第三話 何でも屋の一歩目だぁー!

 

 リンネの旅立ちから数年が過ぎて、スズネは十八才となった。
 両親から誕生日の時にたくさんのご馳走ちそう振舞ふるまってもらった。
 誕生日プレゼントなのか、旅をするための贈り物だったのかわからないが、リンネから箱が届いた。

「何これ?」

 箱を開けると二つの棒切れが入っていた。
 持ち手のような形をしているが、手に取っても何も起きない。

「ん? 魔力を込めてみて?」

 箱の底にリンネの字で『魔力を込めてみて』と書いてあるので試しにその持ち手のような二つの棒切れに魔力を込めた。
 すると、ただの持ち手の棒はスズネの魔力を利用して、魔力をトンファーの形へと変えた。

「わぁー!! すごいすごい!! 最高のプレゼントをありがとう、リン姉!!」
「すごいものを送ってきたな……」
「向こうでうまくやってるみたいね」

 武器戦闘の稽古をする時にスズネが好んでトンファーを使っていたのを、リンネは覚えていたようだ。

「お父さん! ちょっと相手してよ!」
「え、お、おい! ご馳走ちそうが冷めるぞ?」
「冷めてもお母さんの料理は美味しいから大丈夫! 早く早く!」
「い、いいのか、母さん?」
「少し残念だけど、スズネがどれだけ強くなったか見たいから構わないわ」
「嘘だろ……」
「もうつべこべ言わず、武器持って外に出てきて!」
「わかったわかった! 手加減はしないからな!」
「アタシだって手加減しないから覚悟してね」

 スズネは嬉しくて、ご馳走をそっちのけに試したくなり、父親を稽古相手に闘った。

「ス、スズネ! もう良いだろ! 早くご馳走を食べよう!!」
「まだまだ!! もっと試したい事があるんだから!!」
「もうやめてくれぇーーーーー!!!!!」
「あらあら、今日も回復魔法が必要かもね」

 案の定、父親はスズネの体力と近接格闘スタイルに圧倒され、倒れ込んだ。
 スズネは、そんな父親を引きずり、ベッドに運び終わると回復魔法は母親に任せ、ご馳走を全部一人で平らげた。
 父親が起き上がる頃には寝支度も済ませて。

「あ、お父さん! ありがと、良い稽古になったよ!」

 そう言うとすぐにとこについたのだった。

「また、娘に負けましたね」
「結婚する前に母さんに負かされ、リンネにも負かされた。なんとなく予感はしてたが、スズネにまで負かされるとは……むしろ、本望だ!!」
「あらあら、開き直っちゃったわね。これはわたしで塗りつぶさないと」
「か、母さん、なんで胸を押し付けるんだ?」
「女性にそれを聞くのは野暮やぼって、教えなかったかしら? それから、こういう時はコトネって呼ばないとね、ユージ?」
「あ、あぁ。おか……コトネ」

 そうコトネに寝床へとユージは連れ込まれるのであった。

ーーーーー

 翌朝。

「あれ?」
「お父さんは?」
「まだ寝てるわ」
「そんなに昨日キツかったのかな?」
「そうかもしれませんね」
「それに比べて、お母さんはなんだかいつもより綺麗だね! 肌とかツヤツヤしてるし」
「ふふ、ありがと。昨日、お父さんが頑張ってくれたから」
「?」

 スズネには意味がわからないが、母親は赤らんだ頬に手を添える。
 そして、下腹を愛おしそうに撫でた。

「お腹、痛くなった?」
「大丈夫よ。気持ちよかったから、つい」
「ふーん、よくわかんないけど、行ってくるね! お父さんによろしく」
「はーい、行ってらっしゃい」

 コトネはお腹を撫でながら、手を振る。
 スズネは食料と資金で一杯になったリュックを背負っている。
 リンネのプレゼントに同封されていた持ち手用の太ももバンドを両太ももにつけ、トンファーの持ち手ピッタリのポケットに入れて歩いていく。

「よ~し! アタシの夢の何でも屋の一歩目だぁー!」

 そうして、リンネのいる王都へと念願の夢のために旅立ったのだ。
 初めての旅であったが、リンネとの稽古の中で一般常識も勉強していたこともあり、街で宿を取ることやキャンプの方法、狩りなどというのはもう身についていた。
 地図も持っていたが、時々、街人に聞きながらも王都へと目指した。
 野盗や山賊、夜盗に襲われる事もあったが……。

「ひぃ〜! 俺たちが悪かった! 命だけは〜」
「その命に等しい食料とお金とアタシの身体に手を出そうとしたんだから、わかってるわね?」
「ぎゃあぁぁぁ!!!!!」

 スズネにとって、取るに足らず、それらの親玉もろとも叩きのめし。
 旅の資金や食料の補充としか考えていなかったが、その周辺の街や集落では話題になったとかならなかったとか……。
 道中、雨に悩む事があったが、大樹たいじゅをトンファーでキツツキの如く中をくり抜いて、雨宿りに使う事もたまにあった。
 ともあれ、そんなこんなありながら徐々に持っていた食料もお金も減ってきて、リュックもしぼんでいった。
 リュックがマントのようになった頃に、やっと王都についた。
 
「入るのにお金がいるとは……」

 王都の城門を通過する時に払う入国金は思っていたよりも高く、スズネのなけなしのお金はもうリュック同様しぼんでいた。

「とりあえず、王都に着けたんだし、いいや! あ、あのパン美味しそう!」

 スズネはなけなしのお金でパンを紙袋いっぱいに買い込むと、王都中を歩き回った。
 遠くの城を正面に観ながら進める大通り。
 出店が立ち並び、種族は多種多様で賑わう王都の中心部。
 道を外れて、一般的な住宅地。
 王城の近くまで足を伸ばしたが、流石に王城にも高級住宅地にも入る事はできなかった。
 身分の高い人達に会う為にここまで来た訳ではないので、何も残念には思わなかったが、スズネはリンネの店を探しているのだ。
 だが、どこを探しても見つからず、買い込んだパンを貪りながら歩き回る事三時間程。

(リン姉の何でも屋、どこにあるんだろ〜? 探してたらこんなとこに来ちゃったけど、もしかして、こんな所にあったり……?)

 薄暗い路地。
 所々、きたならしく、汚物やくさったような匂いがかすかにする。
 その路地に居る人々は壁に背をもたれるか、横になっていた。
 立って歩いているのはスズネだけだった。

(なんか、みんな元気ないなぁ。王都って、こんななんだ。なんで、お姉ちゃん、こんな所に来たんだろ?)

「……あっ! わかった!! こんな人たちが多いからそれを救うために何でも屋を王都で開いて、色んな人を助けようとしてるんだ!! 流石、お姉ちゃん! 凄い!! ん? ちょっと! 足首掴まないで、歩けないでしょ!」

 リンネの在らぬ目的に感銘を受けているとスズネの声に反応した人が足首を掴んできた。
 だが、スズネにとっては助けるというものは一切なく、邪魔であったためその手を足蹴あしげにする。

「歩いてる人に手をかけるなんて、マナーがなってないな〜。危ないじゃん、もう!」

 歩いてると何度も足を掴まれたが、こけはせず、むしろ、どんどん足蹴にしていった。

「あ、パン一個になっちゃった。まだ足りないんだけど、これで最後だし仕方ないか。いただきまっ……いった」
「……ちょっと。前向いて歩いてちょうだい」

 パンを口に運びながら角を曲がろうとしたら、人とぶつかった。
 スズネよりも背が高く、長髪の黒髪にバンダナを巻き、ネクタイを締め、カッターシャツにベストを着た人物。
 服装に反して、まつ毛は長く女性的な佇まいをしているのだが……。

「男よね?」
「……オカマに対してそれを聞くってことは、田舎者ね」
「田舎者じゃない!!」
「その反応が何よりの証拠よ」
「そんなことより、パン弁償して!!」

 ぶつかったはずみでスズネが食べるはずだったパンは落ち、土にまみれてしまった。

「知らないわ、そんなの」
「そんなの!?」
「そんなことより、貴方も逃げた方がいいわよ」
「はぁ?」

 オカマの視線の先を追うと黒いローブを被った人がいた。
それを皮切りに同じローブを被った人がぞろぞろと姿を現した。
 ざっと二十人程がスズネとオカマを取り囲んでいる。

「なに、コイツら?」
「ちょっと勘違いがあってね。言いがかりつけられて追われてたワケ」
「……」
「なに? 怖いの?」
「別に……コイツらをどうするつもり?」
「……逃げれないなら、倒すしかないわね」

 スズネはマントのようになってしまったリュックを捨て、両太ももから持ち手を出して、魔力を込めて、トンファーへと変えた。
 オカマはベストの内ポケットから少し古臭い杖を右手に持った。

「アンタ、コイツらの仲間じゃないわよね?」
「知らないわよ、こんなヤツら。こっちから願い下げ」
「なら、いいや」

 出会って間もない二人だが、同じ敵を倒すとなれば話は別。
 お互いに背を向け合い、周りの黒ローブ達へと相対する。

「パンの事はこの後でね」
「どれだけ根に持ってるのよ……」

 スズネ達に対して、黒ローブ達が襲いかかってきた。
 あるものは短剣を突き立て、あるものは剣を振り下ろしてきた。
 スズネはトンファーで攻撃を払い除け、オカマは避けて、黒ローブ達の中へと紛れ込んだ。
 敵の攻撃をさばきながら、オカマの動向が見えたスズネは文句を垂れた。

「ちょっと! 逃げる気!?」
「刃物は苦手なのよ。周りの魔術師は片付けてあげる」

 そのオカマは遠巻きにいる魔術師を倒しにかかった。
 スズネは引き続き、短剣や剣の刃が入り乱れる中、一人ずつ蹴散らしていった。
 その合間に魔術師を倒すオカマが見えた。
 魔術師が唱えている魔法へ飛び込んでいくようなさまに息をんだが、その魔法はどういうわけか不発になった。
 そして、焦っている魔術師の隙を見て、顔面に左拳を叩き込んでいた。

「魔術師かと思ったのに、格闘派じゃない」

 スズネのボヤキが聞こえたのか、オカマは口角を上げた。
 成り行きで共闘した割には、ものの数分で黒ローブ達を全員を倒した。
 少し息の上がったスズネは息を整えてから地面に倒れた黒ローブ達を見渡す。
 立ち上がってくる様子はない。

「片付いた! 次はアンタよ! このオカマ……あれ?」

 少し離れたところにいた魔術師達も全員倒れている。
 その数はスズネの相手した数よりも断然少なく、オカマは言葉通り魔術師を倒すだけ倒して逃げたようだ。

「あっの! オカマ!! 次会ったら、覚えてなさいよー!!」
(ぐぅ〜〜〜)
「あ、お腹空いた」

 思いがけないアクシデントに出会してしまい、食べようとしたパンを無駄にしてしまった。
 よだれを垂らしながら、地面に落ちたパンを見た。
 さっきの騒ぎでパンは何度か踏まれ、食べれるものではなくなっていた。

「くそ……アタシの最後のパン……ぐすん」

 マントのようにヒラヒラになってしまったカバンの中身は綺麗さっぱりなくなっている。
 いくつかの足跡がついたカバンも風にあおられ、地面を滑るように動いていた。

「お金も全部使っちゃったし……よく考えたら、王都についてからのお金も残しておかないといけなかった……」

 しっかりとした計画を立てずに好き勝手にお金を使ってしまったあだがここに来て、空腹という名の猛威もういふるい始めた。
 よくよく考えれば、必ずしも姉が助けてくれる保証もなく、両親からも旅荷たびにをもらっただけで、これと言ったコネもない。

「う〜、なんか一気に心細くなってきた……」

 人というものは悲しい生き物で、身寄りがない場所、お金が無ければ、お腹も空いているという状況に否が応でも心に余裕はなくなる。
 それを一気に自覚した事で、元気や大雑把を体現したスズネであろうとも例外ではなかった。
 魔力を込めるのをやめて、トンファーの持ち手を太もものポケットにしまうと、力無い足取りで歩き始めた。
 路地を適当に歩いているとレンガで整えられた石畳の大通りへと出ていた。
 そこをさらに行くあてもなく歩き、飲食店のような面構えの建物が目に入った。

「すみません! 何か食べ物ありませんか〜?」

 反応はなく、静けさだけが残った。

「なんでもいいから、何かちょうだい〜!」

 次は扉を叩きながらうったえたが、やはり反応はない。

「う〜、もうダメぇ……」
(ぐっ〜〜〜)

 スズネはその店の前で空腹のあまり倒れるのであった。

 

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