第二十一話 戦いの後

 

あおさーん! 多分、この辺りだと思うんだけど……」

 椿つばきは軽鎧の者たちと合流して、また茶屋の裏手の竹林に戻って来ていた。
 蒼の助けで山を降りようとしていた所に軽鎧けいよろいのものたちと出会でくわして、茶屋へと案内した。
 竹林の入る手前で六人の賊が散らばって倒れているのを見つけた。
 その賊たちは軽鎧の者たちに任せて、椿は一人竹林に入っていった。

「蒼さんの事だからこんな所でも迷いそう」

 客の顔をそんなには覚えていない椿だが、あんな印象が深く、見るからに訳ありな人物はそうはいない。
 蒼と弓月ゆみづきの事は嫌でも覚える。
 まして、会って一日と経っていないのだ。
 蒼が方向音痴ほこうおんちなのを忘れる訳もなかった。

「もうちょっと奥かな? 蒼さーん!」

 口の両側に手を当てて、出来るだけ遠くへと声を響かせた。

「つばきーー! こっちだーー!」
「蒼さん!」

 すると、右側から蒼の返事があった。
 少し走っていると、大きな影が見えて来た。
 近づくと蒼が全身血まみれの賊の鬼に肩を貸して、運んでいる所だった。

「あ、蒼さん!?」
「やっぱり、椿か。助かった……こいつを倒したのは良いが、思ったより重くてな。すまないが、村の人たちを呼んでくれるか。」

 蒼はひたいに汗をにじませながら、困り顔で笑う。
 蒼たちの後ろを見ると、竹の多くが根本から掘り起こされたように荒れていた。
 椿はその惨状さんじょうを見て、なんでそうなったのか聞きたくもなったが、それよりも蒼の手伝いをしないとと慌てた。

「え、ええっと、どうしよう……村の人たちは賊が逃げ出さないように見張ってらっしゃって、手が回るとは思えないので……私が手伝います! その前に止血だけでも」

 椿は力地りきじへ両手をかざすと、その両手から光の粒が出てきた。
 それが一粒ずつ力地に触れると少しずつ傷口が塞がって行く。

「そんな事ができたのか……いや、でも、良いのか? こいつはお前に酷いことをした奴だぞ?」
「そ、そうですけど。蒼さんが助けようとしてるなら私もそうします」

 椿は額に汗をかきながら微笑んだ。
 そして、傷口をふさいで止血を済ませた。
 顔色が悪く、険しい顔をしていた力地の表情は心なしか柔らかくなったように見られる。
 力地の空いている左腕を椿は肩に回して、支える。
 力地の腕に埋もれそうではあるが、椿が手伝うことで力地の重さが随分と軽くなった。
 昼間に茶屋で鉄戒てっかいを運んでいた時にも見たが、やはり見かけによらず力持ちである。

「そうか。おし、これなら連れて行けそうだ。ついでに案内も頼む」
「わかりました、こっちです」

 椿に村の連中の場所へと案内してもらいながら、二人で力地を運ぶ。
 依然として、両足は引きずっているのだが、二人で運んだ事ですぐに村の連中の下へとたどり着いた。
 軽鎧を身につけた村の連中は気がついた賊たちを縄で縛りあげ、歩かせていた。

「こ、これは……鉄戒殿よりも少し大きい」

 歩み寄ってきたのは、白髪で犬耳に尻尾もある男である。
 軽鎧を身につけているところを見るに、

「さっきの」

 鉄戒を人質に取られていた時に軽鎧の先頭で蒼とやり取りをした男だった。
 ついでに言えば、茶屋で事情聴取をしてきた男である。

政晴まさはると申します。先程はご無礼つかまつりました。まさか、このような所で父、政元まさもとから聞いた黒狼妖怪こくろうようかいの方とお会いするとは思いもよりませぬゆえ。そして、茶屋での無礼もお許しくださいませ」
「大丈夫だ。名乗らなかった俺も悪かった」
「ありがとうございます。ささ、我々でこの荷台にそやつを乗せ、縛り付けましょうぞ」

 準備のいいことに荷台まで持ってきている。
 他の軽鎧を着た連中が蒼と椿に変わって、気を失った力地を荷台へと乗せようとした。
 だが、思いの外、重かったらしく助けを呼びながらなんとか乗せることができた。

「私がお伝えしたんです。きっと必要になるだろうと思ったので」

 少し照れながら椿は呟いた。
 松明の光に照らされて、気が付いたが椿は蒼が助けた時と変わらず、身体に血をつけたままであった。
 なんなら、力地の血もついて血まみれである。
 それは右腕を担いでいた蒼も同じではあるが。

「怪我は大丈夫なのか?」
「え?」
「え?じゃない。奴らに切られた所は大丈夫なのか?」
「は、はい。私の怪我はあの鬼の方が言ってた通り、もう治ってます。私、半妖の中でも妖力が強いみたいで。その、さっき、鬼の方の怪我を治したように身体を治す事が出来るんです。特に自分が怪我をした時はすぐに治っちゃうくらいで。だから、怪我とかは大丈夫なんです。でも、痛みは残っちゃって……辛いんですけどね」

 ははは、と乾いた笑みを浮かべる椿は腕をさすった。
 摩る手も腕も足も、全身が小刻みに震えている。
 さっきまで堪えていたのか、忘れていたのか、きっと奴らにされた事は怖くて痛かったに違いない。

「あ、蒼さん、何を」

 蒼は椿を問答無用におんぶした。

「怪我は無くても、椿も立派な怪我人だから俺がおぶる。俺の背中でよかったら休んでくれ」
「でも、蒼さんもあの鬼と戦って疲れてるんじゃあ……」
「修業の日々に比べれば、あれくらいなんて事ない。それに弱かったから本気も出してないし」

 蒼は椿の心配など気にも止めず、呑気のんきに言いのけた。
 本当になんてことはなく、弱かったのだろう。

「そ、そうなんですか……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

 椿はそんな蒼の肩に手を乗せて、身を預けた。
 流石に抱きつくような身の預け方は出来るはずもない。

「こちらの準備もできましたので、村へ戻りま……お二人ともお熱いですな」

 政晴は二人を茶化すように、ニヤニヤとしていた。

「こ、これはそういうことじゃなくて!」
「そうだ。別に暑くない」

 椿は顔を赤らめ、言葉の意図を察した。
 蒼はというと、何を言っているんだ?と言いたげに顔を少ししかめながら返した。

「ははは、左様さようで! では、出発致しますので付いてきてください」

 一瞬の間があったが、政晴の屈託くったくない笑い声が響いた。
 やはり、蒼に色恋沙汰いろこいざたはまだ早いようであった。
 椿をおんぶした蒼は、政晴たちの最後尾についていく事にした。
 その最中、蒼は力地から出てきた黒い煙のような雲の事を考えていた。
 黒狼こくろうの事を仇敵きゅうてきと言っていた事、弓月を知っていた事、そして、あの異様な姿。
 あれは一体なんだったのか、何者だったのか。
 蒼には皆目検討かいもくけんとうがつかない。
 弓月ならわかるだろうが、今日はもう深く眠っている事で聞くことはできない。

「蒼さん? どうかしました?」
「ん? あ、なんだ?」
「あ、いえ、なんでもないんですが」

 おぶっている椿がなにかまごまごしているようで。
 おぶっている蒼の体勢が右へ左へと少し揺れる。

「その、お、重くないですか?」

 鬼の半妖とはいえ、女性に違いなく思う所があるようで気になってしまったようだ。

「全然、重くないが?」
「そ、そうですか……こうしておぶられるのは子供の頃以来で体も大きくなってるから大丈夫かなと」
「そういう事か。気にするな。修業の時の大岩をおぶって山を登り降りしていた時に比べればなんてことない」
「さ、流石にそれと比べられるのはちょっと。でも、良かったです」

 岩の重さと比べられるのはなんとも言えなくなり、椿は蒼の背の中で大人しくする事にした。
 力地を載せた荷台は蛇腹の崖道をぎりぎりの幅で降りていく。
 時折、危ない場面があったが、蒼の風の妖術で助けたりしてなんとか降りる事ができた。
 蛇腹の崖道で疲れてしまい、少し休憩を取ることにした。

「なんとか降りてこられてよかったですね」
「そうだな、多少無理もあったが」
「いやぁ、何度も助けて頂いて。黒狼妖怪様の力は計り知れませんな」

 駆け寄ってきた政晴は、申し訳なさそうに頭に手を置いて軽く会釈した。

「なんて事ない。あと、俺の名前は蒼だから、そう呼んでくれ」
「蒼様ですね! 承知致しました!」
「様はつけなくていい」
「では、蒼殿どのと呼びまする!」
「ふふ、なんだか変なやりとりですね」

 二人のやり取りを蒼の背中の上から見ていた椿は、おかしくなって微笑んだ。

「おや! 椿殿の笑顔なんて幼子おさなごの時以来だ。鉄戒殿と元気に過ごしていてくれて良かった」
「ん? どういう事だ?」
「そうか、蒼殿は知る由もないですな。実は……」
「政晴さん、その話はっ」

 椿が乗り出してきて、蒼は体勢が崩れそうになったがなんとか踏ん張った。
 椿の手も蒼の肩をぎゅっと握っている。
 その手は震えていた。

「そ、そうだな。さて、気を取り直して出発と致しましょう!」

 少し気掛かりに思いながらも蒼は政晴達についていくのであった。
 椿の手は今だに蒼の肩をぎゅっと握り、手も震えていた。

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