蒼を先頭に二人は試練の待つ道を歩いていく。
だが、地図を持って先頭を歩く蒼は道をすぐに間違えた方へと歩き……数十分もの間、まだ麓の大社近くを歩き彷徨っていた。
「やっぱり、私が前の方がいいんじゃ……」
「いや、これは俺を試してるんだから、俺が前の方がいいだろ」
「それはそうですけど……なら、私がいる意味は何でしょう?」
「……言われてみれば、俺だけ試すなら荷物と一緒に椿も預かりそうなもんだ」
「それに試練が始まる時は鈴の音が響くって、一尾さんが言ってましたし、その時に前になってもらえればいいんじゃないですか? 迷ってたら、試練にもなりませんし」
「……そうだな。すまないが、前を歩いてもらっていいか?」
「はい! 方向音痴な蒼さんに前を任せるよりましです」
「なんか、納得いかない」
そうボヤキながら、地図を椿に渡した。
椿を先頭に再び進み始めた。
すると、すぐに大社から離れ、小さな鳥居が幾重にも重なる緩やかな坂道に辿り着いた。
「何だかすごいですね」
「あぁ、何本立ってるんだ、これ? ここを潜っていくのか?」
「そうみたいです、いきましょう」
その千本鳥居の坂道を登っていくにつれて、鳥居の合間合間から見える風景は背の高い木々が生え並び、枯れ木や木屑が地面を覆い隠していた。
日の光も木々の葉が遮っているせいで、薄暗い。
葉が風に揺れるからか、時折木漏れ日が差し込んできたりしている。
空気も澄んでいて、冷たささえも感じる程であった。
さっきまでの煌びやかな大社とは一気に雰囲気が変わって静かで落ち着く雰囲気が山の自然から感じられる。
「少し冷えますね」
「そうか? 俺はちょうど良いんだけどな」
そんな会話をしながら、左へと曲がる坂道を登っていた時である。
ちりりん、しゃらりん。
と鈴の音が鳴り響いたのは。
「足で何か踏んだような」
椿がそう言って足元を見ると、縄に括り付けられた鈴がしゃりりとまだ鳴っている。
話しながら歩いていたせいか、見えていなかったらしいそれは間違いなく、試練開始の合図であった。
「何か来てるな」
「え、な、なにが?」
椿には聞こえずとも、蒼には聞こえる足音。
狼耳を前に向けて、坂道の先からの足音を聞く。
足音は一つだけ。飛び跳ねるかのようにととん、ととんと聞こえ。
「そこか!」
『風気 啄木鳥』
蒼は手刀にした左手を突き上げた。
それで生じた風は鋭い槍のように鳥居の間を突き抜けて、今まさに降りようとしている忍に突き刺さった。
突き刺さられた忍は落ちてはこず、その場で煙と化して消えた。
「え、何がどうなって?」
「まだ来てるな……椿、動くなよ」
「は、はひ……」
椿の顔、真横に風の槍が吹き通り、まさに攻撃してこようとしていた忍を突き刺した。
またも忍は煙と化して消えた。
「なんだこれ。キリがない。一気に坂道を上がるぞ、つば……き?」
「あ、蒼しゃん……動けないです」
椿はその場で座り込んでしまっていた。
「な、こんな時になんで?」
「びっ、蒼さんの攻撃にびっくりしちゃって、腰が……」
顔の真横に敵を倒すための攻撃が飛んでくれば、腰が抜けてしまう事もあるだろう。
蒼にとってはそんな事はもう慣れっ子だが、椿は修行などしていない半妖もとい、一人の女性に過ぎない。
「た、立てないのか?」
「はい、足に力が入らなくて……」
そんなやりとりをしている間も忍の足音は近づいてきている。
蒼は椿の左側に回って。
「ちょっと雑だけど、我慢してくれ」
「え、いや、大丈夫です!?」
蒼は事もあろうに椿を右小脇に抱えながら、坂道を駆け上り始めた。
忍もそれに少し焦ったようで。
目前にいた忍は蒼の剣幕に押され、まともに体当たりをくらい煙と化して消えた。
「なんか、さっきから手応えがないんだよな」
「な、何で私、こんな荷物みたいな持たれ方してるんですか!?」
手応えの無さをぼやく蒼に、右小脇の荷物は吠えた。
「だって、仕方ないだろ。立てないんじゃあ。それにあのままだと忍たちに袋叩きだ」
「そ、それはそうですけど。おんぶとかもありますよね!?」
「それじゃ、両手が塞がるだろ? 忍から身を守れないから、これが一番良いんだ。社とやらに着いたら下すから我慢してくれ」
二度も正論を重ねられて、ぐぬぬと少し悔しそうに歯を食いしばる荷物もとい椿を宥めながら、立ちはだかる忍を蹴散らしていく。
殴ったり、蹴ったり、体当たりしたり、『啄木鳥』で突いたり、『鎌燕』で薙いだり。
左から、右から、前から、上から、後ろから。
背後を取る忍に関しては立ちはだかってるように思えないが、行手を妨げる動きをしてきたので問答無用で切り捨てた。
だが、やはり、どれも手応えがない。
攻撃を当てれば、煙と化して消えるだけである。
「やりにくいけど、忍ってのはこんな奴らなのか?」
「さっきからぼんぼんぼん消えるだけですもんね」
「ああ。でも、もうすぐそこだ」
鳥居を幾つ潜ったかわからないが、やっと社が見えてきた。
社に向かって走っていると坂の上に人影が見えた。
「オイラの分身を倒しまくるとは流石と褒めてやろう……だが、ここを通すわけにはいかない! オイラと勝負をっ」
「邪魔だ」
蒼はやっとしゃべった忍に対して、速度そのままに蹴りを繰り出した。
だが、忍はその一撃目をここにきて初めて避けた。
「ちょっ! いきなり攻撃とか卑怯……ごふ」
踏み止まろうとして、勢いを殺すついでに蹴りを避けた忍へと回転蹴りを繰り出した。
回転蹴りは見事に忍の脇腹を捉え、鳥居の坂道へと蹴り飛ばした。
「あれ? やっと手応えあったぞ」
さっきまでの勢いそのままに忍を文字通り蹴散らしてしまい、坂道へと視線を向けた。
だが、そこにはもう忍の姿はなく、鳥居が続く坂道があるだけだった。
「おっかしいな、手応えあったのに居ない。ていうか、なんか喋ってたような……さっきのが本物か? 煙で消える奴らはなんかの妖術だったのか?」
坂道を眺めながら、考えてももう答えてくれる忍びは居ない。
ただ、忍が話してくれるかも定かではないが。
「あ、蒼さん……私を持ったまま急に回転蹴りはやめてください」
「お〜、そうだった。椿を抱えてたんだった。忘れてた」
「……」
すまんすまんと言いながら約束通り、黙り込んだ椿を下ろすことにした。
どうやら、椿はさっきの回転蹴りで目が回ったようで少しふらつく。
そんな椿を支え、蒼は後ろ髪を引かれながら、二人一緒に社へ歩いていく。
ちり〜ん、しゃり〜ん。
とまた鈴の音が鳴り響いた。
それを聞いて、少し身構えるが特に何も襲っては来なかった。
「試練が終わった合図……ですかね?」
「そうみたいだな。さ、社に稲荷寿司を御供えしよう」
こじんまりとした社にも狛犬よろしく狐の石像が参拝者を見るように置かれている。
社の真ん中にも小さな狐の石像があり、こちらを見るように置かれている。
その前にはご丁寧にもお皿が置いてあった。
椿が包みを取り出すと、社の真ん中にある狐の石像が白く光だして、徐々に光の強さを高めていった。
光が一番強くなった頃合いに小さな狐が石像から出てきた。
狐は狐でも透けて見える。
付喪神の類であるそれは包みに近寄って、匂いを嗅いでくる。
匂いで何が入っているのか分かったようで、はやくくれと言わんばかりに包みの周りをうろうろとし始めた。
「この子にお供えしたらいいんですよね?」
「たぶん」
包みを開けて、稲荷寿司を一つ。
狐像の前にある皿の上へと乗せた。
すると、狐は置かれた稲荷寿司を嬉しそうにもしゃもしゃと食べ始めた。
まさか、目の前で食べ始めるとは思わず、二人は顔を見合わせた。
「食べるんだな」
「食べるんですね」
同じ感想を言い合って、狐が食べ終えるまでその様子を眺めていた。
『コン!』
食べ終えた狐は、満足とでも言うように鳴いた。
口周りを軽く舌で舐めてから二人へと向いた。
すると、狐の前に白い光が集まり出し、白い勾玉を生み出した。
「えっと、これを持っていけばいいんですか?」
椿が狐にそう聞くと頷かれたので、宙に浮く白い勾玉を摘みとった。
『コン!』
狐がまた一鳴きすると、勾玉に紐が通され、首に下げられるようになった。
「えっと、どっちが下げますか?」
「俺は試練で戦うから椿が下げててくれ。戦いの最中に無くしたり、奪われでもしたら大変だしな」
「わかりました」
椿が勾玉を首に下げるのを見て、狐は頷いて石像へと飛び入って出てくることはなかった。
「なんだか、不思議な体験をしました」
「だな」
二人はしばらく小さな石像を眺めていた。

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