見えない繋がりの中で

 

 あなたに「おはよう」と言える幸せをいつも感じてる。

 あなたはいつも起きるのが遅くて、いつも私が起こさなきゃ起きもしない。
 アラームも4回鳴っても起きやしない。
 こんな日常をいとおしく思えるのは忘れかけてる『過去』があるから。

・――・――・

 あの頃の私は白猫だった。
 生まれた所も親猫も、もう覚えてない。
 見た目は綺麗だったからか、人から食べ物をもらう事が多くて、本当に困った時にしか獲って食べる事も少なかった。
 縄張なわばりを持っていたと思うけど、そんなに覚えてはいない。
 あなたに初めて会ったのはそんな縄張りを歩いてる時。
 あなたはまだ歩けるようになって間もない幼児で、家族と一緒に外に出てたんだと思う。
 私が古いビルの狭い入り口に座っていると、あなたも近寄ってきて、母親に座らせてもらってたかな。
 あなたは大人しくて、私を叩いたり、触ってきたりはしてこなかったのを覚えてる。
 そんなあなただったから私も話そうかなって思ったのかも。

『良い天気ね』

 そう言っても特に反応はない
 幼児とはいえやっぱり、人。

(やっぱり、動物の言葉は分からないか)

 人の子は動物の言葉が分かると風のうわさで聞いたことがあったから期待したのに、どうもわからないみたいだった。
 少し残念に思ったけど、続けた。

『生きていくのは大変だから、頑張ってね』

『わかった。でも、楽しい事もきっとあるよ』

 そう返ってきたのだ。
 少し耳を疑ったけど、周りには他に居ない。
 犬も猫も居らず、紛れもなくこの幼児が話していた。
 人の子なら話すことができる。
 その事を実感できたことが嬉しかった。

『そうね、あなたと話せるものね』

『うん、いっぱいお話ししようよ』

 そこからはあまり覚えてないけど、なんてことない事を話したのだと思う。
 あなたの母親が帰るのを切り出してきたら、終わって、また会えたらと別れた。

 そんな事が何度かあって、私は動けなくなった。
 今日も会いにいこうと思っても体は動かず、意識もとおのいた。
 そう、白猫の時の私はここで寿命が来たのだ。

『いっぱいお話ししようよ』

 まだ幼児のあなたに私は救われてたのかもしれない事に気づいたのは、この時だった。
 いくら見栄えが良くても、いくらご飯をもらっても、お話しできたのはあなただけだった。
 この頃の私はひとりぼっちだったのが嫌だったみたい。
 じゃなきゃ、たった一人の友人に会えるのが嬉しい訳がない。
 あなたみたいな人を探してたのかもしれない。

 白い猫としての命を遂げた私は神様に会いました。
 神様が言うには、次は人間になれるらしい。

「2年後に人間になれますか?」

 あなたより年下になるけど、かまわない。
 早く人間になって、あなたのそばにいたい。
 そう思った。

「それは難しいと思われますが、やってみますか?」

 神様からそう言われて私は首を縦に振り、人間になる勉強を始めた。
 猫とは違うところが多く、覚える事もたくさんあった。
 なにより人間社会というものは複雑で理解できないものばかりだった。
 生まれるところで文化は違えば、話す言葉も違う。
 それは猫の時とあまり違わないが、人間になればその意味合いも変わるみたいで。

(これは厳しいかもしれない。なんで、あの人は人間になったのかな?)

『楽しい事もきっとあるよ』

 あの時の言葉が過った。
 その「楽しい事」とはなんだろう。
 あの時感じたものよりも楽しい事なんだろうか?

(あなたに会いたい。会って、確かめたい)

 その時の私はそれだけを心にめて、勉強した。
 早く人間になりたい。
 早くあなたに会いたい。

 それから1年と半年が経ち、神様からある提案があった。

「試しに今の世界を見てくるといい」

 それは提案なのだろうかと思うほど勝手に決められたが、興味があった私はまた首を縦に振った。

 現実世界には見えない透明な体。
 物や人はすり抜け、壁もすり抜ける事ができた。
 今思えば、面白い体験だったと思う。
 私が白猫として生きていた頃よりも世界は広く、沢山の人間が行きっていた。
 思わず、吐き気を感じたのはきっと私が慣れていなかったからだと思う。
 そんな世界のどこかもわからない大通りから逃げるように路地裏へと逃げるとそこにはどこか懐かしさを感じる猫がいた。
 ただ、動きはしない。
 それはもう息をしておらず、見ていられない姿だった。

「私はこんなところで死んだんだ」

 それはきっと前世の自分。
 誰にも見つからないところで死んだのだ。
 大通りを振り返ると、ゴミが捨てられていった。
 人間なんて、動物が迷惑じゃないところで死んでいるのは気にはしない生き物なのだと気づいた。
 この世界に生きる動物の中で、一番醜く、利己的で、他人の事などお構いなし、そして、他の生き物の命を貪る雑食だ。

「あんなものに私は本当になりたいのか?」

 あなたも今頃は絶望しているのかな……。
 いや、そんなことはないかもしれない。
 これを承知であなたも人間なんかになったのだろうから。

「この際だから、他の場所も見てみよう」

 私は空を飛んで色んなところを見て回った。
 工場からは煙を吹き出しているのを見た。
 地球の氷が溶けているのを見た。
 戦争や病気に苦しむ人々を見た。
 どれも気持ちの良いものではなかった。

 そんな体験をして考えた。
 私は間違っていたんだろう。
 あなたの言葉もきっと裏や影があったに違いない。

「人間にはなりたくないです。もう一度、猫として生まれたい。でも、飼い猫として、人間の勉強をさせてください」

 あんなに醜い所ばかり見てきたのに、あなたに会いたくて、まだあの言葉を信じたくて、私はそう神様に伝えたのでした。

 そして、数年後にアメリカンショートとして生まれた。
 親猫も兄弟達や姉妹達と仲良くしてたけど、みんな離れ離れになって、私もペットショップで売られる身になった。
 いろんな人に見られるが、私は特に興味はなく、ひとり遊びや寝ることばかりしていた。
 そんなある日、あるカップルに気に入られた。
 そんなこんなで飼われ始めた私は幸せに暮らし始めた。
 ご飯は出してくれるし、環境も整えてもらえたから快適で。
 遊んでもらったり、遊んであげたりで飼い主カップルには良くしてもらっていた。

 けど、私は捨てられた。
 原因はカップルが別れたから。
 喧嘩けんかをしているところを何度か見ていたが、こんな事になるとは思えなかった。
 それくらいに仲の良い二人だったのだ。
 別れ際に言われたのは。

「アイツのこと、思い出すから……ごめん」

 理不尽で身勝手でやはり、どうしようもなくが高い。
 勝手に飼い始めて、問題があれば捨てる。
 そして、私は前世と同様に野良猫だ。
 これが運命なのかな。
 こんな事なら人間になって、身勝手に生きれば良かった。
 なら、こんな気持ちにもならなくて済んだのに。
 そう雨に打たれながら、心の中で泣いていた。
 人間にはわからない声で泣いていたのかもしれない。
 誰にもわからない、聞こえても聴こうともしない人間の行き交う中で私は泣いていたのだ。

(あの人に会いたい)

 どうせもう野良猫になるなら、まだ綺麗なうちにあの人に会いたい。
 あの頃は身なりなんてどうでも良かったのに。
 なんとなく思ったこの気持ちはなんだろう。

「おいおい、誰だ。こんなとこに猫を捨てたのは。ご丁寧に「拾ってあげてください」なんて書きやがって。ほら、そんなとこから出て、ウチに来い」

 体をうつ雨が止んだかと思うと、傘の中に入れられていたようだ。
 そして、私の体をすくい上げるように持ち上げ、大きな腕でかかえられた。
 濡れた体を気にする事なく、むしろ、服で濡れた私の体を拭いてくれた。

「ん? なんだ、その顔は。目ぇ丸くして」
「にゃー」
(あなた……)
「お礼か? そんなの気にするな。俺もお前と似たようなもんだから」

 もうあの頃とは違って、私の言葉が分からなくなったあなただけど。
 こうやって、私をまた助けてくれた。
 でも、あなたに恋人ができたら、その時はまた。

(どうせ、捨てられる……)

「どういう理由で捨てられたかは知らねぇけど。俺が死ぬまで面倒見てやるからな」

(そんな事言って、きっとあなたも他の人間と同じよ)

「お前を見てると、昔に会った猫のことを思い出してな。そいつは白猫だったけど……なんかほっとけなくてな。そんなわけだから、俺の身勝手に付き合ってくれ」

(そんな理不尽、そんな身勝手……あって良いの……?)

「にゃご」
(あなたには敵わない)

「なんだ、その鳴き声。帰って、綺麗になったら名前つけてやんないとな」

 そうして、私はあなたの家で飼われるようになった。
 一人暮らしのアパート生活に私が転がり込んで、一人と一匹暮らしになった。
 最初こそ汚い部屋だったけど、徐々に片付けてくれて、私が変なものを食べないように気をかけてくれた。
 病気にならないようにと動物病院へ、去勢はされちゃったけど、あなたと喧嘩する機会が減る方が私はうれしかった。
 性別がなんであれ、私はあなたをいていた事に変わりはないし、人と猫じゃ子供も作れないから構わなかった。

「アメ、また膝の上か。ほんとにここが好きだな」
「ごろごろごろ」
(あなたの膝じゃなくて、あなたが好きなのよ)

 雨の日に拾ったから、「アメ」なんて単純。
 でも、そのかざらないところも好き。
 あなたの目をしっかり見て、ゆっくりまばたきしても、あなたに届かない愛だとしても私にとっては大事な気持ちだから、何度だってする。
 朝が弱いあなたを起こすのは、大事な私の役目。
 断じて、お腹がすいたからではなくて。
 1日の始まりは私の鳴き声で起きてもらう。
 これは私があなたにする初めての身勝手で死ぬまで続ける理不尽。

 男に恋人ができようと、別れようと。
 酒を飲み、別れ話を泣きながらしている男にアメは耳だけ向け、寝ながらでも話を聞いた。
 そうやってってきたが、アメはいつまでも男とはいられなかった。
 寿命は人とは違うからだ。

「お前も歳をとったな」

 そうアメの頭を撫でる。
 アメはもう体を動かす事もままならず、鳴くこともできなくなっていた。
 ただ、耳だけは男へと向けている。

「いつもそうやって、俺の話を聞いてくれたよな。たまに、鳴いてもくれたけど。もうそれも難しいもんな。……お前を拾ってから楽しかった。話題にもできたし、恋人も作れたしな。すぐに別れて、お前と二人っきりだったが」

 アメの耳も少しずつ震え出して、聴くのも厳しくなってきたようだ。

「お前が人間だったら、なんてボヤいたな。今も思っちまう……それだけ俺にとって、お前の存在は大きかった」

 撫でる手も少し震えて、親指の腹で優しく撫でる。
 ほんの少し秒単位でも長く居たいから。
 拾った時と同じように抱き抱え、温もりを感じていた。

「もし、来世で会えたら、アメと恋人になりたいな。なんなら、結婚もしたいもんだ。俺とアメならきっとうまくいくだろうに」

「にゃ……」
(私も、そうしたい)

「……そっか。なら、約束だ。お前は先に天国で待っててくれ。俺はまだ人生を過ごすからさ」

「……」
(待ってるね……)

 アメの耳から少しずつ力が抜けて、息も鼓動も止まってしまった。
 男は温もりがあるうちに想いを込めて抱きしめた。
 アメの顔は幸せそうで、涙を流す男も嬉しかった。

 あなたのそばでアメとしての一生を遂げた私はまた神様のいる世界へと旅立った。

「どうなさるおつもりですか?」
「彼が来るのを待ちます。ただ、待ってるだけも面白くないのでここで勉強します」
「わかりました」

 あの世からあなたを待つ日々が始まった。
 現世の勉強をして、あなたの様子を見ていた。
 時に喜んだり、悲しんだり、泣いたり、笑ったり、そんなあなたの色んなところを見ていた。
 アメの時に散々見たけど、見飽きない。
 人間に対して、良いところを見出せなかった私をこうまで変えてくれたあなたが愛おしくて、早く会いたいと願ってしまう。
 私も私で身勝手になってしまっている事を許して欲しい。
 あなたの死を待ってしまっている自分が憎らしい。
 でも、あなたと一緒に人生を歩むために必要な時間だからしっかり待てる。
 存分に生きてね。

「って思ってたのになんで、こんなに早いの!」
「そんなの仕方ないだろ! 死のうと思って死んだじゃねぇんだから」
「それもそうだけど……」

 運悪く交通事故に遭い、打ち所も悪く、即死。
 こうして、二人仲良く、あの世で会うことができた。
 猫の白い影と、スーツ姿の男性の影は会うなり言い合いになっていたのだ。

「でも、あのまま独り身でジジィになるまで生きなくて済んだのはよかった。そんな姿、お前に見られるのも嫌だったしな」
「私はちょっと見てみたかったな」
「……お前、結構ひどい奴だな」
「好きな人だから、見たかったの!」
「お前、それはズルいな……俺も……その〜、す」

「お二人ともよろしいかな?」

「「わぁっ!!」」

「来世は人間として、二人が結ばれる。その誓いに迷いはありませんな?」

 二人は神様の前で見つめあって、頷き合う。
 そして、

「ありません」
「ねぇよ、んなもん!」
「わかりました。では、早速」

二人は魂そのままに人間として生まれ直す。
そして、結ばれる。

「愛してるわ」
「お、俺も大好きだ」
「そこは愛してるって言ってよ!」
「お前こそ重い言葉を軽々しく使うな!」

「喧嘩するほど仲のいい夫婦で在らん事を」

 そんな神様の言葉添えなど聞きもせず、生まれた。

・――・――・

 そんな頃があったのをかすかに覚えてる。
 私が猫で、あなたは人。
 なんだか懐かしい。
 きっと、あなたは仕事に追われて、忘れたかもしれないけど。

「おはよう! 早く起きて! アラームも4回鳴ったんだから!」
「もうちょっとだけ寝させてくれ〜……」
「それを4回許したんだから、いい加減起きて! 今日は結婚記念日でデートするって約束でしょっ!」
「わかった。わかったからそんなに揺さぶるなっ」
「起きた?」
「あーぁ、おはよ〜」
「おはよう♪」

 覚えてなくてもいい。
 何気ない一言でも時間でも、こうやって、二人で居て、ちゃんと気持ちを伝えられるなら。
 毎日のように来る新しい朝に「おはよう」と一番にあなたに伝えられるそんな日常が大好きだから。
 私は今日もあなたと過ごしていける。
 楽しい事って、きっと、この事だったのね。

 

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