第二十三話 騒がしい朝

 

  夜が明けて、ふすまの開いている部屋の中をの光照らし出した頃にあおは目を覚ました。
  すずめさえずりも聞こえてくる。
 少し辺りがさわがしい気もするが、そこまで気になる程でもなく、むしろ、心地良さを感じていた。
 一人で居るよりも少し騒がしい方が物寂ものさびしさを感じずに済むからなのかもしれない。

「朝か……ふわぁ〜」

 大きくあくびを一つ、目尻にうっすら涙が溜まった。
 身体を起こして、ぼんやりと正面を見ていると右側に黒い人魂が居た。

「あ、弓月ゆみづき。おはよう、大丈夫そうだな」

 弓月は蒼の目の前にくると、静かに縦に揺れる。
 無事に妖力を回復できたようだ。

「そうだ。昨日は弓月が眠ってから色々な話を聞いたんだ。あとは色々とあってだな」

 蒼が身振り手振り、その「色々」というのを説明しようとした。
 だが、弓月にはなんのことやらと言いたげに横に揺れる始末である。

「あ、そうか。乗り移って貰えば、早いな」

 蒼はそうだそうだと手を打って、弓月と入れ替わろうとした。
 ところが、床を叩く音がした。

「あおさま、あさごはんをおもちしました」

 おっとりとした声が締められている側の襖越ふすまごしに聞こえてきた。
 どうやら、春芽はるめが朝ご飯を持ってきてくれたようだ。
 そして、蒼のお腹は元気よく返事をするように鳴った。

「弓月、この話はまた後で」

 蒼がそう言うと、弓月も縦に揺れた。
 春芽が持ってきてくれた朝ご飯を平らげると、御膳ごぜんを廊下に置いた。
 これまた春芽が布団を片付けてくれたおかげで広くなった部屋。
 座布団の上に胡座あぐらで座り直して、弓月と入れ替わる。
 屋内おくないという事もあって、炎に包まれるような派手な変化の仕方はせず、すんなりと静かに入れ替わった。

「……うぷ、蒼よ。少々食べ過ぎではないか?」

 入れ替わるなり、弓月はお腹の圧迫感に文句を垂れた。
 人魂になった蒼は横に揺れる。
 それも大きく揺れた。
 蒼からすれば足りないと言わんばかりに。
 弓月はそれにため息をつくと、お腹を撫でた。

「まぁ、良い。朝飯である事が幸いじゃった。さて、昨日あった事を見させてもらおうかの」

 魂だけが入れ替わるこの妖術は、身体を共有している事から記憶の共有もできる。
 身体の持ち主の記憶を見て、言語を持ち入らずとも知ることができるのである。
 その時の感情だったり、感覚だったりも覚えている限り感じ取る事もできる。
 弓月は目を瞑り、深呼吸をした。
 昨日の出来事、弓月が眠りについてからの出来事を蒼の身体を通じてのぞき見る。

「ふむ、白蘭びゃくらん達が息災で何よりじゃが、白蘭め、好き放題に我が子孫をたぶらかしおって……お前もあれくらい慣れるべきじゃな。情けない。皓月こうげつからは我の体の事を聞いたか、えらく懐かしい昔話などしおって。白理びゃくり……確かに容姿こそ白蘭に似てあるが、少し変わっとるこのようじゃな。歳が離れとるとは言え、蒼を義弟おとうとと呼ぶとはな。少しちんちくりんで可愛いな……いや、なんでもない」

 白蘭達の寺であった事を一通り覗き見たようだ。

「む、茶屋が燃やされたか。此奴こやつらは昨日の浜辺で出会った連中……あの鬼は力地りきじで間違いなかったか。まさかと思ったが、困った奴じゃ。蒼に負けるとは……それもボロ負けか。これはきゅうを据えてやらねば。この黒い煙のようなのは……まさかな……。そうか、鉄戒てっかい椿つばきはなんとか無事じゃったようじゃな。後で見舞うとしよう」

 力地率りきじひきいる賊たちの事、鉄戒と椿の事も覗き見たようだ。
 黒い煙を覗き見た時に目をつむりながら眉間みけんしわが寄りはしたが、すぐに元に戻っていた。

「……蒼よ、これはまことか? お前、椿を旅に誘ったのか」

 椿とのやりとりを覗き見たのだろう。
 驚いて目を開けた弓月はそのまま蒼を見た。
 縦に揺れる蒼を見て、大きなため息をこぼした。

「お前、我らがなぜ旅に出るのか分かっておるのか? お前の嫁探しのためではないんじゃぞ? あ、いや、待て……ちゃんと考えあっての事じゃったか。だとしても、勝手な事をされては困る! これはお前だけの旅ではない! 何より、我の使命を果たすための旅じゃ! 我が居ない時にこのような事をするでないわ!」

 赤い瞳がにらみつけると、蒼はどんどんと下降していき、たたみの上にポトンと落ちた。
 弓月に叱られて落ち込んでいるようである。
 次は呆れたようにため息をついた。

「まぁ、今回は許してやろう。お前にしては考えあってのこと、椿にとっても良い提案やもしれんからな」

 弓月は布団から立ち上がると、襖に手をかけた。

「ほれ、いつまでそうしとるつもりじゃ。二人を見舞いに行くぞ」

 ふよふよと浮かび上がると、畳の上から弓月の左肩へと移った。
 それを確認すると弓月は襖を開けて、鉄戒と椿を見舞いのために廊下へ出た。

「あ……えっと、ゆみづきさまですね。どちらに?」

 ちょうどお膳を取りに来たのであろう春芽と出会した。
 春芽が出会い頭に少し身なりを伺うのも無理はない。
 さっきまで蒼であったのに、弓月と入れ替わっているのだから。

「おお、ちょうど良い。鉄戒と椿がいる部屋へ案内してくれるか?」
「はい、こちらです〜」

 案内する春芽の後をついて行くと。

「なに!? 旅に出たい!?」

 大きな野太い声が家中に響いた。
 案内してくれていた春芽は突然の大声にびっくりしたようで犬耳を両手で押さえてしゃがみ込んだ。

「手間がはぶけたわ。春芽、もう大丈夫じゃ。御膳を片してこい」

 ぷるぷる震えていた春芽は頷いて、そそくさとお膳を取りに戻っていった。
 弓月はさっきの大声のおかげで鉄戒と椿の部屋に見当がついたようで玄関の間を横切って、さらに廊下の奥へと進んでいった。
 すると、鉄戒と椿の話し声が徐々に聞こえてきた。

「別に一人旅ってわけじゃなくて、蒼さんと一緒になんだけど……」
「なんじゃ、そうなのか……え!? 蒼殿と一緒ということは!」
「朝から騒がしいぞ、鉄戒」

 弓月は襖を開けた途端、そう言った。

「へ? こ! これは弓月様! い、いや、これは大声を出さずにはいられない事情があってですな!?」
「弓月さん……」

 部屋の中にいた鉄戒は驚いて、椿は少し居心地悪そうに弓月を見た。

「そうじゃろうが、落ち着け。椿も話辛そうであろうが」
「しかし……」
「しかしもへったくれもあるか。我も蒼の記憶を辿って知ったのだが、どうも蒼の方から誘ったようじゃ。此奴はかなりの方向音痴でな。次の目的地に行けるかどうかが怪しい。我としてもそんな事で乗り移るわけにもいかん。そこでこの村に居ずらいと言っておった椿を案内役として旅に誘ったのじゃ」

 左肩の蒼も縦に揺れる。
 さっきまでねていたように思えたが、いつもと変わらずで弓月は呆れるように軽く息をついた。

「左様で……わしとしては弓月様方のお役に立てるならと思うております。しかし、しばしお待ちください。昨日の今日であります故、鉄慈てつじすみれにもこの事を伝えねば」
「わかっておる。我はこれから用がある。それまでに椿と二人、しっかり話しておれ。我が戻ってきたら、椿の両親の所へ向かうとしよう。蒼が誘ったとはいえ、我の立場もある」
「はい……」
「椿もそれで良いな?」
「は、はい、わかりました」

 弓月を見ていた視線を伏せた。

「そう俯くでない。我としてもお主が一緒であれば、心強い。ただ、鬼の半妖とはいえ、一人の女子おなご。男一人で旅するのとでは訳が違う。しかも、旅の相手は男ならば、事であろう。お主は自分の気持ちに素直になればいい。周りなど気にせず、行きたいか、行きたくないか、それを話してくれれば良い。いいな?」

 椿は俯いたままであったが、大きく頷いた。
 それを見て、優しく目を細めた。

「では、行ってくる! 鉄戒よ、大声を出すな? この家には耳の良い女子も居る。つつしめ」
「は、はいっ」

 弓月は開けていた襖から出ていった。
 その足取りのまま、玄関の間へ行き、踏石ふみいしの上にある蒼の草履を履く。
 昨日一日歩き回り、力地とも戦った事で、草履ぞうりは少しくたびれてしまっていた。

「ゆみづきさま! おでかけですか?」
「うむ、少々出てくる。夏葉なつはよ、悪い奴が捕まっとる場所はどの辺にあるかの?」

 そんな草履を履いて、見送りに出てきてくれた夏葉へと向き返った。

「それでしたら、もんをでて、みぎですね! つきあたったら、ひだりへいけばあります!」
「そうか、わかった。我が出て少しすると、うるさくなるかもしれんが、大目に見てやってくれ」
「は、はい……? あ、いってらっしゃいませ!」

 弓月は夏葉にそう言うだけ言って、玄関を出た。
 お辞儀をした夏葉に蒼は横に揺れて、いってくると言いたげであった。
 門をくぐり、右へと曲がる。
 その頃合いに丁度、鉄戒の大きな泣き声が聞こえてきた。

「まったく騒がしい奴よ、奴の良いところではあるがの」

 弓月はそうぼやきながら、口端くちはしほころばせた。

 

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