第四十一話 上津流山の源流

 

「ったク、なんだってこんな事をオレガ……」

 津流別雷神社つるわけいかづちじんじゃ境内けいだいへと流れる川の上流。
 上津流山かみつるやまから流れる源流げんりゅうに黒い霧はただよっていた。
 そのふところには大壺おおつぼを抱え、赤茶色あかちゃいろの泥を源流へ流し込んでいる。

「こんな薄気味悪りぃモンを流させられるとは思わなかったが……アイツ上手くやってんだろうナァ?」

 そこから見えはしないが、神社の方へと視線を向けた。
 妖気の流れを感じ取ると黒狼こくろうに似たものを感じ取り、にやりと笑った。

「やっぱり来てタカ……今回ばかリはこっちの勝ちカモなぁ」
『そうはさせん』

 黒い霧は背後から聞こえた声に振り返ると、身体に手裏剣が飛び、首の両側をクナイの刃が薙いだ。
 二人の忍びが手にクナイを持ち、着地すると黒い霧へ視線を向ける。
 確実に急所であろう箇所を狙っての攻撃は入っていた。

「オイオイ、出会い頭にそれはアンマリじゃねぇカ?」

 が、血すら流さず傷すら目につかない。
 そもそもが霧と化しているのだから、実態があるのかすら見当がつかないのがわかっただけである。
 身体を狙った手裏剣も源流に流れる泥の中へと入ってしまい、溶け出していた。

「オマエラは……あぁ、九ノ峰大社くのみねたいしゃ九尾きゅうび。その忍びどもカ、アイツが言ってた通り出てきたッテ訳だ」

 黒い霧は首元をっ切ってきた忍び二人をおおい尽くさんばかりに見下してきた。
 その見え隠れする殺意に負けじとクナイを構えた。

「万に一つもオマエラごときがオレに勝てる訳がないんだけどナァ? その勇気と忠誠心にメンジテ、やられたことにしてやるってのはドウダ?」

 黒い霧は顔だけを振り向かせ、森の中から様子を伺っている忍びへと声をかけた。
 木に隠れていながら、明確に視線を向けられている忍びは冷や汗を掻いた。

「なんでオレがオマエラの場所がわかるか、気になって答えらんネェカ? 空気に見えないくらいに薄い霧が漂ってるからサ。触れれば、隠れようが手に取るようにわかるんダゼ? さ、ドウスル〜? オレは殺し合っても良いんだゼ?」

 突如として、空中に刀が出てきた。
 木の影に隠れた忍び二人に三本ずつである。
 
『わかった、拙者せっしゃ達が勝ったことにさせてもらおう。ただし、津流別雷神社の助力をしない事が条件だ』
「オォ〜、賢い奴ダ! コッチの言う事を聴いてくれタンダ、それくらいは呑んでやるサ」

 どごーん。

 と津流別雷神社の方角から爆発するような音が響いた。
 
「アッチは始まったみたいだナァ。でも、オレはここで終わりダ。うんじゃあ、コレはそこら辺に捨てても良いよな!?」

 黒い霧は抱えていた大壺を源流へと投げ捨てた。
 それを見た二人の忍びが動き、大壺へ飛び掛かる。
 だが、勢いは止まらずに忍び諸共泥まみれの源流へと落ちていく。
 もう一人の忍びが分身の術を使い、分身達の体当たりで大壺の軌道を変えて、地面へと落とした。
 その地面に岩は無く、大壺も割れることなく、少し転がった。
 ほんの少し溢れたが、溢れた分はすぐに乾いてなくなった。

「すまんスマン、手が滑っちまったゼ? ハハハ! オレは先に退散させてもらうゼ。次に会う時は殺してヤルから首洗っとけヨ〜」

 黒い霧はとっとと忍び達の前から神社へと飛び去っていった。

「良いのですか?」
「拙者達の務めは果たした。あの化け物とはまた相見えるやもしれん。それが今ではないのは間違いない。情けないが事の成り行きを見届けるしか拙者達にはできぬ」
「そう、ですね……」
あおさん、椿つばきさん、どうかご無事で)

 四人の忍び。
 伊竹いたけにしき九否くいな十影とかげはやむなく、黒い霧を見送った。

・――・――・
 
『苦しい……痛い。たぶん、さっきの泥にまれちゃってるんだ。巫女さんが呑まれそうになってるのを庇ったから』

 後ろから襲ってきた泥塊でいかいに狙われていたのは津流別雷神社の巫女だった。
 ただの泥でないという事を道中、天明てんめいから聞かされていた。
 だからこそ、自己治癒力の高い自分ならば死にはしない。
 その咄嗟とっさの判断で身代わりになるしかないと思って庇った。

『少し思い切り過ぎ……ちゃったかも。息が……』

 掠れていく意識の中で自身の治癒力を過信して、他の事をないがしろにしてしまった事に気がついた。
 呼吸ができなければ、致命傷にならずとも椿自身も危ない。

『……けて……助けて……』
『誰か……だれ……でもいい……たす……けて』

 椿とは違う声が聞こえてきた。
 助けをうような人はあの場には居なかった。
 椿自身が助けを乞う立場なのにも関わらず、そんな声がした。
 片目を開けると、ぼんやりとした二人の人間が見えた。
 ボロボロの着物をきた男と、奉公ほうこうに出たばかりの幼い女性。
 勾玉の木箱を抱える腕にしがみついてきていた。

『だ……だめです! これは大事な物で誰にも渡してはいけないって天明さんや弓月ゆみづきさんが言って……』
『椿。その箱を開けて、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを握るんや』

 椿が二人の腕を振り払おうとしているとまた違う声が聞こえてきた。
 
『誰? でも、この声って』
『今はそんな事よりも、早よ握り! そして、妖力をこめるんや』
『どうやって、込めれば……』
『治癒の力を使うようにすればええ。ほら、早う!』
『分かりました……やってみます!』
 
・――・――・
 
「おほほほ! こんな素晴らしい巫女を捕らえることができるとは麻呂まろ感涙かんるいしてしまうでおじゃる!」

 泥の中で苦しそうにしている椿を見て、恍惚こうこつとした顔を浮かべる葵原あおいはら
 椿を人質に取られ弓月達は動けずにいた。

「椿をどうするつもりだ?」
「ほほ、そんなの分かりきっておるでおじゃる。次の妖術の素材……いや、母体になってもらうのも良いかもしれぬの〜」
「……お前は絶対に許さないっ!」

 へらへらと気持ち悪い笑顔を浮かべる葵原を蒼はみつけた。
 歯噛はがみも握り拳にもより力を込めて、怒りに耐えていた。
 
「ほほほ、そんなに怒っても怖くないでおじゃる。この巫女が泥の中にいる限り、其方は手が出せない。しかも、勾玉も一緒についてきて一石二鳥。このまま、逃げさせてもらうでおじゃる」

 状況を見ていた弓月は「待て」と葵原へ声をかけた。
 
「その泥は物を溶かすと言っていたな? 良いのか、そのままでは勾玉も箱諸共溶けてしまうぞ?」
「そうでおじゃるな……黒狼の言う事を聞くのは癪に障るが、代わりの箱もなし。取り出しておくでおじゃる」

 葵原は泥の中に手を突っ込み、木箱を抱える椿の腕を退けようとしたが。

「なんでおじゃる、この巫女は……力が強過ぎて外せない〜!」

 木箱を抱える椿の力が強過ぎて、葵原には退かすことができずにいた。

「弓月、今ならっ」
「もう少し待て」
「でもっ!」
「もうちょっとじゃ」

 弓月は目を葵原と椿から離さなかった。
 蒼もまた視線を向けると、椿の腕が木箱を開けようとしたのが見えた。

「この、巫女! 本当に女子か? 力が強過ぎ……おい待て、今動いたか?」

 葵原がそう言った後に椿の右手が木箱のふたつかんだ。 
 そして、蓋を開けた。
 箱の中にある八尺瓊勾玉は泥に塗れる事なく、その周りはにぶく光っていた。
 椿は泥の中で八尺瓊勾玉を思い切り掴んだ。

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