第十九話 賊の鬼と黒狼

 

 逃げびたぞくは、息をあらげながら燃える茶屋の裏手うらてにある竹林たけばやしへと駆け入った。
 茶屋の裏手の竹林は竹がまばらに生えているからなのか。
 中へ入ると外見よりも広く感じられる。
 生いしげる竹林の中にある明かりへと進む。
 すると、話し声が聞こえてきた。
 少し開けた所に六人の賊がたむろしている。
 その中の一人は、鉄戒てっかいと同じぐらいの体格の鬼がいた。
 その鬼は岩に腰掛け、酒をあおる。
 汚れでくすんだ青髪あおがみから二つの角が覗いている。
 その鬼は足音に気づき、そっちへ視線を向けた。

「ああ? 誰だ?」
「た、助けて下せぇ~! 焼き殺される!」

 逃げてきた賊は、そこへと近寄ると安心してか、ひざから崩れ落ちた。
 他の賊たちもその声に気がついて、視線を向けた。

「ああ、何言ってんだ? おまえ」
かしらが連れてこいと言った奴に出くわして」

 頭と呼ばれた鬼は四つん這いになっている賊へと歩み寄った。
 項垂うなだれた賊をむなぐらを掴み、片手で軽々と持ち上げた。

「で? そいつはどうした? まさか、逃げてきたんじゃねぇだろうな?」

 持ち上げた賊をひきよせて、にらみながら聞いた。
 その怒った表情から持ち上げられた賊は恐れおののいて、軽く悲鳴を上げる。
 その剣幕けんまくを見て、他の賊たちも息をんだ。

「返事がねぇって事は図星ずぼしか? 使えねえな……他の連中とあのじじいは?」
「多分、奴らに捕まって」
「たぶん……おまえ、一人で逃げてきたな?」
「ひい、お、お許しをっ……おぐぅ」

 ゆるしをう賊の腹を鬼の拳がえぐった。
 殴った後に手を離され、賊は地面に落ちた。
 賊は殴られた腹を抱えて、うずくまっている。
 うずくまる賊を足蹴あしげにして、何度か踏みつけた。

「それくらいにしてやれ。そいつのおかげで俺はここに辿り着けたんだから」
「ああ?」

 賊を足蹴にしたまま、振り向いた。
 そこにはあおが立っていた。
 隠れない蒼に他の賊も不意を突かれたが、慌てて武器を取った。

「誰だ、おまえ?」
「うぅ……あ、頭! こいつです、今朝浜辺でやり合った奴です!」
「うるせ、てめぇは黙ってろや」

 鬼はうずくまる賊のお腹を蹴り上げた。
 蹴り上げられた賊はまたお腹を抱え、吐き気を催していた。

「お前が力地りきじか?」
「答える義理はねえな」

 その質問を皮切りに力地は蒼と対峙たいじした。

「そうか、なら、椿はどこだ?」
「ああ? 知らねえな、そんな奴は」
「じゃあ、岩にしばられている女は誰だ?」

 鬼が腰掛けていた岩には口に布をくわえさせられ、手足を縛られ、身体を岩に縛られている女性がいた。
 肩までの髪は赤く、おでこの一角はかけている。
 見間違えることなどなく、そこに縛られている女性は椿つばきである。
 うなだれて顔が見えない。
 この騒ぎに反応がないのを見るに気を失っているようだ。

「さっきからうるせえ奴だな……今から死ぬ奴に答えても無駄なんだよっ!」

 力地は手を堅く握り込み、蒼へ駆け寄った。
 振り上げた拳は蒼めがけて、振り回された。
 が、その拳が捉えたのは蒼ではなく、竹であった。

「そんな大振りで当たる訳ないだろ。まぁ、当てれたら殺せるかもしれないが」

 力地の攻撃を避けて、その背面を取った蒼が言った。
 その言葉にムキになり、振り向きざまに再び拳を振り回すが、それも蒼は避ける。
 また力地の後ろを取り、最初にいた所へと戻った。

「ちっ。ちょこまかと……おい! お前らも見てないでその女、使えや!」
「へ、へい!」

 椿の近くに居た賊が、椿の口の布を取り、気を失っている椿のほおを叩いた。
 それで起きた椿はぼんやりとした視界に槍先やりさきやいばが入ると顔を青くして、身体をふるえさせた。

「い、いや! もう痛いのも怪我も治したくない! だ、誰か助けて!!」
「おい、犬もどき。これで分かったろ? 俺に殴られなきゃ、あの女は殺すぞ?」

 賊たちに武器を突き付けられて、悲鳴を上げる椿を自慢するように言う力地に蒼は不快感を覚えた。

「お前、椿に何かしたのか?」
「ああ?」
「何かしたのかって聞いたんだ」

 蒼は少し俯いた。
 垂れた前髪で表情は見てとれないが、強く拳を握っていた。

「はっ、何回も逃げようとするから痛めつけたんだよ。コイツ、見かけによらず力が強くてなぁ。だから、仕方なく腕も足も切り落とそうとしたんだがよ……切った途端に切り口がふさがんだよ! すげえよな! だから、面白くて何度も切り落とそうとしていたら、気を失いやがって」
「何度も切り落とそうとした?」

 聞きづてならない言葉に狼耳おおかみみみをピクリと動かした。

「ああ、良い叫び声をあげるもんだから、楽しかったぜ」
「ゆるさない……」

 そう呟いた。

「なんだと……?」

 その言葉を置き去りに蒼は力地の前から姿を消した。
 次の瞬間には、力地の背後から五人のうめき声と倒れる音が聞こえてきた。

「あ、蒼さん、私を助けに」

 力地が振り向いたときには蒼が椿を抱えていた。
 蒼は椿の縛られている手足を見た。
 腕や足に血が多くついている。
 力地の言ったとおり、何度も切りつけられたようで、血が仕切られた様に血のついた肌とついていない肌が見て取れる。

「椿、大丈夫か?」
「は……はい、なんとか……」

 一瞬、顔が固まったが、すぐに笑って見せた。
 なぜ、切られた場所がすぐに治るのか分からないが、松明たいまつに照らされた青い顔や小刻みに震える身体は寒さから来るものではない。
 すぐに治っても切りつけられた痛みは感じていたのだろう。
 でなければ、こんなに震えおびえはしない。

「とりあえず、なわを切ってやるから大人しく」
「蒼さん、危ない!」
「オレのことを無視してんじゃねぇ!」

 力地へ背を向けていた蒼へ容赦ようしゃなく、殴りかかった。
 蒼は椿に言われた事でなんとか避けることができた。
 力地の拳はまたしても蒼を捉える事が出来ずに、椿を縛っていた岩をくだいた。
 砕けた岩の煙が力地の目の前に漂っている。

「さっきのと言い、鉄戒てっかいの言う通り、力任せな奴だな」
「蒼さん! ひいじいは、大丈夫なの?」

 鉄戒が連れていかれた事を思い出したのか、蒼へ食い入るように言った。

「村の連中に任せてるから心配ない」

 あの軽鎧を着た連中はきっと、村の連中であろう。
 山火事を見て、確かめに来たら道中で賊に連れられる鉄戒と出くわし、騒動になっていたに違いない。
 今はそんなことより、と力地を見た。
 相手も振り向いて、二人を睨みつけていた。
 椿を助けたのだからここから逃げればいい。
 だが、ここで逃げてしまえば、また力地は違う人を襲い、悪事を働くに違いない。
 浜辺で追い払うだけでなく、捕まえられていたら、椿も鉄戒も、ひどい目にわず、茶屋を焼かれずに済んだかもしれない。
 そう思うと、蒼は逃げるという考えが無くなった。

「椿、一人で山を降りてくれ」

 蒼は椿を下ろすと、縄を解きながら呟いた。

「え?」
「アイツはここで捕まえないと、また被害が出るに違いない」
「でも……蒼さんは」

 椿は心配そうに蒼を見つめてくる。
 そんな椿に蒼は微笑みかけた。

「俺は大丈夫だ。それに椿がそんなに傷ついたのは浜辺を縄張りにしてたアイツらを山へと追いやった俺のせいでもある」
「え?」

 申し訳なさそうに呟く蒼は椿を見る事が出来ずに俯いた。
 椿がどんな顔をしているだろう。
 そう思ったが、今は見る事ができなかった。

「また俺を無視して話してやがんなっ! いい加減にしやがれっ!!」
「仕方ないっ!」
「きゃっ! きゃぁーーー!!!」

 蒼は縄を解いた椿を突き飛ばした。
 突き飛ばされた椿に風がまとわりついた。
 椿は竹林の合間を吹き向ける風のようにその場を離れていった。
 三度目の攻撃も避けられた力地の拳が空を切り、さらに風が起きた。
 蒼はその風も利用して、さらに椿を遠くへと運ばせる。
 遠くから、椿の叫び声が聞こえてきた。

「これで鬼娘おにむすめを助けたつもりか?」
「そのつもりだ」

 力地の攻撃を避けて、しゃがんでいた蒼は立ち上がった。
 その表情は椿がいた間には見せなかった。
 力地を睨んだ表情に感情はなく、その眼は力地だけを写していた。

「ついでに、お前を倒すか……殺す」
「避けてばっかなテメェにできんのか? 俺には妖術もあるんだぜ?」

 力地は握り拳を目線の高さまで上げた。
 岩か土を操る妖術を使ったようで、力地の周りの地面が角ばった岩や尖った岩となって迫り上がった。

「それくらい、故郷の何人かはできる。黒狼こくろうを舐めるな」

 蒼は爪を立てた手に力を込めると、爪が少し伸び鋭く尖らせた。
 そして、身体に風を纏わせた。

「お前が傷つけた人の分、らしめてやる」

 

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