朝日で辺りが明るくなる頃。
なんの変わり映えしない朝の訪れを椿は寝起きのぼんやりとした頭で感じ取っていた。
「なんだろ、このふさふさともふもふしたのは……気持ちいい」
寝ぼけて顔の横にある触り心地の良いものを触る。
抱きしめながら、優しく撫でた。
「起きたのか、それは我の尻尾じゃ」
「そっか〜、弓月さんの尻尾ですか〜……って、わ〜!! す、すみません!」
弓月の尻尾とわかると、椿の寝ぼけた頭が一気に覚醒した。
尻尾を手放して、起き上がった。
「構わん。昨日の夜に触りながら寝ると良いと言ったじゃろ?」
「あ、そ、そうでした」
「もうしばらく触っておけ、話しておきたいこともあるしの。その前にあれを見ておけ」
あれって?……と弓月が指差す方へと振り返る。
そこには夜中のうちに弓月が片付けた八人の野盗が縛られ項垂れている姿である。
「ばっ!! なっ、なんですか!? あれっ!!?」
「教えてやるからさっさと横になれ。あと、いちいちうるさいぞ」
「ごめんなさい」
弓月に促されて、横になり、尻尾に抱きついた。
そこから夜中に起きた出来事を簡単に話された。
表情を変える椿に話している弓月も少しばかり楽しい気持ちになっていた。
「私が寝ている間にそんな事が、弓月さんもかなりお強いんですね。八人も捕まえるなんて」
「我にしてみれば、容易い事じゃ。蒼が相手をしても問題ないくらいじゃったしな」
左肩にいる青い人魂が不満そうに弓月の頭の周りをくるくると回った。
自分を弱いみたいに言われたのが気に入らなかったようである。
「おはようございます、蒼さん」と椿が言うと、止まって、縦に揺れた。
「物音を立ててしもうたが、昨晩は熟睡じゃったな。少しは疲れも取れたかの?」
「はい、ぐっすり眠れました。ただ……」
何か思う事があるようで、尻尾に顔を埋めて、言いづらそうにしている。
それを見て、瞬きを繰り返す弓月に椿は。
「少しご飯を食べ過ぎてしまって、今日のお昼には手持ちのご飯が無くなりそうで……」
「かっかっかっ、何を言いにくそうにしておるかと思いきや、そんな事か。存外、方向音痴の蒼の事を笑えんくらいに椿も良く食べるの、くっくっ」
笑う弓月に言い返すためになのか、椿は体を起こした。
「だって、思ったよりお腹空いちゃって……疲れもあってなのか、いっぱい食べちゃっただけです!」
「そうかそうか、安心せい。ここの本当の主人からお礼をもらえる話になっておる。きっと、金よりも食べ物を渡してくるであろうからな」
「あ、そうなんですか……本当の主人っていうのは?」
「あれを見れば、分かるはずじゃ」
視線を椿の後ろへと向けた弓月に習って、椿も後ろへ振り向いた。
そこにはさっきまでなかったお盆があり、その上に何かを包んだ風呂敷が置いてある。
「え、いつの間にお盆が……って」
よくよくみるとお盆が動いて、こちらへと近寄ってきているのだ。
「お盆が、う、動いてる!!」
「じゃから、いちいち騒ぐな。わざわざ、小さい姿で持って来るとは謙虚な者たちじゃ。一人が大きくなって持ってくればいいものを」
「へ? それはどういう?」
そう話していると、お盆は弓月と椿の目の前まで着いた。
お盆が畳の上に置かれると、四人の小人がお盆の後ろへ行き、一人を先頭に残りの三人は後ろに並んだ。
座る向きを変えた椿が見ていると、四人の小人とお盆諸共、煙玉が弾けたように煙に包まれた。
驚きのあまり、椿は身体を跳ねさせて、目を見開いていると煙が霧散していく中。
視線の先には、お盆とその上の風呂敷も四人の小人も大きくなっていたのである。
大きくなった四人はあろうことか、土下座までしている。
この有様に何がなんだかと、椿は口をぱくぱくと動かすしかなかった。
「この度はありがとうございました。僕っちらにはどうする事もできず。屋根裏でひっそりと隠れ住んでいました。野盗を退治してもらったおかげで、これからも家業を続ける事ができます」
再び、「本当にありがとうございました」と先頭の一人がより深く頭を下げて言う。
後ろの三人も遅れながら声も揃わずに同じように頭を下げて言った。
「これは心ばかりのお礼として旅に役立ててもらえればと思ってお持ちしました。是非とも持って行ってくださいませ」
ませ〜、と後ろの三人も口にする。
頭を下げたままの四人に、椿は瞬きをする他ない。
「うむ、わかった。そういうことであれば、受け取るとしよう。しかし、名も知らぬ者からお礼をもらうのも忍びない。面を上げて、名を教えてもらって良いかの?」
弓月は慣れ口調でそう応えた。
(弓月さん、すごい! なんか偉い人みたい!)と椿が内心で思っているなど、知る由もなく、四人は身体を起こした。
「僕っちらは見ての通り座敷童子に御座います。僕っちが四郎。そちらから見て、右から」
「九郎」
「四十九郎」
「八十九郎」
「と申します」
と順繰りに四人の座敷童子は自己紹介をした。
が、どうにも名前の縁起が悪すぎる。
野盗に押し入られてしまったのは、名前の縁起の悪さ故に起きた不運でしかないと思わずに居られなかった。
その名を聞いていた二人は少し顔を引きつかせ、青い人魂も軽く震えていた。
「そ、そうか。我は弓月、こっちは椿。この人魂は蒼という。我らは旅をしておってな。食べ物も助かるのだが、そのお礼はお主らやあの者たちに渡すので、こちらの願いを二つ程、聞き入れてほしいんじゃが」
四人はそれぞれに顔を見合わせて、先頭の四郎という座敷童子が「なんでしょ?」と弓月に問いかけた。
「一つは、お主らを襲った野盗共をここで働かせてやってほしいんじゃ。心配する事はない。お主らに歯向かったり、働かないでいると死ぬという妖術をかけておる。用心棒にでも雑用にでも使ってやってくれ」
「そ、それは本当に大丈夫なのですか?」
「あやつらの首に黒い首輪のような火傷があるじゃろ? あれが何よりの証拠じゃ。悪さをすれば、首を焼き切る妖術が掛かっておる。信じられないようなら、我らが言った後に何か命令してやれ、否が応でもあやつらも思い知る事じゃろう」
「わ、わかりました。二つ目は?」
「我らは先も言った通り、旅をしておる。その旅路に宿屋があるのは有難い。今回、お主らを助けた事を他の宿屋にも伝え、我らの旅路を手助けしてもらえるとこちらとしては是が非でもない。もちろん、そちらに困り事があれば、我らは手を貸そう。今回のように悪さをする者どもを蹴散らすもよし、旅先であれば、荷物も運ぼうではないか。どうじゃ?」
「そういう事でしたら、僕っちらも助かります。どちらにせよ、他の宿屋にも伝えようと思っていましたので。でも、食料の方は宜しいのですか?」
「構わん。いつからかは知らぬが、屋根裏で隠れていたのは疲れたじゃろうし、家業をやり直すのに苦労するじゃろ。その飯を食べて、野盗共もコキ使って、立て直してくれ」
「ありがとうございます、ここまでお優しい方に救って頂いたとは。必ずや、僕っちらとあの者共で立派な宿屋にしてみせます。他の宿屋にも弓月さん達の旅の手助けをしてもらえるようお伝えするのでどうかご無事で」
「うっ、うむ、ありがとう」
四郎の「お優しい」という言葉に全身に痒みを感じた弓月であったがなんとか耐えて頷いた。
その後、二人は蒼の荷物から食べ物を分けて食べた。
宿屋を出る時にも再三、お礼を言われながら旅に出た。
「俺の昼飯が少ない……」
弓月と変わった蒼がお昼時にそう嘆いたのは言うまでもなかった。
座敷童子の宿屋はお礼と称して、泊まる際には個室を用意してくれるようになり、食事も出してくれた。
そこで蒼がたらふくに食べてしまい、泊まる際は食べる量を減らしてもらわないと困ると言われてしまった。
それでも、次の宿屋までの昼飯を持たせてくれるのはそれだけ四郎達の宿屋を助けた事に対する気持ちがあっての事だと思い知る事ができたのだった。

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