第十四話 夕食 と 狼

 

 ちりーん、しゃりーん。
 と試練が始まり、また同じ音で試練が終わる。

 椿つばきを抱えずに戦えるようになった蒼は、十影とかげ九否くいなの試練よりも危なげなく、次から次へと組み手を仕掛けてくる忍をさばききり、無傷で潜り抜け四匹目の狐にも稲荷寿司をお供えした。
 そして、五つ目の試練に関しても。
 先の試練よりも相手は分身もすれば、変わり身も使えば、手裏剣の遠距離攻撃もしてくるといった大盤振る舞いに仕掛けてきた。
 だが、あおは忍に対して戦い慣れてきた事もあり、分身をいなし、変わり身も見極め、手裏剣も避けては弓月ゆみづきの愛刀である「形無かたなし」で防ぎ、忍達を退けてみせた。

 ちりーん、しゃりーん。

 そうして、五つ目の試練をも無傷で突破してみせた。

「お疲れ様です、蒼さん! また無傷でしたね」
「ああ。忍に慣れてきたからな。十影と九否の時は流石に厳しかったが、あの試練のおかげでだいぶ慣れた」
「良かった……私も少し安心して見てられます」
「それは俺としても嬉しいな」

 一つ目の試練が始まる時から、表情も身体も緊張していた椿だったが、三つ目の試練を乗り越えてからは表情も柔らかくなってきている。
 蒼にしても慣れない場所での試練。
 相手は戦ったことのない忍。
 多少の強張こわばりはあったものの、今となっては力地とやりあった時のように身のこなしが柔らかくなっていた。

「この調子で他の試練も終わらせたい」
「そうですね、私と蒼さんなら大丈夫ですよ!」

 ぐーっ……

 椿が胸を張って威張るような態勢の時に腹の虫が鳴いた。

「あ、お腹が……」
「大丈夫。今のは俺の腹からだ」

 向かい合っているから事もあって、どっちが腹を鳴らしたかわからなかったが、どうやら蒼の腹が鳴ったらしい。

「試練通しで、時間も時間ですからお供えしたら私達も夕食を済ませましょう」

 気づけば、山の木々や石畳も夕陽色に染まり始めていた。
 
「そうだな、腹が減っては戦はできぬって言うしな」
「結局、座右の銘にするんですか?」
「まだ考え中」

 そんな事を言いながら、二人は社へと向かった。
 五つ目の社、狐の石像へとお供えした。
 だが、狐は出てくる事なく、小皿の上には稲荷寿司が食べられずに置いてあるのみである。

「あれ? 出てきませんね」
「だな。案外、待ちくたびれて寝ちゃってるとか」
「え、そんなことあるんですかね?」
「わからないけど、出てこないと勾玉は貰えないし、夕食食べながら待とう」
「そうですね」

 社の目の前で蒼は胡座をかき、椿は正座を崩して座った。
 二人とも荷物を広げて、座敷童子の宿で持たされた食べ物を取り出した。
 中に入っていたのはおむすび二個と沢庵が三切れ。

「「いただきます」」

 と二人とも手を合わせて食べ始めた。

「全然、出てこないな」
「そうですね。もう日も暮れてきてますから、ここで野宿もあり得ますね」
「そうだな。き火のために木を集めるか」
「湿気が凄いですから、使えないかも」
「そんなの火であぶれば……そうか、弓月の手助けはダメだったな」
「蒼さんは火の妖術、使えないんですか?」
「使えなくはないが、湿気てる木を燃やせるほど上手く扱えなくてな」
「火の妖術を使えるだけでも凄いですが……でも、それだと火は使えないし、暖が取れませんね」
「いや、俺に良い考えがあるから任せてくれ」
「じゃあ、任せちゃいますかね……むぐっ!」
「ん? 喉詰まったのか!? こ、これを飲んでくれ!」

 蒼が瓢箪ひょうたんを渡すと、凄い勢いで受け取った。
 飲み干しそうな勢いで水を飲み、ぷはぁ〜っと苦しさから解放されてさわやかな表情をみせた。

「ふぅ、助かりました。ありがとうございます」
「飲み物を持ってきて良かった」
「すみません、食べ物のことばかりで忘れちゃってました」
「いいって。俺は癖で持ってきただけだからさ」

 蒼は椿が飲んだ後の瓢箪に口をつけた。
 なんの躊躇いもなく口にするものだから、一瞬、椿も自然な事だと思っていたが、

(あ、それって……あ、でも、私も蒼さんの瓢箪に……)

「ん? まだ足りなかったか?」
「え!? い、いえ、なんでもないです!」

 椿はまたおむすびにかぶりついて、黙々と食べ始めた。
 その様子に小首を傾げた。
 間接キス、この場合、間接的な接吻せっぷんという言い方になるのかもしれないものを意識したのは椿だけだったのであった。
 椿よりも先に食べ終えた蒼は、やしろの狐の様子を見たり、辺りを見渡していた。

「どうしたんですか、そんなに辺りを気にして」
「野宿に少しでも良いとこあるかなって見てたんだ」
「なるほど……良いところありました?」
「ここが一番良さそうだ。社の目の前で一応は通り道だが、聞いた話だと参拝にくる人も少ないらしいし、良いだろ」

 それを聞いて、椿も軽く見回した。
 石畳の階段と社の周りの石畳、それ以外はほとんどが木の皮や草、土が剥き出しの坂。
 階段に横になるわけにもいかず、坂で寝るのも考えられない。

「確かにここが一番良いですね」
「だよな。よし、狐も出てくる気配がないし、野宿の準備しとくか。あ、一応だけど、椿は目をつむっててくれるか?」
「え、なんで?」
「良いから、俺としてはあまり見られたはないからな」
「わ、わかりました」

 仕方なく蒼の言われた通りに目を閉じる椿。
 なぜか風が吹き、顔をしかめた。

『目を開けて良いぞ』

 蒼の声にしては低く篭った声がしたので、椿は恐る恐る目を開けた。
 そこには蒼の背丈よりも高く、毛並みのせいなのか体も大きい。
 真っ黒な狼が座っていた。
 予想外の出来事に白を引きずって後ろ手にたじろいだ椿だったが、青みがかった眼を見た時にまばたきをした。

(蒼さんと同じ眼の色だ……)
「あ、あわわ……あ、蒼さんですか?」
『ああ、俺だ』
「え〜っと、その姿が蒼さんの本当の姿ってことで?」
『まぁ、そうなるかな』

 へぇ〜、と心に無い声を上げながら、本来の姿である蒼の狼姿おおかみすがたをまじまじと見ていた。
 弓月と蛇腹じゃばらの坂道を下っている時に変化の術で姿を変えている事を聞かされていた。
 そのおかげと眼の色のおかげで蒼だと気づく事ができた。
 もし、知らなかったら取り乱して、逃げていたかもしれない。
 最後の一口を口の中に入れると立ち上がって、蒼を見ながら周りをぐるりと回った。
 ちょうど口の中のものを飲み込むと、蒼の毛を触り出した。
 おい、と低くこもった声など聞こえていないようで。
 椿は弓月が毛並みのことで言っていた事を思い出していた。

「あ、弓月さんの言ってた通りちょっと硬い感じです」

 弓月の尻尾は柔らかく手触りも滑らかだったが、蒼の毛は硬い。手触りが滑らかなのは血筋だからなのだろう。
 弓月の尻尾も良かったが、蒼の毛並みもなかなかにいい。
 いつまでも撫でていられるくらいのようで。

「これはこれで良いですね〜」
『……そろそろやめてもらえるか?』
「あ! す、すみません! 勝手に触っちゃいました」
『びっくりしたが、大丈夫だ』

 触り心地が良すぎたからか、撫でる事に夢中になって声をかけられるまで椿も気遣えなかったようだ。

「触り心地が良くて、つい」
『それは好都合だ』
「へ?」

 頓狂とんきょうな声を上げる椿に構わず、蒼は円を描くように寝そべった。

『こうして、椿が俺にもたれかかれば、焚き火がなくても済む』

 蒼は椿のもたれるところを鼻先で示しながら、そう言った。
 ちょうど円を描いた真ん中、一番暖かそうな場所である。

「そのためにわざわざ、その姿になったんですか?」
『そうだが。何かまずいか?』
「前に弓月さんに本当の姿を見せてほしいって、言ったら怒られたので」
『そりゃ、何の用もないのにわざわざ見せたくは無いからな。人によっては驚くし、怖がるだろうから。俺たちもあえて、人の姿に化けてる訳だし』
「あ、そういう事でしたか。確かにその姿で出会ってたら逃げてました」
『だろ? 狐もいつ出てくるかわからないし、今日の所は俺でだんをとってくれ』
「なんだか、その言い方は〜」
『細かい事はいい。辺りも暗くなってきたし、山だからすぐに冷えるぞ』
「わ、わかりました! 荷物まとめていきます!」
 
 よく冷えるとはいえ、その催促さいそくの仕方にもどことなく意味深な所がありそうに思えた。
 だが、蒼にそんな気がないのは明白だったので気にしないようにした椿は急いで荷物をまとめるのであった。

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