第一話 「なんでもや」さんになる!
「暇……」
自宅兼事務所。
その接待室で立派な机の上に足を乗せ、椅子を傾けてぎーこぎーこと揺らした。
別に揺籠ではないから全然心地よくはないし、暇潰しにもならないどうしようもない事なんだけど……
「とにかく、暇なんだけど〜!!!」
暇なのを大声で訴えた所で誰かが解決してくれる事はしないのに、叫ばなければやってられない。
それくらい暇。
「あぁ、なんでこんなに暇なんだろ……お母さんもお父さんも大変そうにしてたし、きっとリン姉も今頃は大盛況なんだろうなぁ……はぁ〜」
アタシの両親は何でも屋として、いっぱい稼いで、リン姉とアタシを育ててくれた。
その両親あって、リン姉もアタシも何でも屋として、両親から離れて、何でも屋を別々で開いてる。
リン姉の方はどうなってるかは知らないけど、きっと上手くやってるんだと思う。
強いし、賢いし、美人だし。
アタシだって、次くらいには強いし、賢いし、美人だからなんとかなると思ってたんだけど。
依頼者も来なければ、依頼の張り紙を見に行って自分で探さなきゃいけない人気のない何でも屋。
挙句、アイツに「貴方はここで大人しく待ってなさい、仕事は私が見つけてきてあげるから。もし、依頼を直接持ちかけられても即答OKしちゃダメだから。いいわね?」と釘を打たれる始末。
私が何したっていうの?
仕事を探して、見つからないからあえて問題事起こして、解決してあげて、お金をたんまりもらう私のやり方の何が悪いのか……意味わかんない。
「……なんで、なろうと思ったんだっけ?」
机から足を下ろして、次は机に頭を突っ伏した。
こんなに仕事が来ないものならやらなきゃ良かった……。
そんな事を思いながらふて寝を始めた。
うつらうつらと思考は睡魔にたぶらかされて、夢の中へ。
その夢の中で。
少女が、「夢」を叶える為に頑張る姿を見始めた。
こんな売れないどうしようもない何でも屋の店主になるとは思いもせず、純粋無垢に両親のような、姉のような。
強く頼れる何でも屋になる為に頑張る姿を。
ーーーーー
その少女には夢がありました。
「あたしね! おとうさんとおかあさんみたいな「なんでもや」さんになる! それでね、それでね! みんなのことたすけて、ありがとうってい~っぱい、いってもらうんだ~!」
両親は何でも屋。
依頼してきた人ができないことを代わりにやり、それを叶えて、報酬をもらう。
そんな仕事を生業にしていることから、すぐに終わらせて帰ってくることもあれば、何日も家を留守にすることがあったようだ。
少女は両親と一緒にいるよりも姉と一緒にいることが多かった。
姉は両親がどういうことを依頼され、今どこにいて、何をしているかを妹である少女にいつも聞かせて過ごしてた。
「リンネおねえちゃん! おとうさんたちはどうだった!?」
「今日はね、つよーい魔物を倒してほしいってお願いされて、他の冒険者の人たちと協力して、倒したのよ」
「すごいすごい!! おとうさんたちすごいね!!」
「そうね。でも、今日はその戦いで疲れちゃったみたいだから帰って来れないみたい」
「そっか……。でも、あたしさみしくないよ! リンネおねえちゃんがいるもん!」
「あ、こら、歩きにくいから離れなさい」
「へへ、やだも~ん」
「もう、甘えん坊な妹なんだから」
依頼をこなしている話を聞くたび、両親への憧れが大きくなり、少女自身も大人になったら、何でも屋を生業にしようと考えていた。
少女がこの夢を口にするたびに両親からはやめておいた方がいいだの、もっといい仕事に就いた方がいいだのとさんざん言われた。
一度も賛成はしてくれなかったのだ。
「またお父さんたちに話したの?」
「うん……」
「毎日、スズネに話してる通り、お父さんたちはすごい。でも、だからこそ、大変さを知っているの」
「たいへんさ~?」
「そうよ。もし、スズネに依頼でね。『隣の家の犬が夜中にうるさいので殺してください』って依頼が来たら、どうする?」
「どうするって……そんなのできないよ!」
「そうよね、スズネは優しいもの」
「なんで、そんないじわるいうの?」
「ふふ、妹が可愛くて仕方ないからよ」
「いみわかんない!」
「ね、スズネ。お姉ちゃんはね、応援してるのよ」
「おうえん?」
「そう。だから、色んなこと教えてあげるわね」
それからというものリンネは、両親が居ない隙を見て、スズネに色んな事を教えることにした。
スズネ達の家の地下には、旅や魔術に必要なものをしまう倉庫がある。
リンネはスズネを連れて、暗い地下へと降りた。
倉庫前の小部屋には机があり、二組の椅子がある。
ひとまずそこへと腰掛けた。
「私たちはね、ハーフエルフなの」
「は~ふ、えるふ?」
「そう、お父さんは人間。お母さんはエルフ。その二人から生まれたのがハーフエルフの私たち。人間には強いて言うならタフさがあって、エルフには高い知性と魔力があるとされているの」
「たかいちせい、と、まりょく?」
「そう。魔法を使うのが上手な凄い種族なのよ」
「まほうはしってる!! ひをばーん!どかーん!ってだしたり、いたいのいたいのとんでいけー!できるの!!だよね?」
「そうなの! なので、今日はスズネが魔法が上手に使えるかどうか調べてみようと思います! ちょっと待っててね」
リンネはそう言うと倉庫へと入っていき、あるものを手にスズネのいる小部屋へと戻ってきた。
小さくふわりとした布団で掬うように持ってきた透明な水晶。
水晶越しの景色は丸い形に沿って、反転している。
それをじっと見るスズネに気づいて、右、左、上に下。
ゆっくりと動かして、最後にはリンネの顔に持っていき。
「わっ!!」
スズネは水晶越しに反転し引き伸ばされて写ったハツネの顔に驚いた。
「ふふ、驚いた? スズネったら、水晶見過ぎ」
「だって、めずらしかったんだもん。それ、どこにあったの?」
「内緒。言ったら、スズネ、割っちゃうでしょ?」
「わ、わらないもん!」
笑いながら小さな布団のような柔らかそうな布とともに水晶を机の上に置いた。
「さ、スズネ。お姉ちゃんの膝の上においで」
「わかった!」
「ふふ。じゃあ、手を水晶に触れないくらいで両手を掲げて~……。そうそう、それくらいで待っててね」
「どれくらい?」
「すぐだから、静かにね」
『汝、この者をその身で以って、映したまえ』
そうリンネが水晶に向かって、つぶやいた。
すると、スズネの手に近いところから蒸気のようなものがもくもくと出てきた。
中はどんどん満ちていき、白んでいる。
「なんか、なんかしろい? よね?」
「そうね……。もう少し見てみようかしら」
『―――――――』
「ん? おねえちゃん、なんかいった?」
「何にも? さ、もう少しこうしてて」
「うん!」
それからしばらく、そのままでいると。
白んでいるだけの水晶の中が真っ白になった。
まるでパールのように深みのある白だ。
「おねえちゃん! 真っ白になったよ!?」
「…………」
「おねえちゃん?」
「…………」
「リンネおねえちゃんってば!!」
「え!? あ、な、なにかしら?」
「もぉ~。よんだのにぃ~!」
「あ、ごめんね。お姉ちゃんびっくりしちゃって……」
「え! あたしすごい? すごい!?」
「すごいわよ~! ただ、さっき言ってたようなことは上手にできないみたいね~」
「え~、ひをばーん!どかーん!も、いたいのいたいのとんでけー!もできないの?」
「う~ん、できなくはないけど、それが上手の人には負けちゃうかもね」
「そうなんだ~」
「それでもよかったら、練習してみる?」
「いいの!?」
「何事も最初はやりたいことをやってみるのが上達のコツなのよ。でも、いっぱいお勉強もしないといけないから覚悟するように」
「うぇ~、でも、おねえちゃんがおしえてくれるならがんばる!」
「ふふ、スズネはいい子ね」
「で! なにからすればいいの?」
「じゃあ、今日はいっぱい寝ましょう」
「えぇ~! まだねむくないよ~!」
「だ~め! 明日からのお勉強とお稽古をするためにいっぱい寝て、疲れをとっておくの。じゃなきゃ、火をばーん!どかーん!もいたいのいたいのとんでけー!も教えないわよ?」
「むぅ~! わかったもん! ねるもん!」
「ふふ、スズネ、大好きよ」
「へへ、あたしもリンネおねえちゃんだいすき!」
水晶を置いたまま、二人は部屋を後にして、階段を上がっていったのであった。

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