第十六話 試練の再開

 

『ん〜? 朝か』

 朝日の木漏こもあおの顔を照らして、まぶしさのあまり目を覚ました。
 寝ぼけ眼であくびをして、頭を上げて少し辺りを見回した。
 ここまでぐっすりと寝ていた事もあって、寝込みを襲われなかった。
 何か怪しい物音があれば、起きるつもりで聞き耳は立てて寝ていたのだ。
 というのは建前で実際はぐっすりと寝てしまっていた蒼である。

『特に変わりないか。狐もやっと起きてきたか』

 社を見ると蒼と同じようにあくびをしながら狐が石像から出てきていた。
 蒼と目が合うと軽くお辞儀をした。
 それにつられて、蒼もお辞儀をした。
 狐は朝ご飯の如く稲荷寿司をゆっくりと食べ始めた。

『えらくのんびりした狐だな』

 もさりもさりと食べる狐をしばらく眺めてから、視線を自分の体へと移した。
 丸まった自分の体の真ん中には、椿の姿があった。
 もたれかかるように体を預け、毛にもれている。
 顔だけが出ている状態で寝息を立てている。
 おだやかな寝顔なことからさっするに寒くなさそうだ。
 よく寝ているなと感心するが、ゆっくりながらに狐も起きている事だし、起こす事にした。

『椿、起きてくれ。朝だ』

 そう声をかけたが、少し唸っただけで起きはしなかった。

『仕方ない、体を少し動かして』

 体をゆさゆさと揺らして、起きるように促した。
 すると、思った通り椿が少しずつ目を覚ましてきて。
 
「ふぇ、えぇぇぇ! じ、地震!?」
『起きたな。ちなみに地震じゃないぞ』
「そ、そうですか……って、狼ぃ!! あ、違う、蒼さんか、ははは〜」
『なんか悪いな』

 思っていたよりも目覚めから連続で驚かせてしまった事に申し訳なさが出てきた。

「いえいえ、起こしてくれてありがとうございます。あのままだと昼近くまで寝てたかもしれません」
『そんなに疲れてるのか? それなら、もう少し寝てても』
「そ! そうじゃなくて、その、蒼さんに包まれて寝ると心地よくて……あ! 変な意味じゃないですよ!? 物凄くあったかくて、蒼さんの鼓動こどうも感じられて落ち着くと言いますか〜、その〜!」

 うまく説明したいのに如何いかがわしくなってしまい、それをまぎらわすための感想を言ってしまう椿。
 
『とりあえず、疲れから来る眠気じゃないってことか?』
「そ、そういう事です」
『なら、良かった。起きてくれた事だし、変化するからどいてくれ』
「わかりました」

 少し名残惜しそうにもぞもぞと出てきた。
 所々、蒼の毛がついているが気にする事なく、蒼を見ている。

『目もつむって欲しいんだが……』
「あ、そ、そうでしたね、瞑ってますからどうぞ」

 そのままで目を瞑った。
 蒼からすれば、後ろにも向いて欲しかったが構わず変化する事にした。
 少し風が吹き、大きな狼姿おおかみすがたは見る見る内に人の姿へとなっていく。
 狼耳おおかみみみと尻尾は大きさは違えどそのままで毛を服へと変化させた。
 軽く頭を振り、腕や足も軽く振った。

「よし、大丈夫そうだな。つば、き」

 そう椿を見た時である。
 椿の目はぱっちりと開いており、という事は変化の様子も見られていたわけで。

「……はっ! み、見てないですよ! 興味があって薄目でなら〜って思ってはいましたけど、見てませんから!」

 顔を赤くしながら両手を突き出して振って否定している。
 変化ってすごい、と小声でぼそりと呟いたのは蒼の耳には聞こえた訳で。

「次は見ないでくれ」
「……ごめんなさい」

 蒼の嫌そうな顔を見て、椿も申し訳なくなり頭を下げた。

「どんな感じで変化してるのか気になっちゃって」
「別に見られても良いんだが、一言欲しかったな」
「一言あれば、見られるんですか!?」
「嫌だから見せないが?」
「ですよね〜」

 なんでそうなるとも言いたげな蒼の顔にまた、申し訳なくなった椿である。
 そこへ白い勾玉が飛んできた。
 どうやら話している内に社の狐が稲荷寿司を食べ終えたようだ。
 社を見ると、手を合わせお辞儀じぎしてから石像へと消えていった。

「なんか、礼儀正しい狐だったな」
「そうですね」
「椿とは大違いだ」
「もう! ごめんなさいってば!」

 見られたのが相当嫌だったようで蒼はここぞとばかりに同じ事を執拗しつように言う。
 椿は普段あまり話さない蒼にしては珍しいと思いながらも、二度と嫌がる事はしないでおこうと少しばかり思った。
 大きな声で謝ると、歯に噛んで笑う蒼もまた珍しく少し見ていた。

「さて、ちょっと遅くなったけど朝ご飯を食べたら行くとしよう。ん? どうかしたか?」
「……あ! い、いえ、なんでもないです! え、えっとご飯ですよね。昨日の残りを食べる事にしましょう」

 腰を下ろした蒼に遅れて、椿も座り、抱えていた荷物を広げ出した。
 お互いにおむすびを一つずつ。
 昨日の夕食を泣く泣く残していたのだ。

「昨日もだが、朝もこれだけだと物足りないな」
「仕方ないですよ、準備する事も出来ませんでしたから」
「そうだな」

 椿はおむすび一つでも腹が膨れるが、蒼にとっては微々たるものである。
 昨日の試練でかなり動いていた事で腹は減り、食べるものも少ないとなれば、辛い所である。

「座右の銘も洒落にならなくなりそうだ」
「結局、気に入ってるんですね」

 おむすびを平らげてからそうぼやくと、おむすびを少しずつ食べる椿にそうつっつかれた。
 椿が食べ終わるまで蒼は軽く身体を動かしていた。
 試練が始まれば、否が応でも戦うことになる。
 身体がにぶっていては忍者たちに遅れをとってしまう。
 故郷での修行に比べれば、可愛いものだが気を抜く事はしない。
 相手に失礼であり、怪我をするのも嫌だからである。

「まぁ、これくらいで良いか」

 程々に身体が暖まり、鈍さが無くなった所で椿を見た。
 椿も食べ終えて、荷物を体にくくり付けていた。

「私も準備できましたよ」
「なら、行くか」

 頷いた椿が前を歩き、蒼は後ろを歩く。
 お決まりの並びである。朝方ということもあって少し霧が掛かっているが、歩けないほどではなかった。
 登り階段を上がっていくと、所々段の高い所もあったりと少し難儀した。

「この上が最奥の社ですね。見ていきますか?」
「そうだな、一応見ておくか」

 これまた段が高く、急な階段を上がるとそこには社があった。

「お〜、立派な社ですね」
「他の社よりもちょっとばかり立派だな」

 今までの社は小さく、敷地も狭いものだった。
 狼姿の蒼が丸くなっても問題ない広さではあったが、この社は他の社よりも四個分ほど大きい。
 敷地も階段から社までの石畳は広い。
 戦うにはもってこいな広さと言えた。

「今は社に行っても意味はありませんから次に行きましょう」
「そうだな。でも、見ておいて良かった」
「そうですね、立派でしたし」

 椿はそう言うが、もちろん、蒼はそんな感想で言ったのではなかった。
 少し気持ちを引き締めて、急な階段を降りていった。

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