第十八話 第八の試練 

 

「さっきの試練はそういうものだったんですか」
「あぁ、まんまと忍術にかかった。でも、連中のやり方が甘かったからやり返しせたんだが、やり過ぎたな」
「幻術を扱うのも苦手だったり?」
「まぁ、苦手だな。相手をだますのはちょっとな。でも、使う時は残忍ざんにん残酷ざんこくにって教えられたから……」

 試練の忍に対してやり過ぎたと反省する。
 あおは顔をきながら苦笑いをした。

「ちなみにそれを教わったのは?」
「姉ちゃんからだけど、元々は弓月ゆみづきだから」
「な、なるほど」

 椿つばきは旅に出始めてすぐの宿屋での一件を思い出していた。
 起きた時には野盗は縛られ、顔を青ざめていた。
 蒼の言うように残忍に残酷に幻術を使ったのだろう。
 今回の忍達も気を失い、見ていた人は蒼に怯えていた。
 教えられた通りに幻術を使ったのは言うまでもなく、椿も苦笑いをしてしまった。

「まぁ、蒼さんも忍の方に謝ってましたし、きっと大丈夫ですよ。私もお返しができて良かったです」

 椿は介抱してくれた忍の手を治していた。
 蒼に怯えてる時に石で手を切っていたのだ。
 それを見た椿は、治さなくていいと言っていた忍を説き伏せて、お返しとして治した。

「そうだな。気絶してた奴らにも謝っていたことを伝えてくれるだろうし、大丈夫だな」
「はい!」

 さっきまで試練をしていた階段を上がって社に着いた。
 六回目のお供えとなるともう慣れたもので稲荷寿司を供えて狐が食べ終わるのを待ち、白い勾玉をもらった。

「五個目の社の狐みたく出てこいんじゃないかって少しヒヤヒヤした」
「あの子が特別のんびり屋さんだったみたいですね」
「だな」

 二人並んで次の社へと下りていく。
 もうすでに今までとは違う風景が見えていた。
 鳥居は等間隔に立っているのは、この山に、この大社に入ってからよくみる風景だ。
 それに混ざって、狛犬こまいぬの様な狐の像が階段を下る人を見る様に並んでいた。
 それも社へと続く坂道に所狭しとズラリと。

「これは……」
「あぁ……」
((絶対、忍!!))

 二人は同じ確信を持って、その下り階段の前に立った時である。

 ちりーん、しゃりーん。

 ほれ、見たことかと鈴の音が鳴った。
 どう考えても並びに並んだ狐の像が怪しすぎる。
 罠とわかっているからこそ進むのが躊躇われた。

「とりあえず、椿は下がっててくれ」
「蒼さん、どうするんですか?」
「どうするもなぁ」

 頭を徐に掻いた。
 どう見ても忍術で姿を変えている可能性はある。
 だが、もともと、ここに置いてあった狐の像もある可能性もある。
 一尾から『大社の物は傷つけるな』と言われている手前、無闇に攻撃できない。
 かと言って、堂々と坂道を下れば、袋の鼠ならぬ袋の狼となるのは明白である。
 束になってきても捌ける自信があるが、これ見よがしに罠を張られるとそれにわざわざ引っかかるのもどうかと思う訳で。

「ここまであからさまだとなぁ。わざわざ戦わないでいいんじゃないか」

 蒼は呆れ気味にそう言うと、身体を低い姿勢にして、回りながら足で円を描いた。
 それに生じた風を利用して、空へと舞い上がった。

「坂道を『はやぶさ』で突っ切ろうとしても追いつく奴は居そうだからな。空からやしろへ行かせてもらう」

風気ふうき 飛鷹ひよう

「あ、蒼さん、空も飛べるんだ」

 椿の呟きは蒼に聞こえることなく、蒼は忍達が変化を解くよりも早く社へと降りたった。
 その瞬間。

 ちりーん、しゃりーん。

 と無情にも忍達へ響いた。
 何もすることができなかった忍達は力なく項垂うなだれ、そそくさと山の中へ散っていった。
 後に残されたのは狐の像が一対だけ。
 社に着く前の鳥居も四人が協力して、変化していたのを見るに彼らなりに頑張っていたようだ。
 でも、やりすぎてしまったのは否めなかった。

「ここの忍はどれだけ居たんだ……」

 変化であったであろう像は二十個程、鳥居は一個だから二十四人は居たことになる。
 そんな数を相手していたかもしれないとなると、さすがの蒼も顔を引きらせた。

「忍の人、たくさん居ましたね」
「俺も驚いた」
「そんなことよりすごいです! 空が飛べるなんて!」
「これがやりたくて、風の妖術を身につけたからな」

 胸を張って言う蒼だが、それのせいで方向音痴になってしまっている事は間抜まぬけとも思える。
 
「次は私も一緒に飛んでみたいです!」
「二人はやった事ないが、機会があればやってみるか。良い修行になりそうだ」
「ま、間違えて落ちるって事は無いですよね?」
「やったことがないから、失敗すれば落ちるかもしれない」
「や、やっぱりやめときます」
「そうか……なら、何か違うやり方で」

 空は飛んでみたいが、大怪我をする可能性があるならそれは勘弁したい。
 少し焦りながら社へと駆け寄る椿。
 自分では思いつかなかった修行方法を考える蒼。
 二人は無事に七つ目の社へお供えをするのでした。

・――・――・

 七つ目の社のお供えを終えた二人。
 右曲がりの階段を下りていくと社が見えていた。
 社としては大きくないが、その敷地は最奥の社と同じくらいに広いものだった。

「もう社が見えましたね」
「あぁ。ちょっとゆっくり進む事にするか」
 
 社に近づくにつれて、試練が始まるのを警戒する二人だったが、社に着くまでに鈴の音は鳴らなかった。

「鳴らなかったな」
「ここの社には試練は無いんでしょうか?」
「ちゃんとありますよ」

 二人が社の敷地に入って、見回していると聞き覚えのある女性の声が響いた。
 それと同時に社の前で煙玉が弾け、二人はそちらへ注視する。
 その煙の中から三回目の試練で出会った忍であるにしきが出てきた。

「さっきは見るに耐えない試練になってしまって、申し訳なかった。『天道虫てんとうむし』を代表して謝らせもらおう」
「別に構わない。こっちとしては楽ができたからむしろ有り難かった」
「そ、そうか。なら、ここでさっきの分まで消耗しょうもうしてもらうとしよう」

 錦は胸元から鈴を取り出した。
 鈴が軽く音を立てた事で、蒼は身構えて、椿は少しオロオロとした。

「まだ始めませんからご安心ください。ちょっとした説明をしましょう」
「説明?」
「はい、これから始める試練についてです」

 そういうと錦はしゃがみ込んで、腰元から巻物を引っ張り出した。
 それを石畳の上に広げ、親指の腹を噛み切って、血を出した。
 その血で巻物に何かを書きながら続けた。
 
「これから蒼様には私が呼び出した化け物と戦って頂きます。倒れた者の負けです。倒れてからすぐに立ち上がった場合は続行。勝負を続けてもらいます」
「なんだ、アンタが戦うんじゃないのか」
「私の二つ名は口寄くちよせの錦。呼び出した者と一緒に戦うのが私の戦い方です。今回は私自身は参加しませんが、この試練も私の戦い方の一つなので私と戦ってるも同義です。それに」
 
 書き終えたのか、顔を上げた錦の視線は椿を見ていた。

「もし、戦いの中で椿様の方へ攻撃が飛んでしまった時は私が守った方がいいでしょうから」
「あ、ありがとうございます?」
「なんで、そこまでしてくれるんだ?」
「そう言われましても、私達は試練の相手同士であって敵同士ではないからです。季喬様ききょうさまは蒼様の力量を測るために私達に相手させているに過ぎません。だからこそ、お互いに死者を出してはいけないし、お連れの椿様に怪我けがをさせる訳にはいきません」
「俺や忍は怪我しても良いのか」
「試練の相手同士。季喬様も殺し合うまでも手加減をするなと言っておられたでしょう。実際、私達も蒼様も死なない程度に試練をこなしている。怪我はしても仕方ない事でしょう。まぁ、十影とかげ九否くいなは少し私情が強く出てしまって、危なかった。十影の背中の怪我は自業自得です」
「その方は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ちょっと傷口が深いですが、致命傷ではありません。さっきから質問攻めで少々疲れてしまいました。そろそろ始めても?」
「最後に一個だけいいか。アンタが呼び寄せた化け物には本気出して良いのか?」
「構いませんよ。できれば、殺さないでやってくれると助かります。化け物と言いましたが、私にとって大切な仲間ですから。では、参りますよ!」

 そういうと錦は手元の巻物に思い切り手を突いた。

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