第四話 働かざる者食うべからず、よ

 

 「こら、起きなさい」

 アタシは誰かに身体をさぶられた。
 その揺れにうなされて、夢から覚めた。

「ゔーん、なんか懐かしい夢見たような……」
「何言ってんの。降りてこないから起こしに来てあげたのに」
「……別にアタシはハイネの召使いじゃないんだけど」
「あっそ。なら、またひもじい思いして、道端で転がってなさい」
「わっ、わかりました! 働きますぅ!」
「食べていくためには、真面目に働かなくてはいけない。働かざる者食うべからず、よ。今晩もバリバリ働いてもらうから」
「うぇ〜い」

 アタシに向かって、腰に手をかけ、そう言った。
 そんなハイネから目を逸らして、椅子から渋々立ち上がった。
 連れられるように家兼仕事場から出て、階段を降りる。
 そして、表の通りに出て、看板を横目に回れ右をするとそこにはハイネの店がある。
 そう、アタシの何でも屋はハイネの店の二階にある。
 ここに来た時はハイネの店があるだけで二階なんてなかったのにハイネがちょちょいっと魔法で作ってくれた。
 そこにはいろんな事情があるんだけど。

「ほら、ボサっとしてないで、早く着替えてきて」
「また、アレ着ないとダメ?」
「ハーフエルフが着てるのはここだけだ〜!ってお客さん達が盛り上がってくれてる今が稼ぎ時。助けてもらった恩はしっかりと返してもらうわよ」
「うぇ〜い」

 気の抜けた返事をして、腕を垂らしながら店の奥にある更衣室へと入った。
 ハイネが言っていた「恩」というのはきっとあの時の事なんだと思う。

―――――――――

 あの時もさっきみたいに起こされたような……。

「スズネ、起きなさい」
「う~ん、もうちょっと」
「だめ、起きて」
「う~ん……リン姉?」

 リン姉の声が聞こえた気がして、目を覚ましたが、そこには誰も居なかった。
 それに寝ぼけまなこで見回した部屋は見たことがなかった。
 木組みの箱がいくつもあり、少しホコリっぽさを感じる部屋だ。
 でも、寝ていたベッドに埃っぽさはなく、新品そのものに感じた。

「どこ、ここ?」

 一人で呟いた。
 そのタイミングでドアが開けられ、長髪の白髪と血色のいい褐色の肌の女の人が入ってきた。
 大人の雰囲気を出すドレスを着ていて、様になっていた。
 アタシよりも美人だし、おっぱいも大っきい……。

「あら、起きたのね」
「アンタ、だれ?」
「……命の恩人にその態度……店の前で行き倒れていたからご飯を作ったのに。この様子じゃ、いらなさそうね」
「あ~!! ごめんなさい!! 助けてくれてありがとうございます! ご飯もおいしくいただきまふっ! んっ! おいしぃ!!」
「はぁ〜、それはどうも」

 入ってきた見知らぬ人に尻込みせずにお礼もそこそこに図々しくも持ってきてくれたスープを啜った。
 そのスープはたくさんの野菜が入ったトマトスープだった。
 野菜はひと口大に切り揃えてあり、豆も入ってた。
 ため息をつきながら、おばさんはベッド近くにあった丸イスに座って、スープにがっつくアタシを見ていた。

「現金な子ね。まぁ、あの占い師の知り合いなら当然かしら」
「ん? うらないし?」
「汚い、しゃべるな。飲み込んでからしゃべりなさい」

 話しかけられたと思ったのに、理不尽に怒られたので黙々と食べた。

「おかわり!」
「……貴方、本気で言ってるの?」
「これっぽっちでアタシのお腹は満足しないし、また動いてもお腹空いたって動けなくなる!」
(くぅーーー)

 その証拠と言わんばかりにお腹も鳴った。
 おばさんは、アタシのお腹をジトっとした目で見た後にため息をついて、指を鳴らした。
 しばらくすると、ドアが開き、鍋と大きな木彫りのおたまが飛んできた。

「え! すごい!!」
「そんなに驚く事ないでしょ。ほら、お皿出しなさい」

 スズネがお皿を差し出すと木彫りのおたまがひとりでに鍋からお皿へとトマトスープを移し替えてくれた。

「ありがと! いっぱい食べる!」
「はいはい、私の分も残しておきなさいよ」

 アタシは遠慮なくおかわりの回数は増していき、作られていた分すべてを食べつくした。
 言っておくけど、さっきの仕返しではないから。

「ふぅ~、食べた食べた~」
「まったく。綺麗に私の分まで食べたわね」

 鍋を覗き込んで、おばさんはそうぼやいた。
 またため息をついて、鍋とおたまはひとりでに部屋を出ていき、扉も閉まった。

「へへ! すごくおいしかった! ありがと、おばさん!」
「おばっ…! あんた、本気で言ってる?」
「うん! 肌は焼けてるし、化粧もしてるし……。うん! おばさっ、んみゃふ!!」

 アタシの頭の上に何かが降ってきた。
 掛け布団を見ると砕けた石が散らばっているのがわかった。
 どうやら、魔法で作られた岩が降ってきたらしい。

「お・ね・え・さ・ん。いいわね?」
「やだ! あたしのお姉ちゃんは一人だけだから。ぐすんっ」
「はぁ~? 知らないわよ、そんなの。別にアンタの姉になるわけじゃないんだが」
「でも、この呼び方は特別だから」
「なら、ハイネさんって呼びなさい。おばさんなんて呼ばれたくないわ」
「わかった! ハイネ! にゃぶっ!!」

 またもアタシの頭に何かが降ってきた。
 また掛け布団に小石が散らばっている。
 さっきよりも痛かったのを考えるとさっきよりも硬い岩っぽい。
 しかも、おんなじ場所に当てきたし、たんこぶ出来たんですけど。

「さんを付けなさい。まったく、どう育てたらこうなるんだか」

 呆れながら立ち上がった。
 アタシは頭を摩りながら扉を開けるハイネの背中を見ていた。

「どこに行くの?」
「店の支度と私のご飯を作らないと」
「店? なんの?」
「今からは、バーね」
「ふ~ん、見てもいい?」
「……好きにしなさい」
「やったー!!」

 ベッドから出ると、先に部屋を出ていったハイネについていく。

「さっき、貴方が居たのは一応で作った休憩室。休憩室の向かいの奥の扉には更衣室、手前の扉は厨房に繋がってるわ」
「へぇー。じゃあ、更衣室の隣にある廊下は?」
「あそこは裏庭に繋がってるだけの扉ね。それも一応でしかないわね」
「ふーん。じゃ、その扉は?」
「この扉を開ければ店内よ」

 ハイネが扉を開けてくれたけど、中は薄暗くて廊下からの明かりでやっと見えるくらいだった。
 窓もあるように見えるけど、カーテンが閉められており、夕日でオレンジ色に染まっている。

「扉を開けて、すぐにトイレがあるから」

 アタシが薄目で店内を凝視ぎょうししていると、ハイネが指を鳴らした。
 すると、店内の蝋燭ろうそくに火が灯り、一気に表情を変えた。
 店内にはバーカウンターに、テーブルがあるものの椅子はない立ち飲みスペース、ゆっくりと座れる座席もある。
 よく見れば、ステージまで備え付けられている。
 ステージの上で布をかぶせられているのは楽器かな。
 壁掛けの燭台しょくだいやテーブルにある燭台の蝋燭の火が店内を明るくして、照らしていた。
 それがキラキラとして綺麗でアタシも嬉しくなったな〜。

「わー! 綺麗じゃん! なんか大人の雰囲気?も出てるし!」
「はしゃいでくれるのは構わないけど、貴方も準備してちょうだい。これ、バーのメニューね。ほとんどお酒だけど」

「え?」

「それと、その格好だとお客様に迷惑だから更衣室で適当に着替えてきて」

「え、なんで?」

「なんでって……もしかして、命の恩人に恩を返さないつもり?」
「か、返しますが?」

 アタシは冷や汗を流しながら、目を泳がせていた。
 それを見て、ハイネはため息をついて分かりきった質問をしてきた。

「なら、お金は?」
「も、持ってないです……」
「なら、身体で払ってもらわないとね。さ、早く準備なさい。三十分もあれば準備できるでしょ」

「まさか過ぎるんだけど……」

 アタシは何でも屋をしに王都まで来たのに……。
 まさか、初めての仕事がバーのウエイトレスさんなんて。
 今となれば、良い思い出。

―――――――――

「んな訳あるかい! 早く何でも屋の名を売りまくって、こんなその場しのぎの仕事からおさらばしてやる!」
「ちょっと、何を一人で騒いでんの。店開けるわよ」
「はーい」
「やっぱ、似合うわね。いっそここのバニーガールになってくれれば、お客さんも増えるのに」
「やだ! アタシは何でも屋をするために王都にきたんだから」
「なら、今日みたいに仕事の無い日を作らない事ね。という事で今日もよろしく、バニーガールさん」
「……うぇーい」

 アタシは頭につけたウサミミが落ちない程度に項垂れた。
 着ているバニースーツはある部分だけが少し大きめで、その部分を恨めしく見てしまう。

「まだ成長期だし……」
「なんか言った?」
「なんでもない!」

 ハイネについていき、アタシは更衣室の扉を勢いよく閉めた。

 

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