第十八話 まさかの再会

 

 茶屋の山へ近づくにつれて、煙と匂いが濃くなってきた。
 灰色の煙の中にあの混ざり合った匂いはするものの、不快な匂いはない。

「焼け死にしてはないようだ……だが」

 近づくにつれて、血の匂いが強くなってきている。
 命に別状がなくとも、流血沙汰りゅうけつざたにはなっているようだ。
 茶屋の山、その上空から見回した。
 やはり、火事が起きているのは椿つばきの茶屋。
 炎が容赦ようしゃなく茶屋を燃やしている。
 時折、ぜるように炎が大きく揺らめいた。
 その周りに人影は見当たらない。
 日が暮れて薄暗くなってくるまで、その周辺を見渡してみたが、変化は見当たらない。

「何か分かることがあれば……」

 そう呟いた時、茶屋から離れた場所から刀のぶつかり合う音や擦れ合う音が聞こえてきた。
 その方角には不自然に揺らめく火が見える。
 誰かが戦っている。
 音が重なって聞こえる事から複数人で戦っているようだ。

薄井うすい、音の方へ行ってくれ」

 薄井が親指を立て、その上空へと移動した。
 眺めてみると、やはり戦っている。
 片や、軽鎧けいよろいを身につけ。
 もう一方は、汚れが目立つ薄絹うすぎぬを着ている。

「あれは……」

 その薄絹側の後方に白髪で大柄な男が脇差わきざしのような小ぶりの刀を突きつけられているのが見えた。
 鉄独特の匂いも強くなっている。
 考えるよりも早く、あおの身体は薄井から飛び降りていた。

鉄戒てっかい!」

 空中でそう叫ぶと、下にいる人々が降ってくる蒼に視線を向けた。
 顔の前で腕を交差させ、身体も縮こめて、地面へと落ちていく。
 ビルの十五階程の高さからの飛び込みである。
 普通の人間であれば、即死する危ない高さであった。
 しかし、蒼は地面に向けて、風を操り、強風を三度ぶつけ、身体に掛かるであろう衝撃を妨げた。
 その甲斐あって、怪我なく着地する事ができた。
 ただ、戦っていた人たちは強風を受けたが、なんとか踏み留まれたようだ。
 地上にいた人々から奇異な目で見られているが、蒼はなんら気にする事はなかった。

「お主は旅の方ではないか! ここは危険だ! 即刻、立ち去れ!」

 後ろからそう叫んできた。
 蒼が振り返ると、軽鎧を着た人間や妖怪が五人。
 その先頭には、茶屋で事情聴取をしてきた先頭の男がいた。
 今思えば、政元まさもとと同じ白犬妖怪はっけんようかいであろう事がわかるが、今はどうでも良かった。

「どうやって、空から……あれは。もしや、お主!」

 何かに驚いているようであったが、それもどうでも良かった。
 そんなことよりも。

「……あ、蒼殿!」

 軽鎧の先頭が何か言おうとしていたが、鉄戒に呼ばれたことで蒼はまた前へと視線を戻した。
 強風で起きた砂煙を防ぐため、硬く目をつむっていた鉄戒は薄く開けた目で信じられないものを見たように眼を見開いた。
 蒼の登場に気を取られていたぞくが、その声で脇差の刃を再び鉄戒の首元へと寄せた。

「だ、誰だか知らねぇが、動くんじゃねぇ! コイツがどうなっても良いのか?」

 怯えながらもお決まりの常套句じょうとうくを並べる薄汚い薄絹の賊。
 その取り巻きも似たような服装が五人。
 合わせて六人の賊が蒼に敵意を向けてきている。
 蒼もその連中をにらみつけるが、とある既視感を覚えた。
 声も身なりもどこかで会ったような……。

「あ、お前ら。もしかして、今朝けさ浜辺で俺を襲ってきた賊か?」
「へ?」

 蒼が気の抜けた声で聞くと、鉄戒に刃を向けている賊が頓狂とんきょうな声を出した。
 他の賊も口を開けて、ほうけている。

「いや、まさか……そもそも、そんななりの奴じゃなかったはずだ!」
「そ、そうだ……ホラ吹くのも大概たいがいにしやがれっ!」

 蒼の狼耳おおかみみみや尻尾を指差して、文句をつけてくる賊が居れば、啖呵たんかを切ってくる賊も居る。
 他の賊もそうだそうだと騒ぎ立てるが、蒼は動じる事なく、その指摘に同意した。

「あ、そういやそうか。あの時、耳も尻尾も出してなかったし、今は三度笠さんどがさ縞合羽しまがっぱもしてないからわかんないよな……」

 蒼が口々に今朝の自分の姿を言うと、賊たちは見る見る顔を青くしていった。
 まだ一日も経たずに自分達が化け物だと言った相手に出会うとは思わなかったのだろう。
 彼らの脳裏には、浜辺で炎を目の前まで放ってきた蒼の姿が残っている。
 そして、今、蒼が浜辺の時よりも近くにいるとなれば、炎の餌食えじきになるのは目に見えている。

「ひ、人質がいたってこんなのに敵うわけねぇ〜……お、俺は逃げるぜ!」

 武器を捨てて、蒼たちに背を向けて逃げ出した。

「お、おい待て!」

 その声につられて、俺も俺も、と他の賊が武器を捨て、鉄戒を人質にしている賊の左右を駆け抜けていく。
 蒼の後ろにいた軽鎧の人間や妖怪が逃げていった賊たちを追いかけていった。
 蒼の後ろには、白犬妖怪であろう軽鎧の先頭が残った。

「……お前一人になったけど、どうする?」

 鉄戒を人質にしている賊だけが残っている。
 その刃は震えて、今にも逃げ出したいと言っているようなものであったが……。

「くっ、くそが! 殺されるくらいならコイツを殺してやるーーーーっ!!」

 窮鼠きゅうそ、猫を噛むとは、この事であろうか。
 焼きが回ったと言えよう。
 脇差の刃を鉄戒の首に押し当て、掻っ切ろうとしたのである。
 その刃は確かな意志で鉄戒の命を奪おうとしていたがすんでのところで止まった。
 いや、止められたのだ。
 蒼の手のひらが賊の手首を掴んでいた。
 その腕力は凄まじく、もう一度掻っ切ろうと動いた賊はびくともしなかった。

「鉄戒を殺そうとするなら、俺はお前をここで殺すが……命が欲しかったら、脇差から手を離せ」

 賊の左耳に低く殺気を帯びた声色で囁いた。
 弓月譲りの「狼のささやき」を無自覚にしていた。
 いつの間にか、蒼は覆い被さるように賊の背面を取っていた。
 左手は脇差を持ち、鉄戒から脇差を離させた。
 右手は手刀でもって、賊の首に添えている。
 賊を鉄戒から軽く引き離して、賊に見せつけるように手刀をやめ軽く握り拳を作った。
 そして、開いた手のひらに炎が揺らめかせた。

「ひぃーーー!! ど、どうか命だけはぁ〜」

 その炎を見て、賊は今朝の事がちらついて、焼き殺されると慌てふためいた。
 賊は脇差を放し、蒼と鉄戒から離れ、二人の正面で尻餅をついた。
 それを見て、残っていた軽鎧の一人が賊を取り押さえた。

此奴こやつは私めがひっとられますので、鉄戒殿を」
「わかった、ありがとう。鉄戒、大丈夫か?」

 賊から奪い取った脇差で、腕と足の縄を切りながらそう尋ねた。
 鉄戒の身体には、無数のアザが目についた。
 相当痛めつけられたのだろう。
 でなければ、鬼である鉄戒がヒョロい賊達に遅れを取りはしないはずである。

「あぁ、わしは大丈夫だ。ただ、椿が……」
「椿が? どうした、何があった?」

 鉄戒は自由になった足で胡座をかき、俯いた。

弓月ゆみづき様を送り出した後、儂と椿は気を取り直して、茶屋と鍛冶屋を切り盛りして、客が落ち着いた頃に奴らが現れたんじゃ。好き勝手に飲み食いすると勘定かんじょうをせずに鍛冶屋に押し入ってきて、昔のよしみでタダにしろなど言ってきおってな。それを断ると、椿を人質にとって、儂を痛めつけてきおった。挙句、蒼殿の三度笠と縞合羽を見つけて、今朝の浜辺での仕返しをしてやるから儂を人質に茶屋に連れてこいとぬかしたんじゃ」

 鉄戒は悔しさからだろう、ぎりりと歯軋はぎしりをした。

「俺たちが居なくなってからそんな事が……昔のよしみって、相手は知り合いなのか?」
「あぁ、力地りきじも昔、弓月様に仕えておったんじゃ。力任せな奴でな、弓月様も臣下の皆も手を焼いておった」
「その力地というのが椿を人質にしてる奴か。まだ茶屋の近くにいるのか?」
「おそらく……行かれるならお気をつけてくだされ。きっと、戦いになる。奴は昔よりも強くなっておった。それに蒼殿のように妖気も二つあるような……何かに取りかれているやもしれませぬ」
「わかった。気をつけよう」

 蒼が立ち上がると、脇差を投げ捨てた。
 ちょうど軽鎧を着た連中が賊達を縄で縛りつけて連れてきた。
 だが、賊の数が一人少ない。
 追う側は元より数が一人少なかったのだ。
 取り逃しても仕方ない。

「私もご一緒致します」

 軽鎧の先頭がそう言ってきたが、蒼は首を横に振った。

「いや、その賊たちと鉄戒を頼む。俺一人でいく」
「しかし……」
「……他にあと七人の賊がいる。捕まえるために人を増やして、この先の茶屋に来てくれ。それまでそこで待ってる」
「わ、わかりました。御武運ごぶうんを」

 そう言ってきた先頭を見ながら蒼は頷いた。
 蒼は左足を軸に右足で地面に円を描き、その動作に生じた空気の動きを操り、上昇気流を生み出した。
 円を描く動作でしゃがんだ体を立ち上がらせると共に上空へと飛んでいった。
 薄井を呼ぶのも手ではあったが、暮れてきたとはいえ、薄井の白く長い姿はどうしても目につくだろうと考えたのだ。
 それに蒼には、こうして風を操り、自身を飛ばす術がある。
 故郷ふるさとでは、妖術の修業しゅぎょうとしてこの術を多用していたせいで蒼の方向音痴に[[rb:拍車 > はくしゃ]]をかけたのだ。
 なにせ、上空から辺りを見渡せば、目的地は大体わかってしまい、歩いて行くための目印や手段など考えなくて良い。
 だからこそ、道なりに行けば良い道ですら見失って迷ってしまうのである。

「姉ちゃんに、旅の中でも使うなって言われたけど。こういう時はいいだろ」

 故郷にいる実の姉からも使うなと言われていたようだが、急を要するこの状況なら仕方ないだろうとゆるしを勝手に得た。
 上空で滞空している間に取り逃した賊が燃える茶屋へと走っていくのを見つけ、風を操り、上空からあとをつけることにした。

 

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