スズネやハイネ、常連のお客さん達が言っていた「アレ」
それは、スズネが初めてハイネのバーで働いた日の出来事である。
スズネの思っていた通り、その日も大盛況で忙しかった。
初めてのバーでの仕事にアタフタしているのに、お客さんは容赦なくオーダーを言ってくるものだから、スズネは目を回しながらなんとかこなしていたのだが。
「もう我慢できないっ!!」
その時のスズネの格好はウエイトレス姿で可愛らしく着飾っていた。
ハイネよりも頭一個分身長の低いスズネは、普段通りの白髪のサイドテールをこれまた普段通りのリボンで括っていながらも第一印象は抜群であった。
そんなスズネが急に大声で叫ぶものだから、バーに居た客達はびっくりして、酒を噴き出したり、こぼしたりとちょっとした事故も起こしていたが、スズネはお構いなしに続けた。
「ハイネ! アタシと決闘して! そして、アタシが勝ったらこの店はアタシがもらって、何でも屋にしてやる!!」
スズネは、客の対応をしようとしていたハイネを指差して宣言した。
客達は、何を言ってるんだ?とスズネを怪訝に見る客も、客同士見合って、小首を傾げていたりしていた。
「そんな決闘する訳ないでしょ? そんな事より私への恩返しするんじゃなかったの? こぼしちゃった人はそれで拭いてね」
そんなスズネに対して、ハイネは客の下へと布巾を飛ばして対応を続ける。
「ぐぬぬ〜! なら、ハイネが勝ったらなんでも言うこと聞くって言ったらどう!?」
そのスズネの言葉にハイネは客対応を止めた。
「なんでも? 今、なんでもって言った?」
「う、うんっ! でも、常識の範囲内でアタシができる事でって条件付きでね!!」
ゆったりとした動きでスズネをじっと見てきたハイネの言動に臆して、スズネは慌てて条件を付け加えた。
「ふーん……」とハイネが呟くと、店の奥から物音が聞こえてきて、バンッ!!と店奥へと続いている扉が開いた。
「なら、私が勝ったら、このバニースーツを来てもらおうかしらね」
店内に現れたのは、バニースーツで網タイツとウサギ耳バンドももれなくついてきている。
そのハイネの宣言に店内の客達は多いに盛り上がった。
「バーと言ったらバニーだぜ!!」
「ウエイトレス程度じゃ、肴には不足だぜぇー!」
「バッニーィ! バッニーィ!」
「いいなぁ、そのコール!! バッニーィ! バッニーィ!」
一人が手拍子を加えて、バニーコールは客全員を巻き込んでいき、騒音と言っても良いほどに響いていた。
酔っ払いというのは一度騒ぎ出すと静めるのに時間がかかる。
スズネは、父親が一度酔いが回れば、寝るまで騒がしかったので良く知っていた。
だが、人数も多くその盛り上がりようにスズネはドン引きしながらも、酔っ払いだから仕方ないとため息をついた。
「いいわ! それくらいなら条件にも収まるし、受けて立とうじゃない!」
「言ったわね? こっちは破格でこの店を空け渡すんだから手加減なんて微塵もしないわよ。覚悟できてる?」
そう言うハイネの背後から夥しい魔力が炎のように怪しく揺れていた。
それを見て、客達はおーっ!と騒ぎ立て、スズネは一歩たじろいだが。
「やってやろうじゃない! 勝って、ここを何でも屋にしてやるんだから!」
たじろいだ足を踏み出して、宣言すると、客達もやったれ〜!と応援の声が飛んだ。
「なら、外に出るわよ。お客さん達、ごめんだけどみんなも手伝ってくれる?」
「仕方ねぇな」
「ハイネさんの頼みは断れねぇよなぁ」
「後で一杯、タダにしてくれ〜!」
「はいはい、一杯だけタダにしてあげるから手伝って」
ハイネの呼びかけで客達はぞろぞろと店の外へと出ていった。
中には燭台を手に持って、出て行く客もいた。
「え、どういう事?」
「私達が決闘してる間、道を少しだけ占拠させてもらおうって事よ。外に出ればわかるわ」
ハイネに連れ立ってスズネも外へ出ると、客達は道に広がって、歩行者達を避けさせるように誘導していた。
客達の真ん中には空間が出来ていく。
「はいはい、今から決闘が始まるから中を通り抜けるなよ〜」
「通り抜けたい人は道開けてっから、あっちを通りな〜」
「すまねぇなぁ、ヒック。ここを通ってくれぇ、ヒック」
客達は歩行者達へ背を向けて立ち、自らを肉壁としてハイネとスズネのために即席の決闘場を作り出した。
燭台を持った客のおかげで、照らされて戦いやすくされている。
「うわ、すご」
「ウチは本当に良いお客さんに恵まれてるわね」
中には酒を片手に、この決闘を肴として楽しもうとしている客もいるようで。
「スズネちゃん、やったれ〜!」
「ハイネさん、負けないでくれよ〜!」
「二人とも、バチバチにやってくれ〜、ヒック!」
客達はそれぞれ応援をしてくれて、騒ぎ立て始めた。
それにつられて、道を歩いている人達も足を止めて、野次馬本能で見始めていた。
客達が作ってくれた決闘場にスズネとハイネが入って向き合う。
スズネは太ももバンドから持ち手を取り出し、トンファーの準備をした。
ハイネの手元にはいつのまにか杖が握られており、いつでも準備万端のようだ。
「あら、そんな武器持っていたのね。その武器を質屋に出せば、それなりにお金になったのに」
「質屋に出す訳ないじゃん! これはお姉ちゃんにもらった大事なものなんだから!」
「ふーん、まぁ、いいわ。早く始めましょ、お客様を待たせるものじゃないわ」
「じゃあ、お言葉に甘えてぇっ!!」
スズネは足に魔力をため、石畳を蹴った。
あまりの蹴りの強さに石畳は割れ、ハイネとの間合いを一気に詰める。
その速さに周りの客達も歓声を飲み込んだ。
そして、スズネは容赦なく、魔力をしっかりと込めたトンファーでハイネの腹を殴りつけた。
「よし、入ったっ! え?」
もちろん、殴りつけたが、そのハイネの体は一気に水へと化して、スズネと石畳を濡らした。
「なかなか、いい動きするわね。まぁ、そうじゃないと女の一人旅なんて出来るわけないから当然かしら」
「いつの間!?」
「さっきからこっちに居たわよ、ちゃんと見えてる?」
「嘘つけぇっ!」
またスズネは一瞬でハイネの懐へと詰め寄り、トンファーで殴りつけた。
すると、またハイネの体は水へと変わって、スズネと石畳を濡らした。
「おー!! すげぇや、二人とも!」
「スズネちゃんの動きは良いが、やっぱりハイネさんが上か?」
「まだわからねぇぞ! 始まったばっかだ! ヒック」
さっきの動きをみて、肉壁&観客と化したバーの客達は意見を言い合っていた。
「また、水……」
「ほらほら、どうしたの? もう終わり?」
「終わりじゃない! 作戦を考えてるの!」
「あらそ。なら、次は私から仕掛けるわね」
『飢えた根よ、我の僕となりて、敵を縛れ』
そう言って、ハイネは軽く杖を振った。
スズネはずぶ濡れのまま、身構えた。
だが、すぐには何も起こらない。
スズネが辺りを見渡しても特に動きも変化もなく、構えが緩まる。
「ん〜? ハイネってば、ハッタリ〜? 実は魔法が使えないんじゃないの?」
「もうくるわよ」
スズネがハイネにいちゃもんをつけていると、ハイネは杖でスズネの足元を指した。
スズネは自分の足元を訝しげに見て、濡れた石畳を軽く踏んづけてみるが何も起きない。
だが……
「またまたー、どうせハッタリ……じゃなさそっ!!」
小さな地鳴りがどんどんとスズネの足元へと近づくにつれて、大きくなり、その足元から木の根っこのようなものが石畳を突き破って、スズネを攻撃してきた。
地鳴りを感じ取って、早めに避けたスズネは木の根に巻き込まれずに済み、別の所へと着地した。
しばらくの間、木の根はスズネの足を探して、蠢いていたが見つけられずに動かなくなっていった。
「何あれ、もはや生き物だったじゃん」
「植物も動かないだけで生き物よ」
『火の子よ、集まりて暴れなさい』
「やばっ!」
スズネが襲ってきた木の根に気を取られている間に、ハイネは唱えてから杖で小さく円を描くと杖の先が赤く光った。
その光は炎魔法によるもので、魔法で生み出された炎がスズネへと襲いかかる。
スズネは咄嗟に炎耐性を上げる補助魔法を身に纏い、身構えた。
『水達よ、炎を消しなさい』
スズネに炎が当たる寸前で、ハイネが唱えた水の魔法がその炎を消した。
そして、スズネは助かりはしたものの、またずぶ濡れになった。
「……アタシで遊ぶな!!」
「遊んでなんかないわ。これが私のやり方だから」
そう言ってハイネは杖を軽く振りながら、スズネに背を向けた。
「ちょっ! なに帰ろうとしてんの! まだ決闘は終わってな……いっ!!」
立ち去ろうとするハイネに文句を言っていると、スズネの足に木の根が絡みついた。
外すために振り払おうとしたが、外れる気配はなく。
「今終わったからお客さんに店内に戻ってもらおうと思ったのよ。さ、貴方も店奥でこれを着てちょうだい」
ハイネがスズネに振り返って、バニースーツとうさみみとアミタイツを見せびらかした。
「わかったから、この根っこどうにかしてぇ〜!! 養分にされちゃうんですけどぉ〜!!」
だが、スズネはそれどころではなく、木の根に足を取られ、石畳の上を木の根の方へずり込まれそうになっていた。
「それくらいなんとかしなさいよ、全く」
『灼熱よ、禍のものを消し去れ』
『荒れた地よ、我が行いを許し、直し給え』
ハイネの杖先から猛る焔が吹き出し、木の根へとうねりながらぶつかり、焼き尽くす。
スズネを捕まえている木の根もしっかりと焼くが、スズネは焼けるどころか、火傷することもなかった。
木の根が焼け落ちると、次は木の根に押し退けられた土と石畳の石たちが人知れず、元に戻っていった。
スズネが踏み砕いた石畳も見る見るうちに直り、決闘の跡形がなくなった。
「凄すぎ……ハイネって、何者? てか、手加減してたでしょ! 絶対!」
「ただの喫茶店とバーの店主よ。そんなことより早く着替えてきて」
「む〜……やっぱ、着ないとだよね〜。仕方ないか〜……でも、次は負けないからね!!」
スズネはそうハイネに言うと、バニースーツを抱えながら店の中に入った。
その足取り変わらずに店奥へと吸い込まれていく。
「はいはい、やっても結果は一緒だろうけど。さ、お客さん逹も入ってくださいな。飲み直してくれたら、スズネのバニー姿が見れますよ〜!」
「そうだった!」
「バッニーィ! バッニーィ!」
「バッニーィ! ヒック! バッニーィ!」
二人の決闘というよりもハイネの魔法に呆気に取られていた客達は、気を取り直して、ぞろぞろと店の中へと入って行った。
そのあと、スズネのバニースーツ姿に歓喜して、大騒ぎになった。
「なんか恥ずかしいんだけど〜」
「良く似合ってるわね」
「ひゅ〜!! スズネちゃん、かわうぃ〜ねぇー!!」
「やっぱ、バーと言えば、バニーだぜぇ!!」
「スズネちゃん! オーダー頼むよ!!」
「おい! まだダメだ! ここは順番にカウンターからオーダーを取りに回ってもらわねぇと!」
「バッニーィ!! バッニーィ!!」
「ちょっと騒ぎすぎ……でも、悪くないかも。よーし! 順番にオーダー聞くから、かかってこ〜い!!」
「うぇーーーーい!!」「ヒック!」
その夜は一杯無料にしたのにもかかわらず売上は跳ね上がったとか。

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