「ぬかせ」
蒼の言葉を鼻で笑ってから、力地はしゃがみ込んで地面に拳を突き立てた。
すると、地面が揺れ、蒼の足元に大きく尖った岩が突き出てきた。
蒼は紙一重で避けると、三回の後方転回。
所謂、バク転を三回して、人の大きさくらいの竜巻を六つ飛ばした。
力地に向けたものかと思われたそれは、見当違いな所へと飛んでいく。
「はっ! 当たってねぇぞ、目に砂でも入ったか?」
「人命救助だから、気にするな」
その竜巻たちは気を失った六人の賊たちを巻き込み、椿と同じ方向と吹き抜けていった。
椿の時よりも風の強さは弱いため、そんなに距離は離せないが戦いに巻き込まれはしないだろう。
「人命救助ねぇ……舐めた真似しやがって、鼻につくんだよ! お前の姿を見てるとアイツを思い出すから余計になっ!!」
力地は自分の周りに迫り上がった岩を思い切り殴った。
岩が無数の石へと砕け、その勢いのままに蒼へと飛んでいく。
飛んでいく最中、石は矢のように形を変えていった。
蒼はまだ賊たちの風を操っていた事もあり、少し範囲の広い攻撃に遅れをとってしまった。
そのせいで、石の矢が右足に突き刺さりそうになる。
(避けきれないか)
蒼自身、右足にくるであろう痛みのために顔を強張らせた。
だが、石の矢が突き刺さることはなかった。
むしろ、何故か甲高い音が鳴った。
避けている間に右足へと視線を向けていると、一瞬だけ鉄のような何かが石の矢から守ってくれたように見えた。
(なんだ、いまの……俺を守ってくれたのか?)
右足を一瞥して、軽く動かしたが、痛みを感じなかった。
擦りもしなければ、もちろん、血も出ていない。
(なんだったんだ、今のは……そんなことよりも)
「……アイツって言うのは、弓月の事か?」
「……そりゃあ、知ってるか。その形とさっきの言葉はハッタリじゃなさそうだしなぁ。お前はアイツのなんだ? もしかして、夫とか言い出さねえよな?」
「俺は弓月の遠い子孫だ。そういうお前は弓月の家臣だったらしいが、なんでこんな事をしている? かつては自警団の一員でもあったんだろ? 真逆の事をしてるとは思わないのか?」
「うるせぇ、どいつもこいつも同じ御託並べやがって! お前らに何がわかる! あの大乱で暴れられなかった気持ちが分かる訳がねぇ! 奴らを殺したかったのに大乱に出されず、里の護衛に回され、力を見せつけられなかった……まぁ、いいか……お前でチャラにしてやるよ。殺してやらぁアアァァ!!」
筋肉を震わせながら、怒った力地は身体から妖気を滲ませた。
その黒い水のような妖気は、力地の身体を伝って、空気上に晒される。
すると、気化して塵のように空へと舞い上がり消えていった。
蒼がその異様な光景に目を奪われているのも束の間、力地はまたしゃがみ込みながら地面を思い切り殴った。
またしても地面が揺れた。
だが、さっきの比ではなく、足の踏ん張りが効きにくいほど揺れが蒼を襲い、そこへ無数の岩の棘が迫り上がってきた。
「風気 隼!」
軽く踏ん張ると両足に風を纏わせ、迫ってくる岩の棘を寸での所で避け切った。
瞬間移動のような速さを生み出す技である「風気 隼」は賊から鉄戒や椿を助ける時や力地の拳を避けるときにも使っていたのだ。
その速さは目にも止まらず、力地の懐へと
飛び込む。
突如、自分の前に蒼が現れた事に力地は驚いた。
少したじろぎながらも自慢の拳を蒼へと振う。
だが、やはり遅く、振り終えた頃には蒼の姿はない。
その代わりに力地の左脇腹に衝撃が走った。
力地の拳を避けた蒼が回し蹴りを左脇腹に当てたのだ。
渾身の当たりであると手応えがあったが、力地は諸共せず、振り返りざまに蒼へとまた拳を振るう。
蒼は力地の岩のように頑丈な身体を「風気 隼」で蹴り避けた。
避けながら手刀にした右手に風を纏わせて振ると、風の刃が飛んだ。
飛んでいくにつれて、風の刃は燕のような形になった。
その速さに力地は自分の首付近にきた時に気づき、倒れ込みながら避けた。
力地の顎を風の刃が掠めたようで、切り傷から血が滲んだ。
蒼は避けた後に空中で身体を捻って、リズム良く右足左足と着地するとすぐさま攻撃に転じた。
両手を手刀にして風を纏わせたながら、起き上がり立とうとしている力地の左側へ回り込む。
そして、さっき回し蹴りを当てた左脇腹めがけて。
「風気 鎌燕!」
さっきの風の刃である鎌燕を飛ばす。
三回振った事で三つの鎌燕が力地へと飛んでいく。
力地はなんとかそれに気づき、手を空にかざした。
すると、土の壁が地面から迫り上がった。
その土壁に鎌燕が当って切り傷を残した。
「なんだァ? てめェの力はそんなモンか? 大した事ねェナァ」
力地からの取るに足りない煽りなど聞き流しながら、蒼は作戦を思いついていた。
相手が間抜けの阿呆である事を祈りながら。
「そんな事を言うやつほど大した事ないんだよ」
壁越しにそう言ってきた力地の左側へと一瞬で回り込んで、またしても鎌燕を放つ。
そして、力地はまた土壁を出して、防いだ。
「やっぱり大した事ねェ」
そう呟いた力地の左側にまたも一瞬で回り込み、鎌燕を放ち、土壁を生み出させ、また左側へ繰り返し。
「これは」
「やっと気づいたか。間抜けの阿呆でよかった」
同じことを三回繰り返し、力地の四方は自分で作った土壁で囲まれ、頭上だけが開いている。
蒼はその頭上へと跳んで、鎌燕を飛ばした。
「はっ! 防げないとでも思ったのかァ?」
四方の壁が頭上へと伸び、鎌燕を防いだ。
蒼はその様子を見ながら、地面へと着地した。
「おいおいおい! これじゃあ、お前は攻撃できないなァ! 次はこっちからいくぜ!」
「お前だって、俺が見えてないだろ」
「見えてないなら、やりようがあるだろうがよォ!」
また地面が揺れて、力地の土壁の周りから円状に岩の棘が迫り上がって行った。
その棘は竹も巻き込んで薙ぎ倒されていく。
蒼は次々と迫り来る棘たちをなんとか間合いの外まで避け切った。
岩の棘は残っているが、この間合いへと入れば、力地はまた攻撃を仕掛けてくるだろう。
「ちっ、全部避けやがったか?」
「それで仕留めようとしたなら、弓月がお前を連れていかなかったのがわかる」
「なんだと?」
「お前が間抜けの阿呆だから連れていけなかったんだ。もし、連れて行っていたら、お前はこうして俺と戦いもしてない。早々に死んでいたのがオチだ」
「テメェ! 絶対殺す!」
「そこで吠えられても、何も感じないな。もう終わりにしよう」
蒼は風を操り、土壁の隙間から力地のいる内側へ風を送り込む。
少しずつ吹き込む風が強くなっていった。
そして、壁の中の力地は慌て始めた。
「な、なんだ」
「その中で今までの事を反省するんだな」
『風奥義 鎌燕乱翔!』
土壁の内側へ吹き込んだ風が小さな鎌燕になり、力地へと襲いかかった。
力地は腕を交差して、鎌燕から頭を守るようにするが、どんどん身体をズタズタにしていった。
小さな傷口に小さな傷口を重なって、その傷口は深くなっていき、鎌燕もより深く身体を切り刻む。
「ぐ、ーーーっ」
身体が傷ついていくうちに力地が生み出した岩や壁が少しずつ崩れてきていた。
「あそこに炎を放てば、焼き殺せるが……弓月が情けをかけていた事に免じて、許してやるか」
鉄戒と椿を酷い目に会わせた奴など、もう悪さが出来ないように殺してしまえば良いと蒼は思っていたが、哀れに感じた。
力のなさーー力地に足りないのは知恵と言えるがーーあまりにも弱すぎる。
目に見える強さ程脆く、頼りない。
だが、使いようによれば、堅く頼もしいものになる。
かつての弓月がどう考えていたかは、聞いてみなければ分からない。
だが、きっと似たような事を考えたに違いない。
今回は生かしてやって、改心するつもりがないならその時に殺せばいいだろう。
そう思いながら蒼は鎌燕を操る傍、手頃な岩を持ち上げて、力地が立てこもっている土壁へと投げつけた。
その岩が崩れかけていた土壁を破って、ゴチンと力地の顔面へと容赦なく当たった。
「がっ!」
力地は気を失って倒れた事で岩が全て土へと戻っていった。
土壁も土に戻り、力地の体は埋もれているが、顔だけ運良く土に埋もれていない。
「やれやれ、なんとかなったか……?」
蒼がそんな力地へと近づこうとした時である。
力地の体から黒い煙が沸々と出てきたのだ。
それを見て、蒼はまた身構えた。
戦いの中で確かに力地の身体はおかしな事が起きていた。
それを鑑みて、近づくのは得策とは言えなかった。
しばらく、見守っていると黒い煙が空中の一か所に集まり黒い雲のようになった。
「カァ〜っ! 力を貸したのに大したことのないやつだっタナッ!」
その黒い雲から甲高い声が聞こえてきた。
どうやら力地を見下ろしながら愚痴を漏らしているようだった。
「なんだ、お前は!」
「ン? おー、これは仇敵の黒狼じゃあねぇかァ! でも、弓月じゃねぇナ? ……ダガ、懐かしく憎たらしい妖気を感じル……マァいいか。今日のところはしゃぁねぇワナ。だが、次に会った時、命はないと思えヨ? じゃあな、小僧」
そう言うと黒い雲は夜空へと流れて行った。
もしかすれば、追うべきなのだろうが、あれを倒す手立てを知る由もなく、蒼は呆然と見送った。
「なんなんだ、いったい……」
椿が呼んでいる声が聞こえたような気がして、狼耳をピクリと動かした。
その声の方向を見ると遠くが少し明るい事が窺える。
椿が村の連中と合流して、探しにきてくれたようだ。
「俺も帰るとするか」
土に埋もれている力地を引っ張り出した。
力地の大きな右腕を蒼の肩へ担ぎ、蒼の左手を力地の背中に回した。
力地の両足を引きづりながら明るいの方向へと向かう。
空はもう月の光が照らし始めていた。
「悪さをした分は、きっちり反省してもらわないとな。あと、何に取り憑かれていたかも話してもらおう」
あの黒い煙は、どう考えても黒狼にとって見なかった事にはできないものだと思えた蒼は歩みを止めなかった。
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