにしてさ。やりたい事もあるのに」

 心遣いのできる弓月と故郷のみんなの事を想う。
 目を細めて、百年もの修業の中で支えてくれた。
 故郷にある物のほとんどは故郷のみんなの手がほどこされていたはずだ。
 無関係な同族はおらず、みんなに支えられて、蒼はこうして旅に出ているのだ。
 であれば、みんなからの恩を次は蒼が返すべきだろう。

「俺は弓月を自由にしてやりたいんだ。そうすれば、故郷のみんなも自由になれる。やりたい事をやれるようになる。これは俺自身にしかできない事だ。そして、俺自身もそうしたいと思ってる」

 そして、弓月との旅に選ばれた蒼自身にも心構えはできている。
 自分の使命は何も変わりはしていない。

「弓月の過去に何があっても、使命があったとしても、俺がここに居られるのは弓月のおかげだし、その恩返しがしたい。別に弓月は望んでなくても、弓月が居たから俺たち一族がいるように、俺たち一族が居たから弓月にも居てほしいんだ」

 胸まで上げた手を握り込んだ。
 その握り拳を見つめて、さらに握り込む。
 手がぎちぎちと音を鳴らして、痛みを感じた。
 自分は今生きているんだと蒼は思いながら、顔をあげて、皓月を見た。

「正直、本土の妖怪や人間に会うのは怖かった。弓月や黒狼妖怪こくろうようかいは嫌われてるんじゃないかってさ。浜辺で賊に襲われはしたけど、俺達だからって感じじゃなかった。道ですれ違う人や村の人は少なくとも俺たちの事を知らないようだったし、知ってたとしてもみんな、弓月の事をよく思っててくれたから安心した」

 ここまでの道のりで思っていた事があふれ出す。
 今まで出来る限りの強がりをしていた。
 弓月と二人きり、身体に関しては一人だけなのだ。
 弱音を吐くつもりはなかったが、開いた口がどうにも止まらなかった。

「それに弓月を知る事ができて、やっと、修業してきた理由も弓月が背負っているものも知る事ができて嬉しい。やっと、故郷のみんなを、弓月自身を自由にしてやれる方法がわかった」

 故郷での修業の最中に疑問に思わずにいられなかった事がやっと知る事ができた。
 蒼がしたいと思ってやまなかった事への方法もわかった。
 であれば、蒼に首を横に振る理由はないのだ。
 弓月と使命を果たす事で蒼の望んでいる事が叶うのだから。

「皓月、話してくれてありがとう。俺は弓月と一緒に歩んでいける」

 皓月を見る蒼の視線は真っ直ぐに揺るぎなく、固い決意がこもっていた。

「蒼くん。義姉上をお願いします」

 その決意を感じ、聴くことができた皓月は安心した。
 (無事に送り出せそうです、義姉上。)
 と心の中で弓月に語りかけた。

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