第十六話 そうは問屋が卸さない

 

 「これから色々大変そう……義弟おとうと、頑張れ」

 白理びょくりあおの背中を叩いた。
 そのあと、叩いた場所を優しく撫でた。

「ありがとう」

 その優しい応援に微笑ほほえみかけた。

「蒼くんの意志は十分わかりました。出来ることなら私としても旅の手助けをしたいのですが、私たちは義姉上あねうえの身体を封印し、守るという使命があります。なので、それを手助けと思ってもらえれば」
「問題ない。むしろ、俺からもお願いだ。こういう事に関しては皓月こうげつ達の方が適任だと思うから」
「わかりました。そのお願いも含めてやり遂げましょう。これまでの三百年は伊達だてではありませんから、安心して事に構えてください」

 皓月は少し申し訳なさに俯いていたが、蒼の言葉で顔を上げた。
 三百年もの間、ずっと封印を続けてきた自信は揺るがない。
 自信を称える微笑みは信頼に足りる。

「あ、そういえば、あれも渡さなければいけませんね」

 皓月の「あれ」に対して、義理の姉弟きょうだいは二人して首を傾げた。

「ふふ、そうしていると本当に姉弟ですね。二人ともどうから出ますよ」

 皓月に連れられ、二人も堂を出た。
 重厚な扉を閉めて、かんぬきも忘れずにかけた。
 外はもう太陽が雲より下に沈み、雲よりも高くにある寺の周りは薄暗くなっていた。

「そういえば、白蘭びゃくらんに乗り移っているのは結局、誰なんだ?」

 廊下を歩く皓月に蒼が聞いた。
 昔話を聞いているうちに忘れていたのだ。

斑鳩いかるがですよ。今日は義姉上が来るはずだからむかれると言って、門前で待っていました。戻ってきたら、白蘭が蒼くんをおぶっていたので驚きましたが」
「それはすまなかった……。そうか、斑鳩だったのか」

 通りで弓月と親しいはずだ。
 皓月の昔話からわかる。
 心友しんゆうの契りを交わす程の間柄だったのだから。

「何か言ってましたか?」
「弓月の事、お願いねってそれだけだ」
「そうですか。斑鳩は義姉上とずっと一緒にいましたから私たちよりも義姉上の事をよくわかっているはずです。問題事を解決する時は横暴おうぼうな時もあったと聞いていますから心配が絶えないのでしょう」

 蒼は、大乱の大将を務めるだけはあると思う事にした。
 鉄戒てっかいとのやりとりを見ていたことで察しがついていたが。
 問題を力技で解決するのではないかとそう思っていたら、やはり、間違いなかった。
 蒼は、あえて、何も考えずにいようと内に留めた。

「私からも義姉上のこと、お願いします。身体の封印に関しては私たちで使命をまっとうしますから、どうか」
「任せてくれ。さっきも言ったが、頼まれたからやってる訳じゃなく、俺のやりたい事でもあるんだ。俺も必ず、やり遂げる」

 本堂の部屋に戻ると綺麗きれいにされた蒼の着物とはかま、荷袋があった。

「蒼くん、準備できてますよ! ささ、着替えましょ?」
「母上、ずるい。白理も義弟の着替え手伝う」

 部屋の中で白蘭が待っており、蒼の着替えを手伝う気満々である。
 その母親あっての娘。
 白理も部屋へと駆け入り、母親の横に立った。

「義弟……という事は私の義息子むすこになったって事!? いつの間に!? いや、私が居ない間にそんな間柄になるだなんてっ! 白理っ、二人で着替えをしてあげましょ! 私たち家族だから何もやましいことはないです!」
「う、うん……でも、なんか母上こわい」

 それはこっち台詞であると蒼は顔を引きつかせながら見て取れるほど嫌がっていた。
 なぜ、自分で出来るのに他の人にしかも、女性にしてもらわねばならないのか。
 片や、なぜかほおを赤らめ息の荒い人妻。
 片や、自称義姉あねと言い張らせる小柄な幼女体型の年上女性。
 どっちも嫌である、色んな意味で。

「こら、二人とも蒼くんが嫌がっているではないですか……ほら、二人とも廊下ろうかで待ちますよ」

 皓月はずかずかと部屋へ入ると、二人の襟元えりもとを持った。
 子猫を持ち上げるように白理を持ち上げた。
 白蘭はかかとを引きずりながら運ばれていく。

「蒼くん、ゆっくりで構わないので着替えてくださいね。この二人は私が見張りますから安心してください。奥の手で封印しますから」
「蒼くん! もし、着替えられなかったら手伝うので、声を掛け」

 白蘭が言い終わる前に皓月がふすまを閉めた。
 廊下から少し悲鳴が聞こえた気がしたが、蒼は気にせず着替える。
 着替えながら、少し眠気が襲ってきていた。
 無理もない。
 本土に着いてからまだ一日が終わっていないのだ。
 気絶をして、少し横になりはしたが、蒼の身体は働き詰めである。
 ここで休みたい気持ちはあるが、弓月ゆみづき政元まさもとの家へ晩には戻ると約束している手前、帰らざる負えない。
 袴の紐をいつもより強く締め、気合を入れた。
 左腰の紐へ荷袋を結びつけ、右腰に瓢箪ひょうたんを結びつけた。
 ここで眠気に負けず、政元の家に戻ればゆっくり眠ることが出来る。

「もしかしたら、飯が……いや、それは断ってたな」

 弓月が政元に晩御飯を断っていたのを思い出して、落胆するが、ここでたらふく食べる事ができたのだから良いと思い直して、襖を開けた。
 廊下に出るには三人とも待ってくれていた。

「義弟よ。もう行ってしまうのか?」
「そうだな、政元の家で休むと弓月が約束してたから戻らないと」
「休むなら、ここで休むといい。お義姉さんが寝かしつけてやる」

 白理は蒼のすそを引っ張った。
 せっかく仲良くなれたのだからもう少し一緒に居たいと思うところがあるのだろう。

「ダメですよ、白理。蒼くんが困ってしまうでしょ?」

 白蘭へ振り向いた白理は大きな尻尾を抱えて、口元を隠した。
 子どものように頬を膨らましているようだ。

「それに、寝かしつけるなら私が適任です! 蒼くんが望むならあーんな事やこーんな事も出来ますからね、いたっ」
「馬鹿を言っていないであれを渡しなさい」

 皓月に小突かれた頭をさすりながら、はーいと返事をした。
 母親というより白理のお姉さんのような雰囲気がする。
 そんな白蘭の胸元から鉄の棒が出てきた。

「へ?」
「蒼くん、これを……あっ!」

 白蘭の豊満な胸から出てきたそれは、どことなく濡れていて、暖められていたせいでどことなく湯気が出ているようにも見えた。
 蒼は、差し出された鉄の棒を顔を引つかせながら見ていると、皓月が横から奪い取った。

「なんで、そんなところに入れているのですか?」
「だって、着物の裾に入れるには重いし、腰元にしまうとお腹冷えちゃうでしょ? それに落ちたら大変だから、一番安定する胸の間にしまっちゃおうってなりまして……。不本意でしたが、蒼くんなら良いかなって、ぽっ」
「ぽっ。じゃないですよ! 全く、義姉上の愛刀をなんだと思っているのですか? これ用の腰帯もあったでしょう」
「それはここに」

 着物の袖口から太刀紐たちひもを引っ張り出した。

「なぜ、太刀紐を使わずに持ち運んでたんですか?」
「いや〜、蒼くんに私の温もりを伝えたくて〜、あっ」
「それが本音ですね?」
「そ、そそ、そんな事ないですよ! 蒼くんを驚かそうとしてですねっ! ほら、見えてたらおどろかないでしょ?」
「なら、私の着物で拭いてから蒼くんに渡すとしましょう。もう十分、驚いたでしょうから」

 あぁ〜……と名残惜しそうに拭かれる鉄の棒へと嘆いた。

「で、結局、それは?」
「義姉上が愛用していた武器「形無かたなし」です。これを受け取る事もここに来た理由にもあるでしょうから」
「こんなものを?」

 皓月から「形無」と呼ばれる鉄の棒を渡された。
 蒼はそれをまじまじと見ながら、疑いの目を向けている。
 その棒は長くなければ、重くもない。
 手の横幅分ほどの長さに、片手で足りる軽さがある。
 こんなものが弓月の愛刀?

「ふふ、これ。見た目よりも凄いんですよ? まぁ、旅のお楽しみとして持って行ってください。きっと、役に立ちますから」

 本当か?と疑いの目に加えて、眉間みけんに深いしわができた。
 そんなやりとりをしていると形無に白理が手をかざして。

『守れ』

 白理の囁きが小さく廊下に言葉が響いた。
 すると、形無がうっすらと光ったようにみてた。

「また、言霊ことだまか?」
「なんてことないおまじない……義弟、また来てくれるか?」
「もちろん、来ないといけない用事もできるだろうからな」
「む、義姉はそのついでか?」

 また大きな尻尾を抱きかかえて、頬を膨らます。
 どことなく涙目にもなっているように見えた。

「ちゃ、ちゃんと白理義姉さんにも会いにくる」
「ん、待ってる」

 抱えていた尻尾を下ろして、大きく振っている。
 白蘭はそんなやりとりをよそに、荷袋を左腰の後側に結び直して、形無になかったはずの帯執おびとりに太刀紐を通し、蒼の左腰に結びつけた。

「これで大丈夫ですよ」
「ありがとう」
「こう見るとますます、あの頃のお姉様を思い出しちゃいますね」
「本当に弓月が好きなんだな」
「もちろんです。お姉様が居なければ、私はこうして家族を持つことなどなかったでしょうから。ですが、私は蒼きゅんも好きですよ?」
「あ、ありがとう」
「今日の母上は変」

 目の中にハートマークが見えんばかりに蒼へ発情する白蘭に二人して軽く距離を取った。

「蒼くん、薄井うすいが迎えに来ましたよ」

 いつのまにか皓月は、玄関近くへ行っていた。
 そこから薄井がひょっこりと中へと覗き込んでいた。

「日が暮れる前に帰りなさい」

 皓月に促され、三人とも薄井に近づいていった。
 白理も一反木綿の薄井を興味深く見て、つんつんと突いたりしていた。

「ありがとう、三人とも。またそのうち、世話になりに来るよ」

 蒼が薄井に乗ると、薄井はそのまま外へと飛び出した。

「ご武運を」
「蒼くん、次は甘えていいですからね」
「義弟、気をつけて」

 蒼は振り返って、大きく手を振った。
 三人も手を振りかえしてくれているのを見えなくなるまで見届けてから前を向いた。
 ちょうど、目の前が雲で真っ白になり、しばらくすると雲から出た。
 地平線で太陽が橙色に輝いて、景色を染め上げていた。

「薄井、政元の屋敷へ向かってくれ」

 蒼が薄井に声をかけると、薄井から手が伸びてきて、親指を立てた。
 それをみて、薄井の乗り心地を確かめる。
 紙切れのような薄井の身体だが、どういうわけか落ちそうという不安感はない。
 寝そべる事もできそうなそんな安心感さえあった。
 蒼はその安心からか深呼吸をした時である。

「ん? 山火事、か……」

 木の焼け焦げる匂いが風に乗って、蒼の鼻に入ってた。 
 その匂いの中には、いだことのある匂いが混ざっていた。
 甘い香りと鉄独特の香りが混ざった匂い。
 そして、暮れていくだいだいに染まった景色の中で、赤く揺らめく光と灰色の煙が見えた。
 その場所に蒼は覚えがある。

「目的地変更だ。用事ができたから向かってくれ」

 鋭い視線を目的地へと向ける。
 只事ただごとではないのは明確であった。
 五十一年も茶屋をする椿つばきと、鍛治の玄人くろうとである鉄戒が火事を起こす下手へたをするようには思えないのだ。

「火事になってる山。椿の茶屋へ」

 蒼が椿からお団子を。
 弓月が鉄戒からお酒を。
 世話になった二人の茶屋へと薄井は向かうのであった。

 

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