第十四話 離れ堂へ

 

 廊下ろうかを道なりに進んでいくと、外に面した廊下へと出た。
 夕日の橙色だいだいいろに照らされた廊下の先には、本堂ほんどうから離れたどうへと続いている。
 左側を見ると屋根が五つ連なっている塔があり、右側には小さな堂がある。
 ただ、どちらにも廊下は続いてはおらず、正面の堂に向かう皓月こうげつの後ろを蒼がついていった。
 ここまで会話という会話はなく、堂へと向かうだけである。
 堂の入り口である重厚な木製のかんぬきのされた扉の前で二人は立ち止まった。
 あおはその扉から威圧感いあつかんを感じていた。
 扉からというよりもその中からなのだろう。
 おびただしい妖気が隙間かられ出ている。

「少し気圧けおされると思いますが、耐えてください。慣れている私たちでも気を抜けない場所ですので」
「わかった」

 身構える蒼を見てから、皓月は扉へと向き直った。
 皓月はかんぬき退け、廊下のすみに置くと扉に右肩と左手を当て、体当たりするような体勢でゆっくりと押し開ける。
 扉も重厚なものでその重さのせいで手だけでは開けられないのだ。
 それに加え、隙間から溢れていた妖気が押し開けられた扉からもき出してきている。
 黒く重い妖気が身構える蒼へと吹きすさぶ。
 妖気の突風に飛ばされまいと、腕を盾にしながら前へを進める。

「まともに妖気を受けていたら、持ちませんよ!」

 皓月からそんな忠告ちゅうこくが飛んできたが、蒼にそんな余裕はなかった。
 蒼はこの黒く重い妖気を知っていた。
 今は、自分の中で妹の白蘭びゃくらんの声にすら反応できないほどに深く眠っている弓月ゆみづき
 彼女の妖気に他ならなかった。
 なぜ、皓月が開け放った扉の奥から弓月の妖気が漏れ出しているのかはわからない。
 蒼はただ、その理由を知りたくなった。
 弓月とこの身を共有している蒼にとって、知らなくてはならない事のように感じたのだ。
 それとは別に、どこか試されているような気もしていた。
 「これを乗り越えてみろ」と妖気から伝わってきてたのだ。
 一歩ずつ扉へと進んでいき、蒼が扉の中へと入ると、皓月が扉から身体を離した。
 すると、重厚な扉が大きな重音じゅうおんを響かせる程に思い切り閉まった。
 蒼は、中腰の膝に手をついて、前屈みに下を向いた。
肩も使って息をする。
 まるで、全速力で走り終えた後のようにあらげた呼吸を整える。

「だから、もたないと言ったのですが……無事で何よりですよ」
「す、すまない。何故だか負けてはいけない気がして」

 皓月はあきれたように息をいて、堂の中心へ顔を向けた。
 蒼も堂の中心へ顔を向けた。
 その視線の先にあるものを見て、中腰を直して、正面に立った。
 白んでいる氷がある。
 否、氷特有のややかさを感じない。
 大きな結晶と言えよう。
 その結晶に太いなわが一巻きされており、その締め縄には古い札や真新まあたらしい札が貼り付けてある。
 さらにその結晶を遠巻きに蝋燭ろうそくを灯した質素しっそ燭台しょくだいが細い締め縄でつながれ、囲んでいる。

「何か封印ふういんしているのか?」

 皓月は静かに頷いた。
 目をらすとその結晶の中に自分と似た狼耳が見える。
 黒い狼耳おおかみみみに癖のある黒い長髪、黒い尻尾。
 薄衣うすぎぬの着物をきた人物。
 体を見れば女性と思える曲線がある。

「まさか、この中にいるのは……」

 その中にいる女性の顔には見覚えがある。
 蒼の身体を借りて、変化した時の姿そのもので。
 その雰囲気の似た顔立ちに蒼自身、鏡でも見ているように感じたかもしれない。

「ええ、義姉上あねうえです。と言っても、その身体だけではありますが」
「なんで?」

 なんで、弓月の身体が封印されているのか。
 その疑問はありながら、納得いったこともあった。
 なぜ扉の中から弓月の妖気が溢れ出ていたのか。
 単純明快、弓月の身体があるからということに納得がいった。
 ただ、なぜ、身体が封印されているのか。
 流刑になる前に弓月は魂だけの存在となっていることは、政元まさもととの話の中で聞いてはいたが……。
そもそも、どうしてそうなったか。
 蒼はその理由を知らず、呆然ぼうぜんと結晶へと歩み寄っていた。

「蒼くん、それ以上近づいてはいけない! 封印が弱まってしまう!」
「え?」

 結晶を見ながら近づいていた蒼は、その前にある燭台を繋げている締め縄に触れるほどに近づいていた。
 次の一歩が地面につけば、身体が締め縄に触れてしまう。
 蒼がその忠告に従おうにも判断が遅れてしまっていた。

『止まれ』

 言葉が静かに堂の中で響いた。
 もうダメだと蒼が目を閉じた後、何も起こりはしなかった。
 おそおそる目を開けると、蒼の身体が締め縄と触れる直前で止まっている。
 手も足もその場で止まり、動かす事ができない。

「どうなってるんだ……」

 ただし、首より上は動くため喋ることはできる。
 言うなれば、手と足以外は問題なく動かせる状況だ。

「良かった、なんとか間に合いましたね。白理びゃくりが居なかったら危なかったですよ」

 冷や汗を拭いながら、皓月は蒼に駆け寄ると、動けなくなった蒼の身体を後ろに引きずった。

「びゃくり?」
『動け』

 また言葉が静かに堂の中で響くと、蒼は身体を動かす事ができるようになった。
 手足を注意深く観察したり、手足を何度か動かした。
 問題なく動かせるのを確認すると、ほっと息をいた

「皓月、白理っていうのは……」

 ぽふっと蒼の左胸に何かが当たる感触があった。
 そのあと、左胸を撫でてくるような感触に変わり。

「な、なんだ!?」

 驚いて、後ろに一歩引いた。
 蒼が視線を落とすと、いつの間にか少女が立っていた。

「こら、白理。いきなり、何をしているんですか?」
「生きてるかの……確認。大丈夫だった」
「それは見れば分かるでしょう」

 皓月が困りながら、白い狼耳と癖のある白い長髪、白く大きな尻尾のある少女と話している。
 得意げに話す少女の尻尾は大きく揺れていた。

「皓月、その子は」
「この子は私と妻の娘です。名は白理。私と白蘭が手を開けられない時には、結晶のばんを頼んでいるんですよ」
「その子とは失礼……私は貴方より年上」

 振り向いた白理の黒い目が蒼をジトっと見る。
 蒼達と同じく淡い灰色の着物を着ている。

「そ、それはすまない」
「今年で二百八十六になるお姉さん」
「に、二百八十六? そのなりで」

 蒼は白理を指を差しながら驚いた。
 白理の身長は蒼の身長の半分しかない。
 幼子と見間違えても無理はないが。

「この人、ド失礼……処していい」

 父親である皓月にそう言いながら、自分に向けた親指を首の手前で横にいだ。
 斬首していい?ってことだろうか。

「ダメですよ。遠い親戚ですが、私たちの家族ですからね」
「家族……なら……」

次は蒼に向き直して、人差し指を向けた。

『私の事は白理義姉びゃくりねえさんと呼びなさい』

 言葉が静かに堂の中を響く。
 何かの妖術なのだろうそれを蒼は受けたが、特に変化はないように思えた。

「何をやってるんだ、白理、義姉さんは……ん? 白理義姉さん? んん? 白理義姉さん!?」

 蒼は別に言われたから言っている訳ではなく、「白理」という言葉の後に「義姉さん」を無意識的に言ってしまっている自分に驚き慌て始めた。
 その白理義姉さんはというと、手に腰を置いて、ドヤっている。

「そんなふうに言霊ことだまを使うんじゃありません」
「言霊?」
「発した言葉を具現化する妖術です。この子は生まれながらにして、言霊を操る事ができたんです。育てるのに苦労しました……。歳の割に身体が幼いのはそのせいなんです。大量の妖力を必要とするのにも関わらず、それを自覚なしに使っていた幼少期の影響ですね」
「今はちょっとずつ成長してる……母上みたいな大人の女性になる予定」

 皓月に頭を撫でられながら、ピースサインをする白理。
 蒼は、二百八十六歳にして、まだ成長してるのかと心の中で呟いた。
 口にすれば、また失礼な事になりかねない。

「今……失礼な事考えてる?」
「か、考えていない! 白理義姉さんの事はわかった……って、まだ治ってない! 治してくれないのか!?」
「やだ、義弟おとうとわか らせるまではそのまま」
「こればかりは仕方ありませんね、あきら めてください」
「わかった……」

 白理はしてやったりと満足げにがえり。
 腕を垂れ下げて、うつむく蒼を見て、皓月は苦笑いをこぼした。

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